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高校礼拝で第12陣のボランティア報告をしました。
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     2013年5月17日、先週の中学礼拝に続き今日は高校の礼拝でボランティア活動報告をしました。スライドショーで活動内容の報告をした後、第12陣に参加した村松鈴音さんと杉下嘉菜子さん(杉下さんは昨年夏の第8陣にも参加)に感想を発表してもらいました。



      高校2年の村松鈴音です。私は以前からずっとボランティアに興味関心はありましたが、なかなか参加する一歩が踏み切れず、今回の12陣が初参加でした。参加した理由は様々ありますが、一つは東北で困っている方々を手助けしたい気持ちと、あんなにも震災直後はテレビのどの番組も取り上げていたのに、最近では思い出したかのように取り上げるだけ、ならば実際に見て知らなければいけない、と思ったからです。

    行ってみて一番強く感じたことは、実際に行かなくては分からないことが沢山あることです。復興復興と言っているのだから、少しは進んでいるかと思いきや、「復興」なんてレベルではなく「復旧」さえ出来ていない状態でした。ただ、私が住んでいたのがたまたま東京で、たまたま東北の方々が被害にあっただけということを実感し、その事実に恐怖までも覚えました。

    ですが、驚いたことに東北の方は皆明るくて笑顔が絶えない人が多かったです。みんなよく笑う明るい方ばかりで、私のほうがむしろその笑顔にどこか救われたと思います。

    何度目かの参加の人は、前回来た時とどう変わったか分かることが出来ますし、初参加者とは違った考え方ができると思います。少しでも東北の方々の手助けになるように、また参加したいです。

     



      高校2年の杉下嘉菜子です。
    私は今回で現地を訪れるのは2度目でした。まず約半年振りに現地に足を踏み入れて、変わったなぁと思ったのは、家がほとんどなくなってしまっていたところでした。長年住んでいた自分の家を、買ったばかりでこれから新しい生活を始めようとしていた自分の家を解体する事に期限をつけられてしまうのは、とても酷な話だと思いました。家や建物を解体することは凄く難しい問題だということが身に染みてわかりました。解体したらすぐ復興するかと言われればそんなことはないだろうし、こうして私達がボランティアとして訪れて色々感じることもできなくなります。でも中には思い出したくないという方もいて、「解体」「復興」と言っても簡単なことではないのだと痛感させられました。「復興」と簡単に口にできるのは現地から離れているからで、実際こうして「復旧」もままならない被災状況を目の前にし、現地に近づけば近づく程「復興」というものがいかに難しいか理解することができます。だから私は一人でも多くの人に、一度でも現地に行って欲しいと思っています。
     厳しい現実をつきつけられつつも、登米の仮設住宅で夏の流しうーめん大会で知り合った子と再会し、「また来て良かった!」と思えました。一緒に遊んで関わっていく中で、子どもたちの笑顔を沢山見ることができて、本当に嬉しかったです。

    「解体や復興の難しさ」「再会の嬉しさ」これは初めて訪れた時には全く見えてこなかった部分です。これからもっと訪れれば、もっと現地のことが見えてくるに違いありません。来る度にまた来たいと思わせてくれる宮城が私は大好きです。再会を約束した子ども達の為にもまた行きたいと思います。ありがとうございました!



     

     第12陣の活動報告書も完成しました! これから現地でお世話になった方々や、ご支援くださった方々に届けようと思います。



    *報告書の郵送を希望される方は、代表(佐藤飛文)までご連絡ください。
     e-mail: t−satou@meijigakuin.ed.jp
    posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 17:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    中学礼拝で第12陣ボランティア活動報告をしました。
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       2013年5月9日、明治学院中学校の礼拝で春休みのボランティア活動報告をしました。スライドショーで活動内容を紹介した後、明治学院中学校出身の石川夏帆さんと山川萌さんに感想を発表してもらいました。



       高2の石川です。私は今回ボランティアに初めて参加しました。震災の被害を受けた地域の様子はテレビでしか見たことがなく、実際に行ってみたいと思い今回参加しました。

       現地へ行ってみるとテレビでは伝わらないことがたくさんあると思いました。実際には、がれきなどはほとんどなく、家などの建物は取り壊されていて何もない状態の場所ばかりでした。行ってみないと分からないことばかりで、テレビでの情報はほんの一部なのだと気づきました。


       災害ボランティアをする上で必要な持ち物は水と油性のマジックペンでした。私は特に深く考えずに持って行ったのですが、現地で油性のマジックペンがなぜ必要なのかを知って、衝撃を受けました。もし自分が地震にあい、津波で流されたときに、油性のマジックペンで体に名前や連絡先を書いておけば家族のもとに早く届けることができるということでした。私はそれを聞いて、改めて自分がいつ何があるか分からない場所に立っていることを実感しました。


       私が思っていたボランティアはがれきの撤去やアルバムを探し出すような、いわゆる作業だと思っていたのですが、子どもたちとふれあい、遊ぶこともボランティアの一つなのだと学びました。中には家族を亡くしてしまった子もいるはずなのに、明るく前向きな子ばかりで、私が元気をもらってしまうほどでした。子ども達といくつか一緒にゲームをする中で、すぐ仲良くなれ、楽しんでくれているようで、私は本当に子どもたちとふれ合えてよかったと思いました。


       今回とても大きなことを学びました。それは、震災を受けた地域は復興どころか復旧すらできていないことです。私は現地へ行ってそれを初めて知り、現地へ行くことの大切さが分かりました。


       東北に行った4日間はとても充実していて、本当に行ってよかったと思いました。宮城の方々はとてもあたたかくて、私の力は小さなものなのに、「ありがとう、またきてね」と声をかけてくださり、本当に嬉しかったです。今回のボランティアでお世話になった方々、両親、先生、その他たくさんの支援に感謝したいです。ありがとうございました。




       高校2年の山川です私は今回初めてボランティアに参加しました。なぜ参加しようと思ったかと言うと、礼拝でボランティア参加者の体験談を聞かせてもらった事で、「自分も有志ボランティア・チームに参加して、色々体験しながら誰かの役に立ちたいなあ、と思いました。


       ボランティアに行って学んだことは沢山あります。実際行ってみたら私が想像していた様子とは全然違いました。倒壊しなかった家は修理して住んでいるのかと思っていましたが、修理しないでそのまま放置されている家もありました。住む為に撤去して、最初から建て直さなければなりません。まず更地にすることが復興への第一歩でした。更地にしても新築が禁止されている地区だと、そこにはもう住むことができません。自分の住んでいた家を撤去するのも辛いですが、もうそこには住めない人たちがいるかと思うと、復興には厳しさ、覚悟が必要だと感じました。


       女川復幸祭ではサンマを焼くお手伝いをしました。焼き加減をちょうどよくするのは初心者の私にはとても難しかったですが、皆さんにおいしく食べてもらえて嬉しかったです。他にもイスや机を並べたり、後片付け等、自分から率先して仕事を見つけて、動くよう心がけました。とても充実していました。


       子どもたちとふれ合って感じたことは、みんな明るく元気で、私の方が元気をもらっていた気がしました。遊んだり、勉強したり、一生懸命頑張っている姿がとても可愛くて、ずっとそばで応援していたくなりました。ゲームやお話しで盛り上がり、帰ることには仲良くなれました。「また来てネ」と言われて嬉しくなりました。


       最後に、私たちを色んな場所を案内してくれたり、スタッフの皆さんが食事を作ってくれたこと、復幸祭などでお世話になった沢山のボランティアの方々…一つ一つに感謝の気持ちでいっぱいです。


       ボランティア活動に参加できて本当に良かったです。このことを家族や周りの友達に伝えていきたいです。




       東日本大震災からもうすぐ26か月。今もなお苦しみ・悲しみの中にある方々のことをおぼえ、みんなで祈りをささげました。
       来週の17日には高校礼拝でもボランティア活動報告をする予定です。
       
      posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 14:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      大切なこと・前編(第12陣参加生徒の感想文13−1)
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        大切なこと(前編)

        大学1年(参加時高校3年) 中城 良



        (2012年3月30日、登米市南方仮設住宅にて、第6陣)
         

        今回の第12陣ボランティアは僕にとって三回目の参加で、約1年ぶりに現地を訪れました。三泊四日の短い期間でしたが、昨年参加した時に比べ被災家屋は少なくなっている地域が多く、また慰霊碑が建てられていました。それに景色だけではなく自分の見方や考え方も少し変わった気がしました。




         初日に訪れた東松島市の大曲浜では被災家屋を解体している作業を偶然見かけました。昨年までは家を解体された側の方のことばかり考えてました。どういう気持ちで被災した家屋を解体することにしたのか。今回もそれはありましたが同時に家を解体している側の方の気持ちも考えるようになり、双方からこのことを考えていこうと思いました。バスの中から見た石巻市内の工事用看板には「家を壊す
        (けす)のが仕事です」と書かれていました。僕はそれまで家を建てることが建設業の仕事だと思っていたのに、ここでは家を壊すことが仕事になっている。とても言い表せない複雑な気持ちになりました。


        (1年前に第6陣が卒業アルバム探しをした石巻市南浜町の集合住宅跡にて)

        参加する前から僕はあることを考えていました。『何を残して何を消すのか』。撤去作業を全て終えて、そこに新しい家々を建て直せば復興になるのか。復興って何だろうか。とても難しい問題だと思います。



        (1年前の第6陣で訪れた岩手県立高田高校の体育館。現在は解体・撤去された)

         2日目の女川復幸祭ではサンマ焼きに参加しました。その中での僕の担当はお客様への呼び込みでした。去年も似たような仕事をやりましたが、その時は少し恥ずかしくて声も段々小さくなってしまいました。それに与えられた仕事をやり次の指示を待つという感じでしたが、今回は一つの仕事が終わると「何か手伝えることはありませんか?」「これ手伝いましょうか?」と自分から積極的に仕事を見つけることができました。




         そして帰りに見た『
        W e ❤女川』のライトアップは本当に綺麗に美しく照らされていて感動しました。実はライトの個数が女川で犠牲にあった方々の数だとあとで知りました。女川復幸祭が盛り上がった一部始終を亡くなった方々が高台から見守ってくださったように僕には思えました。


        (登米市南方仮設住宅「子ども未来館」2012年3月30日、第6陣)


         3日目は石巻っこひろばと子ども未来館に参加しました。実は僕がこの第12陣に参加した一つの理由は昨年参加したこども未来館のこどもたちに再会したかったからです。中でも一番仲良くしていた男の子が他の地域に行ってしまい会えなかったのはとても残念でしたが、また他の再会できたこどももいて嬉しかったです。とくに自分の大学に進む学科名を知っていたのには大変驚きました。


        (登米市南方仮設住宅「子ども未来館」2013年3月25日、第12陣)

         3日目と最終日に遊んだり学習支援をした石巻っこひろばのこどもたちとお別れした時は本当に涙が出そうになりました。

        「明日また来るの?」「それとも明後日?」「明後日の次の日?」

        僕は何て答えたら良いか躊躇しましたが、必ずまた会いに行くと約束しました。こども未来館の皆ともです。なので僕の中では『じゃあね』ではなく『またね』です。再会の言葉に責任を持ってボランティアに限らず絶対また行きたいと思います。(後編へ続く


        posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 16:19 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
        大切なこと・後編(第12陣参加生徒の感想文13−2)
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          大切なこと(後編)

          大学1年(参加時高校3年) 中城 良




          (石巻市門脇町にて、2012年5月5日、第7陣)

          前編の続き
           今回のボランティアでたくさんのことを考えさせられ学びました。復興までの道のりは僕たちが考えるほど容易ではなく大変難しい問題ばかりです。僕はこの3つのことが大切だと思います。

           

           1つ目は『一方だけで物事を見て答えを出してはいけない』ことです。去年の僕もそうでしたが、なぜ被災した建物や海から打ち上げられた船を残さないのか。その方が現地に来た人に被害状況を伝えられるのに。しかし被災された方はどう思うでしょうか。あの建物を見ると震災当時を思い出すから早く撤去してほしい。と思う方もいます。それに僕たちは石巻市や女川町を気軽に被災地、被災家財を瓦礫と呼んでいます。言葉の重みを余計感じると共に被災された方々がそれを聞いてどう思うのか。自分はこう思うけど相手はどう感じてるのか。ボランティアに関係なく日常生活においても大切なことだと思います。



          (解体か保存かで揺れている気仙沼市の第十八共徳丸、2012年3月28日、第6陣)

           2つ目は『尊い生命は無残にもなくなってしまう』ことです。人は生命の息吹きが与えられるまで僕たちが普段思ってる以上に大変な困難を経て奇跡的に誕生します。しかし簡単に死ぬことができます。なぜ生命は尊く大切なのか?
            それは生命がか弱く、無残にもなくなってしまうからです。東松島市で見た慰霊碑には亡くなった方の名前と年齢が書いてありました。お年寄りの方が多く、もしかしたら逃げれなかったのかもしれません。自分と同じ年齢の方もいれば一歳になったばかりの赤ちゃんもいました。その数日後に震災で生き残ったこどもたちと宝探しゲームをしました。その時の宝はおかしでしたが、でも本当の宝って何でしょうか? もちろんテレビで見るようなお金や宝石ではありません。当たり前のことですが生命です。僕にはこどもたちが1人1人小さな生命に見えました。尊いどんな物にも代えられない大切な生命です。


          (東松島市大曲浜の東日本大震災大津波犠牲者慰霊碑)

          そして僕たちは未来に尊い生命の大切さとこの震災を伝えていく義務があります。この震災で終わりではありません。もしかしたら明日にでもまた違う場所で3月11日のような大地震が来るかもしれません。昔の人は高台に神社を造って震災や津波を知らない未来の人にここまで来ないと助からないと伝えました。今度は僕たちの番です。未来にどう伝えれば良いのか。難しいことですが自分なりに考えていきたいです。



          (石巻市立大川小学校、2012年3月31日、第6陣)

           3つ目は『自分が行動することの裏側にはたくさんの人の支えがある』ことです。今回のボランティアで僕は生徒の中で最年長だからか、皆をまとめる仕事を多く与えられました。初めは仕切るのが大変でしたが、自分から積極的に仕事を見つけて行動する人が多かったので復幸祭の片付けや夕食の準備など効率よくできました。これは僕だけではできないことですし、皆が一つになって一生懸命やったからこそできたことだと思います。エマオ石巻の飯野さん、武井さん、南さん。石巻栄光教会の皆様。保護者の皆様。学校の先生方。そして佐藤先生に末永さん。その他の支援してくださった皆様。

          たくさんの方のおかげで今の自分がいて、無事にボランティア活動をすることが出来ました。この場をお借りして感謝を申し上げると共に、生涯を通じて東北と寄り添っていきたいと思います。

          posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 16:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          隣人愛を学んで(第12陣参加生徒の感想文12)
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            隣人愛を学んで


            明治学院東村山高校2年(参加時1年) 和田ゆり子





             私が今回ボランティアに参加しようと思った理由は二つあります。一つはキリスト教がきっかけです。明治学院東村山高校に入学し、キリスト教に触れる機会が今まで以上に増え、隣人愛という精神を知りました。隣人愛とは自分のように隣人を愛する、というもので、本当に素晴らしい精神だと思いますし、とても大切なことだと思います。震災ボランティアに参加することは私が今できる最大限の隣人愛だと思い参加しました。


            (仙台市若林区荒浜、2012年8月6日、第9陣)

             二つ目に昨年の夏に参加した第9陣での体験も大きく関係しています。初めて見る被災地はとても衝撃的でした。特に荒浜を見て感じたことは、今でも昨日のことのように思い出せるほど印象的です。私は震災前に荒浜に来たことがあります。私の知っている荒浜は海の見える美しい町で、多くの住宅がありました。しかし、それが今では残っているものは住宅の基礎のみで、他にはなに一つとしてなく、自分の記憶している荒浜とは信じたくありませんでした。今のような何もなくなった荒浜では多くの人々が暮らし生活していたことさえ忘れ去られていくのではないか、と思い激しい憤りを感じました。この思いから、もう一度東北に行きボランティアに参加したいと思いました。


            (荒浜小学校体育館。現在は解体された。2012年8月6日、第9陣)

             12陣での活動を終え考えたことがあります。一つは「伝えること」の大切さです。大曲浜をはじめ女川や石巻を視察し、共通しているのが津波によって傷ついた建物がどんどんと解体され、なくなっていっていることです。私が参加した第9陣の頃と比べて、ここまでなくなってしまうのかと驚くほど半年で変わっていました。復興の為には建物を壊すことは必要だと思いますが、津波の記憶をどう残していくのか、どう伝えていくのかを考えさせられました。



            (東松島市大曲浜の被災家屋。現在はほとんど解体された。2012年8月6日、第9陣)


            (石巻市南浜町の集合住宅も解体された。2012年8月6日、第9陣)

             二つ目は「復興」についてです。私は今まで津波によって破壊された町も、そこを更地にし家を建て、再び人が住めば復興だと思っていました。皆様の中にもそう思う方もいるかもしれません。しかし石巻でお話をして下さった方は「家族や友人が津波によって流され火災によって亡くなっていった場所で、その上に家を建て住む気になんてなれないし、住んでほしくもない」と話して下さいました。私はこのお話を聞いて、自分の考えていた復興は、辛い思いをされた方を蔑ろにしたものだと気付きました。自分の軽率な考えを反省すると共に、広い視野で立場の違う方々のことも考えた復興が必要だと考えました。


             
            posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 19:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            時の流れを感じて(第12陣参加生徒の感想文11)
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              時の流れを感じて

              明治学院東村山高校2年(参加時1年) 寺内 鷹生



               

               僕が被災地を訪れたのは3回目だが、以前来た場所を再び訪れたこともあって、時の流れを深く感じた。特に東松島の津波の被害を受けた家々を見たのは3度目なので、家がたくさん撤去されていたことに色々と感じることがあった。去年の夏に初めて訪れた時、被災地の現状を全く知らない僕にとって、生活感を残したままに壊れている家々は大きな衝撃を与え、同時に現地に来て間近で見ることの大切さを教えてくれた。だから、これから被災地を初めて訪れる人が、それをもう見ることができないのだと思うと少し切ない。だが本来は建物の解体作業が進んだと考えるべきなので、とても複雑な気持ちだった。しかし考えているうちに、見た人間が見ることのできない人に語り伝えていくことが大切だという結論に至った。今回初めて来た人達に対して伝えることがあまりできなかったことが反省点だ。もっともっと日常生活の中で伝えることのできる場面があるので積極的に伝えていきたいと思う。


              (2012年8月2日、東松島市大曲浜)



              (2012年12月20日、東松島市大曲浜)

               また、複数回来ることの大切さが今回はっきりと分かった。もちろん景色の変化もそうだけど、人との関わりの面でそれを深く感じることができた。それは登米の仮設住宅での子ども達だった。8陣のとき、僕は子どもと遊ぶことに自信を持っていたのだが、あまり遊ぶことができなかった。だから登米の仮設住宅へ今回も行くと知り、正直不安と緊張の思いがあった。そんな僕を待ち受けていたのは、8陣の時と違い、いい意味で予想外だった。子ども達が僕を覚えてくれていた。先輩が遊んでいるのを見ていただけの僕を覚えていてくれたことは本当に驚き、そして涙が出そうになるくらいに嬉しかった。8陣の時は口を開いてくれなかった女の子も僕のことを覚えてくれていた。あの子たちにとって僕がどんな存在なのかは分からないし、別にただのお兄さんでもいいけれど、いつかまた会いに行きたいと思う。「また会おうね」という言葉の重さを僕は学んだ。



              (2011年7月31日、登米市南方仮設住宅)


              (2012年3月25日、登米市南方仮設住宅)

               しかし仮設住宅では自分の愚かさも学んだ。子どもたちの前でするべきではない行動をしてしまった。それを見た子ども達が「そういうことをしてもいいんだ」と考えて、間違ったまま成長してしまったら僕は責任がとれない。自分の無責任さを痛感した。僕は普段から結構ふざけていることが多いが、その普段の自分のボロが出てしまった。自分の日々の行いを見つめ直すきっかけにもなった。次に行く時には楽しくも正しいお兄さんを目指したい。


              (2012年3月25日、いしのまきっこひろば)

               毎回のことだが、僕は被災地でのボランティアに参加させていただくと、普段あまり考える機会のない「出会いの大切さ」を深く教えられる。第12陣の最終日には、前回の第11陣のワークで出会い友達になった雄大くんと再会することができた。彼とも「必ずまた会おうな」と約束をしていて、その約束を果たすことができた。彼が変わらずに今でもエマオでワークをしていると聞いて、自分も頑張らなくてはと励まされた。彼との出会いは僕にとって大きなものだ。次にいつ会えるのかは分からないが、必ずまた会いたいと思う。


               
              posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              沢山の笑顔と希望(第12陣参加生徒の感想文10)
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                沢山の笑顔と希望


                明治学院東村山高校3年(参加時2年) 及川 将幸



                (2012年12月20日、女川おちゃっこクラブにて、第11陣)
                 

                3回目のボランティアを申し込んだ理由は、復興を見守り続けたい、そしてボランティアを継続してやってゆきたいと思ったからです。前回女川に来た時に岡さんが言っていた「あと7年で復興する計画だから、見守り続けてほしい」という言葉が印象に残って、自分もできる限り見守り続けたいと思いました。震災前のきれいな女川は知らなくて、震災後の記憶しかありませんが、それでもせめてこれからの女川を記憶に焼き付けたいと思いました。




                 実際女川に行ってみて一番初めに思ったことは、復興の進みの遅さです。港の周辺には何もなく、土台を作っている途中でした。復旧は進んでいると思いますが、その光景には希望が以前より感じられなかった自分がいました。だからといって、力のない俺には何もできません。先生やエマオの方々、末永さん、両親がいなければ何もできません。ただ復興が早く進む事を願うことしかできない、そんな自分がとてもやるせなかったのが一番印象的です。




                 今回の活動は、女川復幸祭の協力と、子ども達と遊ぶことでした。女川復幸祭は、希望の鐘を鳴らし、女川が元通りになるように願い、また、今回の震災を教訓として「津波が来たら高台に逃げる」ことを忘れないようにするための思いの詰まった復幸祭でした。この取り組みが人々を復興へと活気づけ、また、祭りやメディアを通してまだ震災は終わってないということを伝えることができたのではないかと思いました。自分はこのお祭りに関われてとてもうれしかったです。女川の「復幸」のために多くの人が関わり、多くのボランティアが協力していました。どんなに進んでいなくても確実に大きな一歩をゆっくりと踏み出している。それは一人ではできなくても、人が集まって皆で協力することによって生まれた希望です。まさに希望の鐘が鳴り響く瞬間でした。そこにはちゃんと未来が見えている気がして、とても嬉しかったです。






                 もう一つ印象に残ったのは「
                We❤女川」のイルミネーションです。その光の一つ一つには亡くなってしまった方々への思いがあるそうです。ここから出て行きたい人もいるかもしれませんが、やはりここにいたいと思う人もたくさんいます。ここが故郷でここが最高の場所だからです。だからこそ、できるだけ早く復旧・復興が進む事を心から願っています。



                「子ども未来館」と「石巻っこ広場」の子ども達との交流はとても楽しく終われたのではないかと思います。以前会ったことがある子もいたのですが、夏祭りで一度会っただけでは自分のことを覚えてくれてはいなかったみたいで、「また来たよ」と言いたかったのですが、それはまた今度来た時に言おうと思います。やはりどの子もみんな楽しそうでした。震災で多くのものを失ってしまっても、子どもたちは自分なりに前を向くのだと思います。とても辛くてとても強いその子たちの前では自分はとても弱く、おろかに見えました。初対面でなかなか馴染めなかった子もいたみたいですが、最後は笑顔になって、皆と楽しそうに遊んでいました。この笑顔がいつまでも続くことを願うばかりです。子どもたちに「また来る」と約束したのですから絶対に行こうと思います。



                 今回のボランティアでは沢山の笑顔と希望が見えた気がします。しかし、復旧はまだまだです。震災は今も別の形で生きています。これからももっともっと前に進める事を願っています。

                自分が隣りの人を幸せにして、隣りの人が周りの人を幸せにして、周りの人が皆を幸せにする。そんなちっぽけだけど大きなボランティアがこれからもできたらいいなと思います。


                 
                posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                ボランティアで学んだこと(第12陣参加生徒の感想文9)
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                  ボランティアで学んだこと

                  明治学院東村山高校2年(参加時1年) 山川 萌


                   


                   私は今回のボランティアがはじめての参加でした。礼拝でボランティアの話を聞いていて前から興味があり、自分も何か役に立つことがしたいなと思い、行くことにしました。そして、自分一人では東北まで行くことが出来ないので学校の有志ボランティア・チームに参加して色々なことに気づけたらいいなと思ったからです。




                   ボランティアに行って学んだことは沢山あります。実際行ってみたら私が想像していたのとは全然違いました。私は残っている家は修理されているのかと思っていたけど、修理されずにそのままになっている建物もあり、撤去中のものもありました。自分が今まで住んでいた家が撤去しなくてはいけない状態になったら、とても悲しいと思いました。



                   新築する時はかさ上げしてから建てなくてはいけないことや、新築が禁止されている地区があることを聞いて私は驚きました。修理するのではなく最初から建て直さなくてはいけないとなると時間もかかります。自分が住んでいた家を撤去するのにも相当な覚悟が必要でしょう。復興は簡単なことではないんだと思いました。




                   女川復幸祭ではサンマを焼きました。焼き加減がちょうどいいようにするのは初心者の私にはとても難しかったです。他にもイスや机を並べたり、後片付けをしたり、自分から率先して仕事を見つけるように心がけました。とても充実していました。



                   子どもたちもみんな明るく元気で、私の方が元気をもらっていた気がします。遊んだり勉強したり、一生懸命頑張っている姿がとても可愛くて応援していたくなりました。最後はゲームや話で盛り上がることができて、最初会ったときより仲良くなれた気がして嬉しかったです。



                   最後に、私たちを色んな場所に案内して下さったこと、美味しい食事を作って下さったエマオ石巻のスタッフの方々、復幸祭などでお世話になった沢山のボランティアの方々…一つ一つに感謝の気持ちでいっぱいです。ボランティアに参加できて本当に良かったです。ボランティアで学んだことを家族や周りの友達に伝えていきたいです。

                  posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 19:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  現地でしかわからないこと(第12陣参加生徒の感想文8)
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                    現地でしかわからないこと

                    明治学院東村山高校3年(参加時2年) 佐々木 匠



                    (石巻市立広渕小学校避難所での炊き出し。2011年7月24日、第2陣)
                     

                     今回の第12陣では、女川復幸祭でのサンマを焼いたり機材を運んだりの体を動かしての活動から、子どもたちと一緒に遊んだり勉強のお手伝いをしたりと、様々な活動をしました。その中で、多くの人との出会いがあり、現地の方との交流も少なくありませんでした。現地の方との交流を大切にしたいと思いながら参加をした僕にとって、とてもよい経験になりました。


                    (女川復幸祭でのサンマ無料配布。2013年3月24日、第12陣)

                     その交流、お話しを聞いてゆく中で、今何が現地の問題となっているのかについて知ることもできました。また、それを知っていく時、現地の方の心の変化にも少し気付けた気がします。そこには「これからどうするか」を考え、前を向いて進んでいこうとする現地の方の姿がありました。


                    (石巻市門脇町でTさんからお話しを伺う。2013年3月24日、第12陣)

                     現地の方の心が変わっていくと同時に、現地の状況もどんどん変わっていきます。被災した家屋は次々に取り壊され、瓦礫も処理されていっています。僕達が現地で見る光景は決して東北だけのものではないと思います。僕達と同じように普通に生活していたところに震災が起きて、このような被害をもたらした。そういう点では、決して自分がこのような震災に遇わないとも言えないからです。この現地の光景を生で見て感じ、現地の方のお話しを聞いて、僕達は何を考えなくてはいけないのか。そのようなことを今回のボランティアを通して、あらためて強く感じました。



                    (石巻市門脇町でOさんからお話しを伺う。2012年8月20日、第10陣)

                     僕は過去に2度、このボランティアに参加したことがありましたが、3度目となる今回でも、現地に行って気付かされること、考えさせられることが多くありました。それは、本当に現地に行って、見て聞いて感じないと分からないことばかりです。ですから、できるだけ多くの人にこのことを知ってもらい、1度でもいいから現地に足を運んでもらいたいと思います。その為にも、また自分の為にも、現地の方の為にも、これからもこのボランティアに参加し続けていこう、続けていかなくてはいけないと思います。


                    (いしのまきっこ広場での学習支援。2013年3月25日、第12陣) 
                    posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 20:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    たくさんの人たちとの出会い(第12陣参加生徒の感想文7)
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                      たくさんの人たちとの出会い

                      明治学院東村山高校2年(参加時1年) 広重 夏樹



                       

                       私がこの震災ボランティアに参加を希望した大きな理由は、ただ率直に震災によって今もまだ苦しんで大変な思いをしている人たちを、少しでも助けたいと思ったからです。でも、実際に現地へ行ってみて自分ができることといったら、被災者の方々にとってはとても小さなことなんだなと実感させられました。それでも、自分が何かして、人に喜んで笑顔になってもらえると、とても温かい気持ちになりました。




                       実際に初めて自分の目で見た現地は、すごく衝撃で何も言葉が出ませんでした。現地をフィールドワークした後で見た、3月11日の映像はさっき自分が立っていた場所に津波がおしよせているのだなと思うと、すごく心が痛みました。でもフィールドワークをして、津波がどこまできたのか高さを表す印などを見ても、こんなに大きな津波がどうやってくるのか、どうしても想像できませんでした。現地に来ても分からないことがあるから、映像だけでは絶対に想像できないし、分からないと思いました。




                       震災から2年がたった現地をフィールドワークして、津波の被害にあった家や小学校が取り壊されていたり、復幸祭が行われているのを見て、だんだんと復興しているのかなと思っていました。でもそれは違って、復興どころか復旧もしていない場所もあり、誰にも答えは分からない色々な問題があるんだという話しを現地コーディネーターの末永さんから聞いて、本当の被災地の今の状況を思い知らされました。末永さんのお話しはどれも自分にとって強く心に残る言葉でした。「“被災地”というだけでかわいそうだとか、大変だとか思うのは違う。被災地といっても、たまたま大きな震災の被害を受けただけで、同じ陸続きの日本なんだ。」という言葉は特に心に響きました。



                       4日間という短い間だったけれど、たくさん得たものがあり、とても充実していました。フィールドワークしたりお話しを聞いたりして学んで得たものも多かったけれど、一番は現地の人との出会いやふれ合いだと思います。3日目・4日目は子ども達と関わる作業が多く、一緒に鬼ごっこやドッヂビーをして遊んだり、宿題を手伝ってあげたりしました。



                       仮設住宅の子ども達は、元気があり余っていて、逆に自分が子ども達から元気をもらった気がしました。最初は初対面の子どもたちを相手に戸惑ってしまったけれど、子ども達1人1人が楽しかったと思えるような時間が少しでもつくれたのかなと思いました。また、エマオ石巻の方々がボランティアとして来た私たちを温かく迎えてくださってすごく嬉しかったです。




                       4日間の中であった出会いはそれぞれの場所でたくさんありました。そんな人たちとお別れするのはとても悲しかったです。それぞれの場所で出会った人たちが自分を成長させてくれたと思います。子ども達とは、出会ってまだ2日間しか経っていないのにこんなにも仲良くなれて、近づけるんだなと感じました。

                       この第12陣ボランティアに参加して、現地のたくさんの人たちとの出会いがあって、ほんとうに行って良かったなと思います。現地での1つ1つの出会いに感謝して、学び得たことを家族や友達など少しでも多くの人に伝えていきたいです。

                       自分にとってとても貴重な経験をさせてもらいました。ありがとうございました。

                       
                      posted by: とび | 第12陣(2013年3月) | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |