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本当の復興とは(第26陣参加生徒の感想文7)
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    本当の復興とは

     

    明治学院東村山高校1年 橋本汐理

     

     

     私がこの東北ボランティアに参加しようと思った理由は、2011年3月11日東日本に大きな被害をもたらした東日本大震災が起こった際にテレビで何度も何度も連日流されるニュースを見て、衝撃を受けたからです。私たちが今、テレビを見ているこの瞬間に同じ日本でこのようなことが実際に起きているのだと考えると目が離せませんでした。ヘリで上空から撮影された津波の映像や、崩壊した建物、火事で燃えているガレキなどは見ている人にも強いショックを与えました。

     そして、今もなお自分の家に戻れず大変な生活を送っている人もいるのだということも知り、今の自分に何ができるのかを考えたときにこのボランティア活動のことが浮かびました。私が行って、何か大きな変化がもたらされるとは思いませんが被災した方々の話を聞き、自分ができることを精いっぱいすることで力になれることは沢山あるんだという気持ちで参加しました。

     

     

     実際に参加して、現地でたくさんの慰霊碑を見ました。そこにはたくさんの人の名前が書いてあり、その中には私たちと同じ年くらいの人やまだまだ幼い人の名前も書いてありました。あの一瞬で多くの人が犠牲となり未来を奪われてしまいました。時間が経過すれば、いずれ「過去」になってしまいますが多くの犠牲者を忘れてはいけない、彼らが生きていたことを過去にしてはいけないと感じました。あの日、あの時なにがあったのかを理解し後世に伝えていかなくてはならないと思います。

     

     

     また、現地の方とお話をさせていただく機会がありました。みなさん明るくて、優しくしていただきました。そこで改めて、この人たちが便利で安心できる生活が送れるようになって欲しいと強く思いました。

     

     

     今回のボランティア経験でたくさんのことを学びましたが、1番知って驚いたことは、現地の方が感じる「復興」に対する気持ちの違いです。私は復興することは皆にとって良いことなのだと思っていましたが、倒壊した建物を取り壊して新しい建物に建て替えても、そこで亡くなった方は戻ってこないし、遺族の方は会えなくなってしまうと感じるということを知り、「本当の復興」とは何か考えさせられました。復興は目に見えるものだけが復興なのではないということを知り、その言葉の重みを感じました。

     

     

     今回、このボランティアに参加しただけで全てを分かったつもりにならず、継続的に参加して少しでも色んな人にあの日なにがあったかを自分の言葉で伝えていかなくてはならないと思います。

     

     

    posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 17:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    一度だけで満足をしないこと(第26陣参加生徒の感想文6)
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      一度だけで満足をしないこと

       

      明治学院東村山高校1年  佐々木あおば

       

       

       私は、今まで人の役に立てたことがありませんでした。それどころか、人に助けてもらうことばかりでした。私がこのボランティアに参加した理由は、人の役に立ちたいからというのもありますが、本当に東北の人達を震災から救いだしたいという強い願いがあったのもありました。私は、父が岩手県出身なのでよく岩手に遊びに行ったりします。岩手に行く途中で仙台に寄っていたりしていたので、仙台はほとんど元通りになっていることは知っていました。でも、宮城県内で仙台以外の地域にはほとんど行ったことがなかった私は、まだ全然復興が進んでいない地域があることを知りませんでした。

       

       

       実際にフィールドワークでまだ復興が進んでいない場所に足を運んでみると、津波で流された家具がそのままだったり、片付けたとはいえまだまだ震災当時のままの老人ホーム、さらには未だに仮設の神社やお寺など震災当時から何も復興が進んでいないも同然のような建物がまだまだたくさんありました。

       

       

        あの時この場所で辛い思いをして亡くなった人がいると考えると涙がこぼれそうになりました。自分を含め、震災の影響を受けていない人には分かることのない辛さだったと思います。でも、実際に行ってみないと分からないことだらけで、知っていたつもりだっただけで、自分の甘さを改めて思い知らされました。

       

       

       また、子ども達とは流しうーめんやヨーヨー釣りをして一緒にふれあい、楽しむことができました。震災を少しでも忘れて楽しんでくれていたようでとても嬉しかったです。

       

       

       しかし、私は今回のボランティアで一度だけで満足をしないということを学びました。確かに今回のボランティアで少しでも被災者の方達の役に立てたかもしれません。でも、一度ボランティアをしたからもういいやという訳ではないし、何度も訪れてボランティアをすることに意味があると思います。そして何よりもまた会おうねという子ども達との約束を破る訳にはいきません。だから私は、来年もそしてこれからもボランティアに参加したいと思います。私にできることは、ほんとに小さなことかもしれません。でも、それがたくさんの人の役に立てるのならこんなに嬉しいことはありません。ボランティアは当たり前のことで、そして復興はこれからも続いていきます。それを支えられるように今回の体験を生かして次につなげられるようにしたいと思います。

       

      posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 18:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      ボランティアとは何なのか(第26陣参加生徒の感想文5)
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        ボランティアとは何なのか

        明治学院東村山高校1年 上田裕未

         

         

         私は今回、初めてボランティアというものに参加しました。震災を体験したのも東京で、東北にもあまり行ったことがなく、東日本大震災についてもマスメディアでの情報しか知識がありませんでした。そんな私がボランティアに心惹かれた理由は、朝の礼拝でのボランティア・チームの活動報告を聞いたときでした。先輩方の多くが、「震災の爪痕というものは、自分で見ないとわからない」と言っていて、その言葉が心に残り、参加を決意しました。

         

         

         実際の被災地は、想像していたものと大きく違っていました。私の中には、5年もたてばほとんど復興していて、みんな震災前のように生活しているのだろうという甘い考えがありました。しかし、実際はまだまだ復興が終わっているとはいえない状況でした。放っておいた草花はぼうぼうにのび、津波の被害を受けた建物が残っている場所もありました。これでも全く手をつけていないわけではなく、片付けが済んだところだというお話を聞き、震災が起こった当初は本当に想像もできないくらい大変だったのだなと思いました。

         

         

        写真や動画でその地域の状況は知ることができます。しかし、訪れてみないと感じられないことはたくさんあります。朝の礼拝での活動報告の先輩方の言葉が印象に残り参加したのは事実ですが、本当にそうなのかという思いも心の中にありました。しかし、その言葉は本当だったのだなと今回感じました。実際に行ってみないとわからないこともあるし、いろいろな話を聞くこと、いろいろなものを見ることが大切だと思います。復興には時間がかかると思いますが、地道にでも震災前の姿に少しでも早く近づいていってほしいです。

         

         

         今回のボランティア活動で心に残ったことがあります。それは被災者支援センター・エマオでお話を伺ったときの「本当の復興は心の中、目に見えない部分」という言葉でした。今まで住んでいた場所には住めなくなってしまい、仮設住宅から集合住宅に移ることができても、孤独死をしてしまう高齢者の方も多いそうです。目に見えない精神的な部分などの、被災者の方の思いも大切にすることがボランティアなのだと学びました。

         

         

          しかし、ボランティアをしているつもりでも、他の人にとっては迷惑になっているかもしれません。そのようなことを考えると、ボランティアは難しく、とても奥が深いものだなと痛感しました。私は今まで、なにかを手伝ったらボランティアだと思っていました。しかし、ボランティアとはそんな軽いものではなく、他の人のことも考えて行動しなくてはいけない大変なものだとわかりました。また1度のボランティアで満足をしてはいけないことを学びました。1回来ただけですべてを知れたわけではありません。1回で自己満足をせず、何度も自分のできることを続けていきたいです。

         

         

         震災から約5年という月日がたちました。わたしは、東北を訪れるまで震災についてほとんど頭の中にありませんでしたが、まだ苦しんでいる人がいると知り、忘れてはいけないことだと思いました。わたしにできることがあるかはわかりませんが、少しでも周りの人に自然災害の脅威を伝えていきたいです。

         

        posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 19:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        忘れてはならないこと(第26陣参加生徒の感想文4)
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          忘れてはならないこと

                                明治学院東村山高校2年 黒崎 夏帆

           

           

           私が東北ボランティアに参加したのは、昨年の夏に続き2度目です。ボランティアを志望した理由は2つあります。まず一つ目は、小学校に入学するまでの4年間を過ごした仙台で、少しでも被災地や被災者の力になりたいと思ったから、そして、二つ目は、昨年のボランティアで出会い「またね」と言って別れた子ども達との再会を果たすためです。佐藤先生から、「『またね。』というのは、『また会おうね。』と言う意味なのだから、それを守れる大人になりなさい。」と言われました。一度きりで来なくなるボランティアが多いのだそうです。私は、このような大人にはなりたくないと思い、昨年のうちから、来年も参加しようと決めていました。

           

           

           

           フィールドワークでは、昨年と同じ場所も訪れたのですが、1年前とは違うと感じることがありました。震災後、防風林が倒れ、辺り一面草だらけになっていた荒浜には、昨年ボランティアで訪れた時、木や棒に黄色いハンカチが結ばれていました。黄色いハンカチは、荒浜の住人の方々が、「また荒浜に戻ってくる」との願いを込めて結んだものです。しかし、今回行ってみると、たくさんあった黄色いハンカチが3ヵ所ぐらいにしかありませんでした。ハンカチはどこにいったのか尋ねると、「結んだ本人が、ここにもう一度住むことをあきらめて、取ってしまった可能性が高いだろう。」ということでした。私は、その話を聞いて、またいつか震災がおき、津波がくることを考えると、海の近くよりも、安全な所で暮らした方がよい気がしました。しかし、住み慣れた土地を離れなければならない辛さを思うと、胸が苦しくなりました。『天災には人の力は無力』と、現地の人から何度も言われました。津波は一瞬で私たちの生活を奪ってしまう、本当に恐ろしいものです。

           

           

           現地の人から言われて一番心に残っているのは、『ボランティアの人がしてくれることが、必ずしも現地の人が求めていることとは限らない。』という言葉です。ボランティアの人がやりがちな行為で一番困るものは、花を植えることだそうです。花を植えて、それに満足し、世話をしに来ないボランティア。花にお水をあげにいくのも、枯れた時、処分をしに行くのも現地の人だそうです。やりっぱなしでは、ボランティアとは言えません。一度訪れただけで満足してしまうような人にならないように気をつけようと思いました。

           

           

           今回のボランティアで一番嬉しかったことは、昨年会った子どもたちと再会できたことです。私のことを覚えていると言ってくれた子もいて、それだけでも嬉しかったのですが、「また来てくれてありがとう。」と、言われた時は、涙が出そうになりました。今回初めて一緒に遊んだ子もいましたが、たくさんの笑顔を見せてくれました。

           

           

           私は、今回ボランティアに参加したことで、昨年よりさらに東日本大震災について知ることが出来ました。閖上の記憶という場所で見せてもらった映像は、5年たった今も、鮮明に覚えている津波が映しだされました。YMCAの油谷さんが、「8月6日、9日に起きた広島、長崎への原爆同様、3月11日に起きた東日本大震災のことを忘れないでほしい。そして私は若者に伝えていきたい。」と、おっしゃっていました。

           

           

           私達に出来るボランティアは限られています。毎回、現地に行って活動出来るわけではありません。しかし、私達が今回見て学んだ被災地の様子を、周りの人達に伝えていくことは可能です。少しでも多くの人に被災地のことを知ってもらいたい。そしてボランティアに参加しようと思ってくれたら嬉しいです。私は、来年も東北ボランティアがあるのなら参加したいと思います。大人になったら、自分でお金を貯めてでも行きたいです。今年も色々なことを学べた4日間でした。今後も「またね」の約束をした子ども達に会いに行きたいと思います。

           

          posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 21:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          「スローワーク」ということ(第26陣参加生徒の感想文3)
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            「スローワーク」ということ

             

            明治学院東村山高校2年 川嶋夏月

             

             

             私は、去年の夏に初めて東北へ行きました。そこで見たこと、感じたことは、私にとってとても大切なものです。だから、また必ず行き、去年出会った人たちと再会したいと思っていました。しかし、今回私は去年とは少し違う場所、宮城県仙台市とその周辺で活動しました。去年とは全く違う活動や場所で、想像がつかず、少し不安もありましたが、一日目の現地でのフィールドワークの中で、昨年訪れた場所もあり、昨年との変化を感じ、さらにじっくり見て回ることもできました。

             

             

             去年も「がんばろう!石巻」看板に行きましたが、まわりを歩いて回るのは初めてでした。一見すると周りは背の高い草に囲まれているだけに見えます。しかしそこには、生活していた人たちの証拠がありました。横倒しになった電化製品や片方だけの上履き、家の基礎、かつてあった自分たちの家であることを示すのであろう印が風に揺れていました。震災直後は近くにある工場の原料である紙パルプや肥料が大量に流れてきて、水を含み、悪臭が立ち込めていたそうです。五年たった今、その匂いを感じることはできないけれど、今だからこそ感じること、見ることができた部分があったと思います。

             

             

             その場所に立った時、ああ、去年もここに来て、こういう話だったな、とか、ああ、そういえばそうだった、などという風に、見たり、聞いたり、訪れた瞬間に思い出すことが多かったです。

             「人は必ず忘れてしまう」 本当にそうであるな、と実感した4日間でした。

             

             

             閖上地区にある「閖上の記憶」は遺族の方たちが、伝えていこうとして立ち上げた場所です。私はそこで、映像でしたが、はじめて人が流されていく瞬間を見ました。津波の映像はあれから何度も見ましたが、今までこんなに見ていて辛くなるような、緊張するものは初めてでした。車に乗っている人たちが津波に気づいていないということにも驚きました。道路を走る車は、津波が来るぎりぎりまで気づくことは少なく、実際、映像でも津波が来ているのに逃げる様子がない車や、海に向かうものさえありました。「閖上の記憶」には映像だけでなく、震災後に子どもたちが作った町の模型や写真をはじめとする、たくさんの人の思い出とぬくもりがありました。建物の横にある慰霊碑はたくさんの人に触られ、そのぬくもりを私に与えてくれたように感じました。

             

             

             今回、一年ぶりに宮城を訪れて、復興に大きな「差」があると感じました。仙台駅の周辺は地震や津波のことを感じさせるものはほとんどなくて、復興したように見えました。しかし、仙台駅から2、3駅しか離れていないところでも、地震によって崩れたところがそのままだったり、石巻市内はあまり風景が変わっていなかったりと、こんなにも差があるのだと驚きました。

             

             

             また、町の復興における問題点だけでなく、5年たった今だからこそ起きる問題も今回知ることができました。仮設住宅というと、生活のなかでの音が気になったり、十分な部屋が確保できなかったり、暑さや寒さが厳しかったり、マイナスのことばかりというイメージを持っていましたが、実際には、距離が近いからこそのメリットもありました。5年たつと、仮設住宅を出て多くの人が新しく建設された復興住宅に住むそうです。それは、快適な環境で安心して暮らせるかもしれないけど、5年かけて作って来たコミュニティーをすべて壊して、また一から始めなくてはならないということを意味しています。そう聞いたとき、私は人と関わるのがとても苦手なので、もし自分だったら、つらくて、つらくて、どうなるかわからないと思いました。

             

             

             5年たっても解決しない問題もたくさんあるし、新たに出てくる問題もあって、本当に終わりがないと思いました。でも、だからと言って、いきなり何かを変えるのもよくないと思います。被災者支援センター・エマオが心がけている「スローワーク」がボランティアをする上で、最も重要なことで、自分も意識していきたいと思いました。ボランティアをする時、自分の力以上のことをしたいと思ったり、空回りしてしまうことがあります。どうしていいかわからないときもあります。でもそうじゃなくて、相手に合わせて、ゆっくり着実に進む、ということ。現地の人たちにとっては、どんなボランティアよりも「ずっとそばにいますよ」という支援が何より必要なのだと思いました。

             

             

             

            posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 16:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            まだ震災は終わっていない(第26陣参加生徒の感想文2)
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              まだ震災は終わっていない

               

              明治学院東村山高校2年 古屋青夏

               

               

              私は、今回初めてボランティアに参加しました。参加したいと思った1番の理由は、朝の礼拝の時に、ボランティアに行った人たちによる活動報告を聞いたことでした。活動報告の中で、ボランティアに行った人たちが言っていた「行ってみないと分からない」という言葉がとても心に残っていました。だから、自分の目で現在の被災地の様子をしっかり見てこようと思い、ボランティアに参加しました。

               

               

              津波の被害を受けた場所をフィールドワークした時に思ったことは、自分が思っていたよりも津波の爪痕が生々しく残っていたということです。震災から5年が経ち、建物や家がどんどん建設されていると思っていた土地は、ひたすら雑草が生え、地盤沈下したままで、アスファルトが散乱していました。また、老人ホームの跡地に行った時には、当時そこで暮らしていた人々の服や食器、布団など、生活の証がそのまま残されていて、とても心が痛みました。

               

               

              今回のフィールドワークでは、私がいつか見に行きたいと思っていた、大川小学校に行くことができました。テレビの映像でしか見たことがなかったのですが、実際に自分の目で見て、衝撃を受けました。震災前と震災後の大川小学校周辺の写真を見比べ、そのあまりの変貌ぶりに、どれだけ津波の威力が大きかったのかを改めて思い知らされました。

               

               

              大川小学校から少し車で走ったところにある地区では、震災から5年経った今でも、まだ水が引いていない所が数多くありました。この日、私が見た穏やかな海からは、あの大きな津波になったことが想像できませんでした。

               

               

               

              仙台の仮設住宅を訪問した時は、仮設住宅に住んでいる人がほとんどいなくて驚きました。しかし、仮設住宅の定住期限が近づいただめ、仕方なく仮設住宅を離れ、自分が本当に戻りたい場所に戻れなかった人たちがたくさんいることを知って、とても複雑な気持ちになりました。

               

               

              私には兄弟がいません。なので、今回のボランティアで子どもたちとたくさん交流できたのは、とても楽しかったし、良い経験になりました。MANA'sサポート石巻のお手伝いでは、人生で初めて竹で流し素麺をしました。竹の筒を作るのは大変だったけど、子どもたちが喜んでくれているのを見て、「作って本当によかったな。」と思いました。

               

               

               また、ささっこクラブのお手伝いでは、子どもたちがとても元気で、その元気に負けないようにと頑張りました。子どもたちと別れる時、子どもたちが何度も「バイバイ」と手を振ってくれたので、別れるのが悲しかったです。

               

               

              仙台平和七夕のお手伝いでは、レイを作る作業が簡単そうに見えて難しかったです。YMCAの方とたくさんお話もでき、レイについてのお話や、仙台平和七夕についてのお話などを聞くことができました。お話をしてくれた方が、「仙台平和七夕のレイに使う折り鶴は、1人の人がたくさん作るのではなく、少なくてもいいからたくさんの人に折ってほしい。」とおっしゃっていました。私はこの言葉を聞いて、来年の仙台平和七夕では、ぜひ自分で折りづるを折って、油谷さんのもとにお送りしたいと思いました。

               

               

              今回のボランティアでは、被災地の様子を見ることやお手伝いだけでなく、ボランティアとは何かを考えました。2日目にお世話になった末永さんのお話を聞いて、ただ自分が良かれと思ってボランティアをしているのでは、本当のボランティアではないと思いました。今、自分が何をするべきなのかを考え、現地の人が本当に喜んでもらえるようなお手伝いをしたいと思いました。

               

               

              ボランティアを終えて、「行ってみないとわからない」という言葉が、まさにそのおとりだと確信しました。東日本大震災は、免れようのない大きな天災でしたが、被害はもっと小さくできたはずです。二度と東日本大震災のような被害を起こさないように、私たちは今から災害への備えをもっと強化しなければいけないと思います。

               

               

              また、まだ震災は終わっていません。被災地のために私たちにできることは、まず何度も被災地を訪れることだと思います。そして、現地の方々のお話に耳を傾け、被災地が復興へと向かう様子を見ることが大切だと思います。だから、私も被災地に訪れるのが今回で最後にならないように、これからも何度も被災地に足を運びたいと思います。

               

              posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 11:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              思い出の場所への再訪(第26陣参加生徒の感想文1)
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                思い出の場所への再訪

                 

                明治学院東村山高校1年 岡田ななせ

                 

                 私は小学4年の時、宮城県で東日本大震災に遭いました。内陸部だったため津波の被害は受けませんでしたが、通っていた小学校は壊れ、半年程体育館をダンボールで仕切って授業をしていました。これがテレビで取り上げられ、静岡のある団体から頑丈な仕切りを送って頂きました。周りのクラスの声などで集中できる環境ではなかったのでとても助かりました。その後近くの小学校が教室を貸して下さるなど、校舎が直るまで様々な支援を頂きました。周りの方の心のあたたかさに沢山触れ、当時何もできなかった分、私も被災地の方にお返しがしたいと思い、このボランティアに参加させて頂きました。

                 

                 

                 被災地の1つである仙台市の荒浜は、今回4度目の訪問となりました。ここは幼い頃家族と遊んだ思い出の場所でした。市内の唯一の海水浴場で、穏やかな波にふわっと乗るのが大好きでした。多くのお客さんで賑わっていたのが私の中の一番古い荒浜の記憶です。

                 

                (2011年3月27日)

                 

                 震災1週間後には父に連れられ、変わり果てた荒浜を見ました。道が船によって阻まれ、ガレキは散乱していました。街の面影はなく、知らない場所に来たようでした。どんよりと曇った空の下、思わず涙がこぼれたのを今でも覚えています。

                 

                (2012年8月6日)

                 

                 3度目に訪れたのは震災から一年後、初めて仙台に来た祖父母と一緒でした。撤去作業は進み、辺りはまっさらで家の土台だけが残っていました。ふと見ると、被災地の姿に祖父母が涙を拭っていました。2人のそんな姿を見るのは初めてで、今でも忘れられません。海は津波を忘れたように穏やかでした。

                 

                (2016年8月3日)

                 

                 そして今回、震災から五年、三年ぶりの荒浜。家の土台は見えるものの、背丈以上の草木が生い茂り、人が住んでいた形跡や賑わっていた街、私の思い出までも覆い隠されたようで、もの寂しい印象を受けました。異様な静けさと背の高い木が五年の年月を物語っていました。形は変わっても、いつかまた以前の様な活気あふれる荒浜に戻って欲しい。心からそう思いました。

                 

                 

                 フィールドワークで忘れられないのは、多くの犠牲者が出た大川小学校です。すぐ隣にはここに逃げていたらと言われた山があり、薄暗く足場の悪さから当時の葛藤や苦悩が伝わってくる様でした。学校の片隅には、千羽鶴や飲み物などが置かれており、それらは訪れた人が置いていくそうです。案内して下さった方のお話だと、遺族の方の中には、心遣いを有難いと思う反面、気持ちの面では正直迷惑に感じられる方もいらっしゃると伺いました。中には心無い態度の訪問者もいるという事も伺い、改めて、被災地を訪問すること、ボランティアとしての心構えやあり方、決して自己満足や押し付けになってはいけないという事を考えることが出来ました。訪問してみて、初めて気付くことが出来ました。

                 

                 

                 今回、私が体験できたことは、実際に被災地に行って見て聞かなければ分からなかったことばかりです。被災地の状況を知る機会が少なくなりつつある今、少しでも伝える役目が出来たらいいと思います。そして、これからも復興していく姿を見て行きたいです。

                 

                 

                posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 22:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                8月6日、折り鶴のレイを配りました。
                0

                   

                   

                   

                  ささっこクラブを終え、再びクリスロード商店街に移動し、仙台平和七夕の折り鶴のレイ(首飾り)配りに参加しました。毎年100万羽以上の折り鶴が届くのですが、そのうち18万羽で折り鶴の吹き流しを作り、残りはレイにして配っています。今年も9000輪のレイが出来ました。その中には、明治学院中学校3年生が作ったレイも含まれています。後輩たちが作ったレイを先輩たちが配りました。

                   

                   

                  レイ配りを終え、4日間一緒に活動した若松第一高校のみんなと再会を約束して、仙台をあとにしました。

                  明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第26陣は4日間の活動を終え、帰着しました。微力な私たちを温かく迎え入れて下さった、宮城野愛泉教会の皆さん、被災者支援センター・エマオの皆さん、MANA’s石巻ママサポートの皆さん、平和を祈る七夕市民の会の皆さん、NPO法人ゆつけっちゃの末永さん、笹屋敷町内会の皆さんとささっこクラブの子どもたちに感謝します。ありがとうございました!

                   

                   

                  *11月3日のヘボン祭でボランティア報告会を開きます。仙台平和七夕の折り鶴の吹き流しも展示しますので、皆さんぜひおいでください!

                  posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 04:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  8月6日、ささっこクラブで流しうーめん大会をしました。
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                    仙台平和七夕の吹き流しの飾りつけ作業を終え、仙台市若林区の笹屋敷公会堂へ向かいました。この日は笹屋敷地区の盆踊りがあり、そのプレ企画として「ささっこクラブ・流しうーめん大会」が開かれました。

                    「ささっこクラブ」は津波被災地域の子ども会として2012年に始まりました。明学東村山有志ボランティア・チームは毎年夏のささっこクラブで「流しうーめん大会」を開いており、子どもたちが楽しみにしている企画の一つです。この日もたくさんのささっこが参加してくれました。

                     

                    まずは元気にラジオ体操!

                     

                    体操のあとは、お勉強タイム。

                     

                    みんなでヨーヨーを作って釣りました。

                     

                    スーパーボールすくいも楽しみました。

                     

                    そして待望の流しうーめん大会!

                     

                    子どもも大人も美味しく楽しくいただきました。

                     

                    被災者支援センター・エマオでは、笹屋敷地区での支援ワークは2016年9月で終了する予定ですが、「ささっこクラブ」は続ける方針です。ぜひまた来年もささっこクラブの子どもたちと流しうーめんをしたいと願っています。

                     

                    posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 19:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    仙台平和七夕の作業に参加しました。
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                       2016年8月5日、被災者支援センター・エマオでのオリエンテーションを終え、仙台YMCAに向かいました。平和を祈る七夕市民の会の皆さんと一緒に、仙台平和七夕の作業に参加しました。毎年8月6日にはじまる仙台七夕祭りに、「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ」を訴えるために、折り鶴の吹き流しを作り、折り鶴のレイ(首飾り)作りもしました。

                       

                       

                       こに日の作業には明治学院東村山高校(東京)・若松第一高校(福島)・尚絅学院高校(仙台)の高校生たちが参加しました。

                       

                       

                       翌日、被爆71年の2016年8月6日は、朝5時に起床して、仙台平和七夕の飾りつけ作業に参加しました。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ」の祈りを込めて、全国から集められた18万羽の折り鶴で作られた5本の吹き流しを飾りました。

                       


                       吹き流しは8月8日までクリスロード商店街のイオン・ジョリビル前で飾られてますので、ぜひ観に来て下さい!



                      *今年も11月2日〜3日の学園祭(ヘボン祭)で吹き流しを展示する予定です。

                      posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 14:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |