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    伝えなければいけないこと(第25陣参加生徒の感想文6)
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      伝えなければいけないこと

       

                    明治学院東村山高校1年 前澤紗良

       

       

      私は今回、第25陣の東北ボランティアに参加しました。参加した理由は、以前からボランティア活動に興味があり、朝の礼拝での佐藤先生のお話などを聞いて、私も参加したいと思ったからです。実際に被災地へ行ってみて、感じたことがたくさんありました。驚き、悲しみ、苦しみなど数え切れないほどでした。

       

       

      一日目は、フィールドワークで様々な被災地を回りました。閖上地区では周りは何もなく、向こうの方に木が数本、懸命に立っているだけでした。現地の方々のお話しを聞くと、元はこの場所は、多くの家が建っていたそうです。全て、津波に流されてしまいました。「今までずっと隣にいた人が、気がついたらもういない。来ると思っていた明日は来なかった。亡くなった人々が1、2と数になっていくむなしさ。」と現地の方は、熱い口調で語っておられました。

       

       

      被害が大きかった大川小学校にも行きました。信じられない光景でした。コンクリートは津波に流され、大きな柱も倒れており、津波の恐ろしさを感じました。実際の津波の到達地点の印を見た時、何も考えられませんでした。あまりにも高くて全く想像ができませんでした。この津波で多くの方々が犠牲になったと思うと、辛くて胸が痛かったです。慰霊碑に記されている一人一人が大切な命を落としたのです。中には幼い子もいました。1歳の子や3歳と5歳の兄弟など、慰霊碑のこの年齢を見たとき、この子たちは、まだこれからの人生が待っていたはずなのに、一瞬にして奪われてしまったんだと思いました。私はこの時、津波への怒りを覚えました。

       

       

      女川町では、20m以上の津波が来たと聞きました。それなりに高い所にある小さなお店を伺いました。さすがにここまでは津波は来なかっただろう。そう思っていました。しかし、津波はこんなにも高い所まで襲ってきたのです。しかも、近くの病院の1階まで浸水したといいます。もうそれは恐ろしいぐらいの高さでした。女川町には、津波が何度も町をのみこんでいったのです。女川中学校の生徒が残した石碑の言葉は心に残りました。「この石碑より上へ逃げること。逃げない人がいても絶対に連れ出すこと。絶対に家に戻らないこと。」千年後の人達へ伝えようという意思が突き刺さってきました。絶対に忘れてはならないと思いました。

       

       

      石巻市の門脇町・南浜町では、元は多くの家があった所も一面雑草で覆われており、冷たく、むなしい風ばかりが吹いていました。草むらには、お風呂や冷蔵庫、湯呑み、ボロボロになった上履きなどが生々しく残っていました。亡くなった方々の分まで生きなければいけない、と強く思いました。5年たった今、まだこのような状況だということ、復興は本当に大変なことで、とても時間がかかるということが分かりました。それでも、みんな前を向いて復興に向けて頑張っていました。

       

       

      2日目から4日目は、石巻の子どもたちと一緒に遊びました。初めは子ども達と上手く馴染めるか不安でしたが、自分から話しかけないと何も始まらないと思い、勇気を出して話しかけました。子どもたちも自分から話しかけてくれるような元気で明るい子ばかりで、その場の雰囲気も明るくなりました。

       

       

      ゲームをしたり、流しそうめんをしたり、ヨーヨーすくいや水遊び、水族館へ行ったりなど、たくさん遊びました。初めて会った子たちなのに、お互い容赦なく水をかけ合う仲となりました。とても仲良くなれて嬉しかったです。しかし、子どもをうまく注意できなかったなど、反省点も多くあります。一緒に遊んだこどもたちのキラキラとした笑顔は忘れません。

       

       

      今回、ボランティアに参加して伝えたいことがたくさんあります。様々なことを感じることができ、本当に良い経験になりました。少しでもボランティアに関心を持ってもらいたいです。また機会があったら参加したいです。

       

       

      posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      問い続けること(第25陣参加生徒の感想文5)
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        問い続けること

        明治学院東村山高校2年 佐藤吉孝

         

         

        私がボランティア活動に参加しようと思ったきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災の傷跡がまだ残りつつあると新聞やニュースサイトなどで知ったことでした。しかし、そのことが書かれている記事はとても小さく、あまり大きな話題ではないのだとその時感じました。“あの日”から約5年がたち、まだ仮設住宅に住んでいる人たちや復興作業がまだまだ行き届いていない被災地があるという現状。

         

         

        私は被害を受けた人たちや地域は、どの段階まで復興したのか。まだ仮設住宅に暮らしている人はどのくらいいるのか。肉親や友達、仲間を亡くした人たちは、どう日々を過ごし生きているのか。そこにある事実を知ったり感じたり、伝えたい。メディアを通してからの視点ではなく自らの目で現実を見たいと思ったので、このボランティア活動に参加しようと決意しました。それと、自分がこれからの人生を選択していく中で、良い経験になったらと思ったのもありました。

         

         

        実際に参加してみて私が感じたのは、メディアを通して伝えられる情報なんかよりも、その場所に行き、実際に自分で見たり、聞いたり、触れ合ったりして感じたことの方が、とても価値があると思いました。どうしても私はいつもそういった記事の情報の事実を知ろうとせずに自分で勝手に思い込んで終わらせてしまっていました。しかしこのボランティアという経験を通して、うわべだけで決め付けてはいけない、その本質を知ることがなによりも大切だということを知りました。

         

         

        このボランティアの中で私が思った本質といえるのは、この活動をして自己満足で終わるのではなく、活動をし続けることなのだと思いました。自分が他の人の助けになった、とても楽しかった、それだけの気持ちや考えではいけないような気がします。自分の取った行動は、本当に相手のためになったか、心を読み取ることはできたのか。答えのない問いをずっと繰り返し、手助けをする意味を理解していくのだと思います。

         

        私はこれからもこの活動に対して問いを繰り返し続けていこうと考えています。

         

        posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 22:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        平成の巨大津波と向き合う(第25陣参加生徒の感想文4)
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          平成の巨大津波と向き合う

           

          明治学院東村山高校1年 木村風香

           

           

           ボランティアに参加するのは2回目で、今回は、1回目の常総ボランティアとは全く異なる活動内容だった。普段わたしが新幹線に乗ることはめったになく、宮城県には足を踏み入れたことすらなくて、珍しいことでいっぱいの4日間を過ごした。

           「復興していると思ったけれどしていない」礼拝でボランティア報告を聞くたびに、先輩方はそう言う。そのとき、わたしが感じるのは、「悲しい気持ち」と「信じられない気持ち」。だから、本当に復興が進んでいないのか、自分の目で確かめたいと思った。

           

           

           仙台駅から近い場所は、5年前に大地震が来たことなんて忘れるくらいに復興しているように見えた。でも、少し奥に入ると、先ほどとはうってかわって、5年前から大して変化していないような景色が広がっていた。驚いたのは、大川小学校の近辺。震災から5年以上たったいま、やっと遺体の捜索が始まったというのだ。山盛りの土、何台ものブルドーザーを見て、唖然としてしまった。

           

           

           「がんばろう!石巻」の看板の近くを歩くと、靴底やぬいぐるみなど、その瞬間その場所に人がいた痕跡がたくさん残っていた。まるで放ったらかしにされているようで、本当にこれでいいのか疑問に思った。

           

           

           「閖上の記憶」で案内をして下さった男性の「1000年後には私の言葉は届かないけれど、土地が伝えてくれる」という言葉を聞いて衝撃を受けた。自分にできることを見つけて、些細なことでもいいからお手伝いさせていただく。それが被災者の方の元気に繋がるなら、いくらでもできると思う。津波の被害は、自分が思っていた何十倍、何百倍も大きくて怖くて、自分の被災地に対する考えの甘さを実感した。

           

           

           いしのまきっこ広場には、たくさんの子が参加してくれた。最初はお互い距離を感じていた子と、同じ時間を共有することでいつの間にか打ち解けられていて、言葉はなくても絆は深められることを教えてもらった。手を繋いだり、隣に座ったり、名前を呼び合ったり、子どもたちと一緒に過ごす時間は笑顔で溢れていた。

           

           

           でも、楽しいことだけではなく反省することのほうが多かった。危ない行動をとる子に注意すること、子どもから目を離さないこと。ボランティアは集団行動なのに、自分のことばかり考えてしまった。指示を待たず、視野を広くし、先の先を見通して、自分から行動すること。子どもと一緒にいる間は、その子の命を預かっているのは自分だから、その自覚を持つことが大事だと知った。

           

           

           石巻へ行って感じたことは、もちろん土地の復興も大事だけれど、被災した方の心の復興も大事だということ。人は、辛い思い出に背を向けて忘れようとする。でも、背を向けたらいつまでも辛い思い出に追いかけられてしまう。だから向き合って、改めて、あの日に起きたことを考えることが、心のケアに繋がることを学んだ。

           

           

           5年前の3月11日。わたしが行った場所でたくさんの人が亡くなった。その場所には津波というとても怖いものがやって来て、街をぜんぶ飲み込んで、なにもかもさらっていった。今夏、その場所に行くことができたのは、わたしが生きているから。5年前に海底と化した場所を歩いて、生きていられることの幸せを痛感した。

           

           

           被災地のことを、被災地の方の想いを背負って、しっかりと伝えていかなければならない。ボランティア参加者にはその使命がある。それから、また被災地へ足を運ぶこと。もし有志ボランティアチームが解散してしまっても、わたしはきっと被災地ヘ向かう。完全な復興までまだ時間がかかる場所もあるかもしれないけれど、被災地は確実に復興への道を進んでいる。だから何度も何度も足を運んで、その度に変わっていくところを見つけられたら嬉しい。

           佐藤先生、現地の方々、たくさんの方にお世話になって、またボランティアに行って帰ってくることができました。関わってくださったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!

           

          (2016年9月10日、明治学院東村山高校の礼拝でのボランティア報告会)

           

           

           

           

           

          posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 16:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          伝えたいこと(第25陣参加生徒の感想文3)
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            伝えたいこと

            明治学院東村山高校2年 森山美朝

             

             

             私が伝えたいこと、それは、5年たった今、ようやく復興してきたということだ。きっと多くの人はもっと前から復興していると思っているだろう。しかし私が去年の12月に訪れたときは復旧すらまだという段階のところもあった。栄えている仙台駅から車で少し離れると、道路の両脇がかさ上げ工事中で、土が盛られているだけのところも見受けられた。前回来たときよりも作業が進んでいて安心した反面、暮らしがあったということを感じさせない様子になっていくことになんとも言えない気持ちになった。

             

             

             しかし、ある男性がたくさんお話をしてくれた中で、震災後新しいコミュニティが生まれ、団結し、そして、あと3年で新しい街が完成するということを聞いて、復興が進んできているのだということ、みんなが様々な方法で町の復興を支えていることが分かった。

             

             

             さらに、冬に来た時にはイルミネーションでライトアップされていた「がんばろう!石巻」の看板が、今回はど根性ひまわりに囲まれていたのを見て、月日が流れて変わっていく季節の中で、ずっと変わらない復興への気持ちを感じ、改めてこの5年間の年月の重みを感じた。と同時に何度もボランティアに参加することの意味がわかった。

             

             

             また、閖上の記憶を訪れ、子ども達が作ったジオラマを見た。そのジオラマにはあの日までの街の様子、あの日の街の様子、未来の街の様子があった。子ども達が辛い事実に向き合いながら作ったそのジオラマから、目撃した状況の深刻さ、また津波が来た時のために街がどのように変わるべきかという思いが伝わってきた。私は、人へ、未来へ、伝えることの大切さを実感した。

             

             

             私は今回のボランティアを通して、被災地の当時の状況と現状、子ども達と共に行動する時の責任の重大さ、ボランティア・チームとしてのあり方など、本当に多くのことを身をもって知ることができた。このような経験ができたこと、こうして自分が経験して考えたことを伝えられることにとても感謝しています。ありがとうございました。

             

            posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 13:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            本当のボランティアとは(第25陣参加生徒の感想文2)
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              本当のボランティアとは

               

              明治学院東村山高校2年 杉原佑輔

               

               

               春の第24陣に続いての参加だったので今回が2回目でした。もう一度東北ボランティアに参加したかった理由は、前回訪れた場所が少しでも復興しているのかなという思いと、春に出会った子どもたちとの再会の約束を果たすためでした。

               

               

               初日のフィールドワークでは、前回も訪れた大川小学校や女川町周辺にも行きましたが、今回初めて訪れた場所もありました。「閖上の記憶」では、震災前の状況と震災後の状況を津波から生き延びた子どもたちが作ったジオラマが展示してありました。震災直後のジオラマは子どもたちが最も記憶に残っている光景を言葉ではなく形で表されていました。津波がいかに恐ろしいものだったかを僕たちに教えてくれました。また、この地域の子どもたちの多くは学校にいて助かったけれど、家にいた家族は流されてしまい、震災直後は孤独になった子どもたちも少なくなかったことを教えてもらいました。この話を聞いて心がとても痛みました。またもし自分がその立場だったらどうしていただろうかと恐ろしくなりました。

               

               

               女川町ではおちゃっこクラブの岡さんが津波の証言や夢のあるまちづくりを語ってくれました。「津波は必ずしも海側から来るとは限らない。また1回だけとは限らない。」「復興まであと3年かかる」など、いろいろな貴重な体験を聞くことができたのでよかったです。また、全国・全世界に言えることとして、非常時に水や電気 食料に加えて薬が大切だ、特に高齢者や病気持ちの人はいくら大災害から生き延びたとしても薬がなければ助かる可能性は低くなるかもしれない、だから薬は非常時に欠かせない大切なものだと教えてもらいました

               

               

               2日目と3日目はいしのまきっこ広場の子どもたちと遊びました。春のときにいた子どもや新しく来た子どももいて、流し素麺や水遊びをして交流ができました。みんな怪我なく元気に楽しく遊んでいたのでよかったです。

               

               

               楽しいことも多かったけど反省点もたくさんありました。特に今回はボランティアとは本来どういうものであるのかを考えさせられました。自分が言われたことをやるだけがボランティアではないこと、子どもたちを楽しませながら周りをサポートする、お互いに支えあい、チームで助け合って一つの物事を行うことの大切さを、回の経験から学びました。

               

               

               最終日は水押仮設住宅で子ども夏祭りを開きました。春に訪れたときに子どもたちから「絶対にまた来て!」と言われ、自分の中でも「また行かなくては」という思いがありました。実際に子どもたちと再会でき、名前も覚えてくれていたのでとても嬉しかったです。

               

              (2016年3月の子ども会・第24陣)

               

               この仮設住宅の子どもたちとの交流は4年前からずっと続いていたのですが、今回が最後の子ども会となりました。もうこの子どもたちと会えなくなるので寂しいけど、逆に仮設住宅から復興住宅に引っ越す子どもが増えてきているので、早い復興を願っていたので嬉しくもありました。

               

               

               とても充実した4日間のボランティアでした。「ボランティアは微力だが無力ではない」この言葉は実際に経験しないとよくわからないけど、やってみると少し分かると思うのでぜひ参加して見てください。

               

              posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 14:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              伝えよう・感謝しよう・また来よう(第25陣参加生徒の感想文1)
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                「伝えよう。感謝しよう。また来よう。」

                 

                明治学院東村山高校2年 須田 真穂

                 

                 

                 私は、昨年の1年間の有志ボランティア・チームの活動報告を聞き、実際に被災地に足を運び、自分の目で見て、肌で感じたいと強く思い、今回参加しました。東日本大震災から5年と4ヶ月がたち、テレビでも報道されなくなってきました。今の被災地はどうなっているのか、このボランティアを通して知りたいと思いました。

                 

                 

                 フィールドワークでは、驚くことばかりでした。わたしは、正直5年たっていれば少しは復興している、家もたくさん建っているだろうと思っていました。しかし、車の中から見た町の景色は殺風景でした。至る所で工事をしていて、その周辺には土を固めた土台がいくつも建っていました。テレビでは目にしたことがなかったので、今被災地ではこの様な工事が色々なところで行われていることを知ることができました。

                 

                 

                 「閖上の記憶」を訪れた際にお話をしてくださった男性の言葉が心に残っています。「土地は歴史を語る。」1000年後の人たちに5年前におきた震災のことを直接語ることはできないけれど、土やその土地は1000年後に伝えることができると教えていただきました。

                 

                 

                 女川町では、当時の状況と現在の復興状況についてお話を聞きました。女川地域医療センターには津波が裏山の方からきて、津波の最高到達点が地面から“1.95メートル”と柱に記されていて、想像もつきませんでした。本当にこの高台にまで津波がきたのかと、信じられませんでした。現在の町の復興は、女川駅が再建され、海の近くには魚を保存しておくための冷凍施設が建てられていました。町はあと3年で復興すると聞き、驚きもあったけど同時にうれしさもありました。何の力にもなれない自分だけど、“ここにきて、被災者の方々とコミュニケーションをとることだけでいいんだよ”という言葉に、小さな、無力な自分だけど力になれることがあるんだと、勇気づけられました。

                 

                 

                 いしのまきっこ広場の子どもたちや、水押球場仮設住宅の子どもたちと、流しうーめんや水遊びをして仲良くなることができました。最初は緊張していて自分から話しかけることができなかったけど、子どもたちがたくさん話しかけてきてくれて、うれしかったです。みんなすごく元気で、笑顔がすてきな子がたくさんいました。わたしは子どもたちのパワーに元気をもらいました。子どもたちと“バイバイ、またね”とさようならしたときに、この1回の出会いで終わりにしてはいけない、またここに来るんだと思いました。

                 

                 

                 今回のボランティアを通して、被災地を訪れる前と訪れた後で印象が180度変わりました。テレビでしか見ることがなかった被災地を自分の目で見て、肌で感じないと分からないことがたくさんありました。ボランティアの活動報告で体験者が言っていた、“行ってみないと分からない”という言葉の意味がよく分かりました。

                 

                 

                 4日間の活動で、「自分から行動すること=ボランティア」ということが、自分の中で甘くなっていたことに気づかされました。人に言われてから行動するのでは意味がない。自分から行動することが大切だと改めて確認することができました。

                 

                 

                 佐藤先生から教えていただいた「伝えよう。感謝しよう。また来よう。」わたしが被災地で見たこと、感じたことを周りに伝え、知ってもらう。このボランティアをすることができたのは、現地で受け入れをしてくださったエマオ石巻の皆さん、先生方、両親の支えがあったからということに感謝する。そして、また東北ボランティアに参加する。この言葉を大切に、“ボランティアは微力だけど、無力じゃない”ことを信じて、これからも東北ボランティアや様々なボランティア活動に参加していきたいと思います。

                 

                posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 11:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                7月30日、仮設住宅で子ども会を開きました
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                  明学東村山有志ボランティア・チーム第25陣の最終日は、水押球場応急仮設住宅で子ども夏祭りを開きました。

                  私たちがこの仮設住宅を初めて訪ねたのは2011年12月、第5陣がクリスマスケーキを届けたのが最初でした。

                  (2011年12月、第5陣)

                   

                  その時に出会ったIさんから、「子どもたちの卒業アルバムを一緒に探してほしい」という依頼をいただき、2012年3月に、第6陣が卒業アルバム探しのワークをさせていただきました。

                   

                  (2012年3月、第6陣)

                   

                  Iさんご一家との交流はその後も続き、2013年の夏からは毎年ここで子ども夏祭りを開かせていただいています。

                  (2013年7月、第13陣)

                  (2013年12月、第16陣)

                  (2014年3月、第17陣)

                  (2014年7月、第18陣)

                  (2015年7月、第20陣)

                  (2015年8月、第21陣)

                  (2016年3月、第24陣)

                   

                  今回の子ども夏祭りには8名の子どもが参加してくれました。

                   

                  最初に「何でもバスケット」をしながら自己紹介をしたあとは、外でスーパーボールすくいとヨーヨー釣りを楽しみました。

                  その後は水遊び! みんなずぶ濡れになって遊びました。

                  毎年恒例となった流しそうめんでは、ワカメうーめんや枝豆、ミニトマト、ぶどう、さくらんぼ、ブルーベリー、杏仁豆腐、アロエ、ナタデココなども流して大好評でした。

                  子どもたちが満腹したあとは、今度は子どもたちが私たちのためにそうめんを流してくれました(^^)

                  みんなで流しそうめんをしたあとは、ドッチボール大会!*¥(^o^)/*

                  もっと遊んでいたかったのですが、帰りの新幹線の時間が迫って来ましたので、みんなで記念撮影をして、子ども会を終えました。

                   

                   

                  「Iさんたちがこの仮設住宅から出るまで、ここで子ども会を開き続けたい」そんな思いで始めた子ども会。そのIさんご一家が冬に復興住宅に引っ越すことになり、今回がこの仮設住宅での最後の子ども夏祭りとなりました。5年以上に及ぶ避難生活がやっと終わることを共に喜ぶ一方で、もうここで一緒に遊ぶことが出来ないという寂しさもあり、涙をこらえながら仮設住宅をあとにしました。

                   

                  (卒業アルバム探しをした時にIさんからいただいたスノーマンは、津波の被害を伝える「実物教材」として、授業などで活用させていただいています)

                   

                   明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第25陣は4日間の活動を終えて東京に帰着しました。微力な私たちを迎え入れてくださった現地の皆様と、送り出してくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました!

                   来週には第26陣が仙台と石巻で活動します。引き続き応援よろしくお願いいたします!

                  posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 06:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  7月29日、いしのまきっこ広場の子どもたちと遠足に行ってきました。
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                    7月29日は「いしのまきっこ広場」の子どもたちと遠足に行ってきました。去年はチャチャワールド石越へ行ったのですが、今年は仙台うみの杜水族館へ行ってきました。川開き祭りの直前で鼓笛隊の練習などがあり、参加者は昨年よりも少なかったのですが、それでも10人の子どもたちが参加してくれました。

                     

                     

                    石巻駅に集合し、仙石線で中野栄駅まで移動しました。

                     

                     

                    石巻は車社会なので、子どもたちが電車に乗る機会は少ないそうです。「仙石線に乗るの初めて!」という子もいました。初めて見る車窓からの景色や、初めて押すドアの開閉ボタンなどで大興奮でした。

                     

                    (高2の須田さんがイルカトレーナーに挑戦!)

                     

                    中野栄駅からバスに乗り換えて水族館へ。最初に「イルカとアシカのショー」を観たあと、お昼ご飯を食べました。午後は子どもたちのペースにあわせて水族館を見学。2回目のイルカショーを観た子もいれば、巨大水槽で夢中に写真を撮る子、ビーチで楽しく遊ぶ子もいました。

                     

                     

                    楽しい時間はあっという間に過ぎ、みんなで記念撮影をして、水族館をあとにしました。

                    子どもたちにとって、そして私たちにとっても、楽しい夏の思い出になりました。

                    8月下旬には明学東村山のOB・OGチームが中心となって「いしのまきっこ広場」を計画しています。

                    またみんなで遊ぼうね!

                     

                    posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 01:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    7月28日、いしのまきっこ広場のプチ夏祭りを開きました。
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                       7月28日は釜会館でいしのまきっこ広場のプチ夏祭りを開きました。17名の子どもたちが参加してくれました。

                       

                       

                       ラジオ体操と妖怪体操をした後、みんなで「何でもバスケット」をしました。鬼になってしまった人には自己紹介をしてもらいました。レクリエーションを通して初対面の子どもたちとも打ち解けて行きました。

                       

                       

                       午前中はお勉強タイムということで、夏休みの宿題などをで取り組みました。

                       

                       

                      お昼は拠点のエマオ石巻に戻って、毎年恒例の流し素麺&うーめん大会。みんなで楽しみながら美味しくいただきました。子どもたちが満腹したあとは、子どもたちが私たちのために素麺やうーめんを流してくれました。

                       

                       

                      食後のお片付けも、子どもたちが積極的にお手伝いしてくれました。

                       

                       

                      午後は再び釜会館に移動して、みんなでヨーヨー釣りやスーパーボールすくいもしました。そしてみんなが楽しみにしていた水遊び! 去年は着替えがなくて水遊びが出来なかった子どもたちもいたのですが、今年はみんな水着や着替えを持って来ていたので、思いっきり水をかけ合って遊ぶことができました。

                       

                       

                      楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、子どもたちと再会の約束をしてお別れをしました。

                      明日はいしのまきっこ広場の子どもたちと遠足に行く予定です。

                       

                      posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 23:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                      7月27日、現地の被災状況と復興状況を視察しました。
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                        第25陣の初日はフィールドワークをしました。

                         

                         

                        嵩上げ工事が進む名取市閖上(ゆりあげ)地区では、「閖上の記憶」で当時の映像や、子どもたちが作ったジオラマなどを見学しました。

                         

                        石巻市立大川小学校

                         

                        女川町地域医療センター「輝望の丘」の慰霊碑

                         

                         

                        女川町では、おちゃっこクラブの岡さんから津波の証言を聞き、これからの町づくりへの熱い想いも語っていただきました。

                         

                         

                        最後に石巻市門脇町の「がんばろう!石巻」看板を見学し、その周辺を歩きました。

                         

                         

                         

                         

                        これらの景色を心に刻みながら、明日からのワークにのぞもうと思います。

                         

                        「震災から5年が経った今、被災者の方々からたくさんの生々しい話を伺った。実際、自分の立っている場所が『海底』になったこと。現在の光景からは想像もつかなかった。来ると思っていた明日が来なかった。急な震災で命を失ったたくさんの人々の恐怖、悲しさ、怖さは一体どれほどのものだったろう。『がんばろう!石巻』看板の近くで、津波が来るまで住宅街だった草むらを歩いた。はかなく揺れる無数の向日葵が、なんだかすごく寂しかった。」(木村風香)

                         

                        「女川の津波記憶石の言葉が心に残りました。気を抜いてはいけないこと、もっと上に逃げなくてはいけないこと、絶対に戻らないこと。千年後の人達へ伝えようという意思が突き刺さって来ました。石巻市では、もとは多くの家があった所も、一面雑草で覆われており、冷たくむなしい風が吹いていました。草むらには、お風呂や冷蔵庫、湯呑み、ボロボロになった上ばきなどが生々しく残っていました。テレビでは感じられない生の姿を見ることができました。」(前澤紗良)

                         

                        「『ここに来て、被災者の方々とコミュニケーションをとることだけでもいいんだよ』という岡さんの言葉に、こんな小さな無力な自分だけど、力になれることがあるんだと勇気づけられました。今日一日のフィールドワークで、被災地をすべて知ることができたわけではないけれど、自分の目で見て体で感じることができました。『行ってみないとわからない』という経験者の人達の言葉の意味がよく分かりました。今日のことは絶対に忘れてはいけない。伝えて行かないといけないと思いました。」(須田真穂)

                         

                         

                         

                        posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 23:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |