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    高校礼拝でボランティア報告をしました。
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       2014年11月17日(月)、明治学院東村山高校の朝の礼拝でボランティア報告をしました。第19陣に参加した桝田さんと伊藤さんに報告をしてもらいました。送り出してくださった皆様に感謝するとともに、伝える努力をこれからもしてゆきたいと思います。

      ★現在冬の第20陣を募集中ですが、参加者が集まっていません。報告を聞いて「自分も参加したい!」と思った生徒は、ぜひ申し込んでください!(説明会は随時開催します)



      桝田:第19陣は8月3日から6日まで、主に宮城県仙台市若林区で活動しました。主な活動内容は、「ささっこクラブ」という子ども教育支援と、仮設住宅での炊き出し、仙台平和七夕のお手伝いです。「ささっこクラブ」では、子どもたちの夏休みの宿題を手伝ったり、子どもたちが畑で育てた野菜を収穫して料理をしたり、流しそうめんをしたりしました。また、ヨーヨー釣りリレーをしたり、スーパーボールすくいをしたり、フリスビーを使ってドッチビーをしたりして遊びました。被災した子どもたちとの交流では、辛い思いをしていて心の闇を抱えている子もいると聞かされていたので、不安が大きかったです。でも会ってみると、みんなとても明るく元気でした。テレビでは暗いことしか放送されていなかったので、笑顔が見れたことが嬉しかったです。


       
      伊藤:私たちは仮設住宅でも、流しそうめんの炊き出しをしました。仮設住宅では、お年寄りの方々が、被災したときのことを話してくださいました。また、みんな流しそうめんを美味しいと言ってくれたので嬉しかったです。ですが仮設住宅という狭い空間で過ごしていて息苦しそうでした。そういう人をいなくするために頑張っていかないといけないことを知りました。仮設住宅の近くでは災害復興住宅の建設がおこなわれていました。震災から3年半がたった今も、ふるさとに帰れず、復興住宅が完成するのを待ちながら、仮設住宅で避難生活をしている方々がたくさんいることを忘れないでいたいと思います。



       
      桝田:私たちは仙台平和七夕のお手伝いもしました。仙台七夕祭りがはじまる8月6日は、広島に原爆が投下された日です。核兵器の廃絶と平和を願って、全国から送られた100万羽以上の折り鶴の中から、20万羽を使って吹き流しを飾りました。全国からすごい量の折り鶴が届けられているのを見て驚きました。吹き流しを完成させるには、ここにいる人だけではできない、全国から送って下さる方々もいないとできません。みんなで一つを完成させた達成感を感じることができました。あんなにたくさんの折り鶴で作られている吹き流しは私たちのところだけで、たくさんの人々の願いが込められている平和七夕は、たくさんあった吹き流しの中でも一番素敵だと思いました。その吹き流しに自分が少しでも携わることができて幸せだと思いました。また、折り鶴で作った首飾りも配りました。折り鶴のレイ配りでは、小さい子は首にかけてあげるととても嬉しそうにしてくれたり、綺麗な色のレイを持っていた時にたくさんの人に色を換えてほしいと頼まれ、希望する色のレイを渡すと喜んでくれたりもしました。自分から行動する勇気、人と接する難しさや素晴らしさを学ぶことができました。また、多くの人が折り鶴のレイ配りを楽しみに待ってくれていました。一人でも多くの方が広島・長崎のことを知ってくれたら、平和七夕の意味があったと思います。




      伊藤:ボランティアの合い間には被災地を視察しました。60人以上の子どもたちが犠牲になった大川小学校、入院していた患者が全員犠牲になった雄勝病院、4階建てのビルが横倒しになった女川港、津波と火災で焼け野原になった門脇町、今も津波の傷跡が生々しく残っている東松島などを訪ねました。実際に被災地に行ってみると、復興しているところが多く、ホッとした気持ちや「本当にここが被災地なのだろうか」という気持ちでした。ですが、フィールドワークに行ってみると、全部の土地が復興しているわけではないということがよくわかりました。テレビで見ていた光景よりずっと酷い光景が広がっていました。
       私が一番印象に残った土地は、荒浜地区です。空き地が続き、海の近くの木は、全部の木が同じ方向に曲がっていました。荒浜地区のように空き地が広がっている場所は他にもたくさんありました。ボランティアに参加する前の私は、空き地があることやなぜ空き地のままなのかということを全く知らなかったので、とても驚きました。そのような被災地の現状を知れたことが一番来てよかったと思うことです。
       



      桝田:東日本大震災当時、私はまだ小学校六年生でした。小さい頃からガールスカウトを続けていたので、自分達なりに出来ることを考え、活動をしていました。でも、高校生や大学生の年上の人達は現地に行き支援をしていて、私も行きたくて仕方がなかったことを覚えています。それから約四年が経ち、震災直後に現地に行った人達が見たものとは違うけれど、きっと今だから見れる何かがあると思い、参加しました。
       実際に現地に行ってみると、テレビで見ていた時は他人事だとどこかで思っていた自分がいたことを痛感させられました。瓦礫だけは撤去され、背の高くなった雑草がずっと続いていて、何もないことがこんなに怖いと思ったのは初めてでした。想像つかなかったけれど、元々は家があり人が生活していたことを忘れてはいけないと思いました。上履きの底だけが落ちているのを見つけた時は、ここで命を落とした子がいることを実感しました。フィールドワークで回った場所はどこも静かで、震災から時間が止まっていたように感じました。自分が考えていなかった時間に涙を流し、苦しんでいた人がいたと思うと胸が締め付けられました。
       私は初め、ボランティアを「させていただく」という意味がよく分かりませんでした。でも、被災者支援センターや仙台平和七夕の会、仙台YMCAの方々の存在を知り、そういった方々がいるから自分たちもボランティアをさせてもらえるんだと実感できました。現地の人々と関わって、一生懸命、力強く生きている人を見て、自分も勇気をもらえました。自分が被災地に行ったから復興が進むということはありません。でも、足を踏み入れて痛感したことが多く、学べたことがたくさんあり、自分も成長することができました。とても良い経験をさせて下さった全ての方々に感謝しています。

       


      伊藤:この東北ボランティアに参加しようと思ったのは、少しでも被災された方々の力になりたいと思ったからです。
       2日目と4日目に子ども達と触れ合いました。最初は、「子ども達は暗いのかな?」、「どういうふうに接しようか?」という不安がありました。ですが、そんな不安は全くいらず、みんなすごく明るくて面白くて、なによりも元気でした。みんなでとても楽しい時間を送ることができました。3日目と4日目は七夕祭りの準備やレイ配りをしました。とても大変だったけど嬉しそうな顔をみていると頑張ってよかったと思いました。
       この4日間で私自身成長出来たのでよかったです。また、ボランティアとしての在り方や人との接し方も学べました。被災地の現状を知れて本当によかったです。何もしていない人もいれば、被災者の皆さんの為に一生懸命活動している人もいるということを忘れてはいけないなと思いました。ボランティアという体験を高校生で出来てよかったです。これからは、私がみたもの、知ったことなどを多くの人に知ってもらう活動をしなければならないなと思いました。


      JUGEMテーマ:ボランティア

       
      posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      第19陣のボランティア報告をしました。
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        2014年10月24日(金)、明治学院中学校の朝の礼拝でボランティア報告をしました。第19陣に参加した岸上さんと古谷さんに報告をしてもらいました。11月3日のヘボン祭でもボランティア報告をする予定です。送り出してくださった皆様に感謝するとともに、伝える努力をこれからもしてゆきたいと思います。



        古谷:第19陣は8月3日から6日まで、主に宮城県仙台市若林区で活動しました。ここは津波で180人以上の方が犠牲になった地域です。主な活動内容は、「ささっこクラブ」という子ども教育支援と、仮設住宅での炊き出し、仙台平和七夕のお手伝いです。「ささっこクラブ」では、子どもたちの夏休みの宿題を手伝ったり、子どもたちが畑で育てた野菜を収穫して料理をしたり、流しそうめんをしたりしました。また、ヨーヨー釣りリレーをしたり、スーパーボールすくいをしたり、フリスビーを使ってドッチビーをしたりして遊びました。子どもたちと接する時、どうしたら楽しんでもらえるのだろうかと心配でしたが、「笑顔」で接することで皆と本当の楽しさを分かち合うことができました。「笑顔」というものがいかに大事なのかが分かりました。




        岸上:私たちは仮設住宅でも、流しそうめんの炊き出しをしました。仮設住宅に住むお年寄りの方々は、みなさん色々なことを抱えているはずなのに、すごく温かく迎えてくれました。そして辛いはずなのに震災当時の話しも聞かせてくれました。仮設住宅の近くでは災害復興住宅の建設がおこなわれていました。震災から3年半がたった今も、ふるさとに帰れず、復興住宅が完成するのを待ちながら、仮設住宅で避難生活をしている方々がたくさんいることを忘れないでいたいと思います。



        古谷:私たちは仙台平和七夕のお手伝いもしました。仙台七夕祭りがはじまる8月6日は、広島に原爆が投下された日です。核兵器の廃絶と平和を願って、全国から送られた100万羽以上の折り鶴の中から、20万羽を使って吹き流しを飾りました。また、折り鶴で作った首飾りも配りました。折り鶴の首飾りをみなさんとても喜んで受け取ってくださいました。来週のヘボン祭でこの吹き流しを飾りますので、みなさんぜひ見に来てください。



        岸上:ボランティアの合い間には被災地を視察しました。60人以上の子どもたちが犠牲になった大川小学校、入院していた患者が全員犠牲になった雄勝病院、4階建てのビルが横倒しになった女川港、津波と火災で焼け野原になった門脇町、今も津波の傷跡が生々しく残っている東松島などを訪ねました。実際に被災地を訪れて初めに感じたことは、復興している所としていない所の差が激しいということです。震災から三年半が経つし、がれきが残っている所は数少なかったです。しかし、がれきが無いから復興したわけではなく、見渡すとここは津波が来たんだなとわかります。なぜかというと、あたり一面緑の原っぱがひろがっているからです。がれきではなくこの原っぱを見るだけでも、津波の被害の大きさを感じました。また、被災地に立ってみて、周りの静けさが逆に震災当時を物語っているようでした。海の波の音や、鳥の鳴き声が私の中に鮮明に覚えています。地震と津波は天災ではあるけれど、本当に恐ろしいものだなとその場に立って改めて感じました。



        古谷:東北に行って分かったこと。それは、復興はしていなかったということです。一概に復興と言っても街が復興するのだけでなく、被災者の心のケアも必要だということが分かりました。街だけではなく心も復興することで復興といえるのだ、と東北に行って感じました。
         東北の人は温かく、元気いっぱいの人という印象でした。しかし、深く交流することで分かった点がありました。それは、辛い被災体験をされた人なんだということです。震災当時のお話しを聞いて、いかに津波が残酷だったのか初めて知ることができました。報道と生の声を聞くのとでは全く違って、より現実味をおびていたし、本当に辛い出来事だったんだ、と実感しました。津波の事実を私たちがちゃんと理解し、この教訓・辛さを後世に伝えるべきであると思いました。(中略)




         ボランティアを通して、支え合うことの大切さを知りました。私たちは本当に支え合う生き物なのだと分かりました。私たちはあらゆることに感謝して、寄り添って生きていかなければなりません。このボランティアは津波の事実だけでなく、人との接し方、相手を思いやることなど、人と共に生きる上での重要なことを学ぶことができた気がします。
        私がこのボランティアで学んだことは本当にたくさんあります。必ずこの経験は自分の糧になるはずだと思います。自分から行動する勇気、親身になって話しを聞き理解すること、人と接することを心から楽しむこと、笑顔で関わること…このたくさんの学んだことを忘れずに生きていこうと思います。
         辛い過去と現状を背負いながらも懸命に生きる東北の人たちの姿は私の心を強く打ちました。自分にはない何かが東北の人たちにはあって、「人ってこんな風に生きることができるのか!」と感銘を受けました。私はこの現状を知った今、伝えるという努力を続けようと思います。東北の人たちの素晴らしさ、そして私たちが東北の人たちの生の声を聞くことの大切さ、私はこのことに気付けたボランティアだったと思います。「行ってみないと分からない」この言葉にどれほどの想いがこめられていたか、初めて知ることができました。



         
        岸上:私がボランティアに参加した理由は、まず海外の方が積極的に支援してくれているのに同じ国にいる私こそがもっと積極的にならないといけないのではないか、というもどかしさがあったからです。そして、被災地を自分の目で確かめたかったからです。震災当時はまだ中学一年と幼かった私ですが、今やっと自分で参加できるような年齢になったので、ボランティアに参加しました。
         女川町の喫茶店で、ある男性の書いた手紙を見つけました。そこには「最愛の妻と生まれたばかりの息子を失くしました。二人が誇れるような夫・父親であり続け、一生懸命生きます。苦しくても頑張ろう!」と書かれてありました。私はこれを見たとき悲しくて何とも言えない気持ちになりました。でもそれと同時に勇気をもらえました。被災した方々はこんなにも強く生きようとしています。そんな姿に私は、もっと応援・協力したいと思いました。




         四日間のボランティアはとても濃いもので、あっという間でした。短い時間ではありますが、色々な人に出会うことが出来ました。笹屋敷という地域の子ども達は、みんな元気いっぱいで、きらきらとした笑顔をたくさん見せてくれました。また、仮設住宅に住むお年寄りの方々は、みなさん色々なことを抱えているはずなのに、すごく温かく迎えてくれました。そして辛いはずなのに震災当時の話しも聞かせてくれました。子ども達もお年寄りの方々も、流し温麺をすごく楽しんでくださって、みなさんの笑顔は私の宝物です。
         他にも色々なプログラムに参加しました。どのプログラムも、ひとつひとつ考えさせられるものでした。実際に被災地に来てみないとわからないことだらけです。今回参加することが出来て本当に良かったです。ボランティアは続けていくことが大事だと学びました。今回出会った方々に、ぜひまたボランティアを通して再会したいです。
         緑一面の原っぱと聞いて、一見平和に見えますが、もともとは家があり、色々な人の思いがつまった場所であるということを、私もそして私の話を聞いてくれた皆さんも忘れないでほしいです。




         
        posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 16:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        本当の状況(第19陣参加生徒の感想文6)
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          本当の状況
          明治学院東村山高校1年 伊藤杏奈


           
           この東北ボランティアに参加しようと思ったのは、高校決めのときからでした。被災地や被災者のことを心配している私の姿をみて、母が「この学校には東北で活動しているボランティア・チームがある」と教えてくれました。その後、この学校に進み、募集がかかったので参加しました。元々私が被災地や被災者のことを心配した理由は、あんなに大きな地震を感じたのは初めてなのに、東北にはそれより大きな地震がきたなんて信じられなかったし、津波はテレビの中の存在としか捉えてなかったのに現実にあるんだということを知って驚いたからです。また、少しでも被災された方々の力になりたいと思ったからです。



            実際に被災地に行ってみると、復興しているところが多く、ホッとした気持ちや「本当にここが被災地なのだろうか」という気持ちでした。ですが、フィールドワークに行ってみると、全部の土地が復興しているわけではないということがよくわかりました。テレビで見ていた光景よりずっと酷い光景が広がっていました。



           私が一番印象に残った土地は、荒浜地区です。空き地が続き、海の近くの木は、全部の木が同じ方向に曲がっていました。荒浜地区のように空き地が広がっている場所は他にもたくさんありました。ボランティアに参加する前の私は、空き地があることやなぜ空き地のままなのかということを全く知らなかったので、とても驚きました。そのような被災地の現状を知れたことが一番来てよかったと思うところです。



           2日目と4日目に子ども達と触れ合いました。最初は、「子ども達は暗いのかな?」、「どういうふうに接しようか?」という不安がありました。ですが、そんな不安は全くいらず、みんなすごく明るくて面白くて、なによりも元気でした。みんなでとても楽しい時間を送ることができました。



           3日目には、仮設住宅に行って、お年寄りの方々と触れ合いました。お年寄りの方々は、被災したときのことを話してくださいました。また、みんな流しそうめんを美味しいと言ってくれたので嬉しかったです。ですが、仮設住宅という狭い空間で過ごしていて息苦しそうでした。そういう人をいなくするために頑張っていかないといけないことを知りました。2日目より自分から動けたので達成感がありました。




           日目と4日目は七夕祭りの準備やレイ配りをしました。とても大変だったけど嬉しそうな顔をみていると頑張ってよかったと思いました。




           この4日間で私自身成長出来たのでよかったです。また、ボランティアとしての在り方や人との接し方も学べました。被災地の現状を知れて本当によかったです。何もしていない人もいれば、被災者の皆さんの為に一生懸命活動している人もいるということを忘れてはいけないなと思いました。ボランティアという体験を高校生で出来てよかったです。これからは、私がみたもの、知ったことなどを多くの人に知ってもらう活動をしなければならないなと思いました。

          JUGEMテーマ:ボランティア
          posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          行ってみて分かったこと(第19陣参加生徒の感想文5)
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            行ってみて分かったこと
            明治学院東村山高校2年 古谷晶
             


             東北に行って分かったこと。それは、復興はしていなかったということ。一概に復興と言っても街が復興するのだけでなく、被災者の心のケアも必要だということが分かった。街だけではなく心も復興することで復興といえるのだ、と東北に行って感じた。



             東北の人は温かく、元気いっぱいの人という印象だった。しかし、深く交流することで分かった点があった。それは、辛い被災体験をされた人なんだということだ。震災当時のお話しを聞いて、いかに津波が残酷だったのか初めて知ることができた。報道と生の声を聞くのとでは全く違って、より現実味をおびていたし、本当に辛い出来事だったんだ、と実感した。津波の事実を私たちがちゃんと理解し、この教訓・辛さを後世に伝えるべきであると思った。




             今、私たちが被災地に行っても、いわゆるがれき撤去の作業などはできない。しかし、私たちにできることはたくさんある。被災された人と笑顔で接したり、共に楽しい思い出を作ったり、津波という出来事を理解したり。本当の意味での復興はまだまだ先のことだと思う。私たちが寄り添い、津波があったことを忘れないこと、このことに復興への道がつながっているのだと思う。




             私が東北ボランティアを志願した理由として、「行ってみないと分からない」と言われたことがある。「行ってみないと分からない」とは一体どういう意味なのだろう。報道や新聞で被災地のことは充分知ることができているし、理解もしているつもりだった。しかし、行ってみて分かったことはたくさんあった。理解しているつもりでは全くだめだったのだ。本当に行ってみて、実際にその地に立ち、足を踏み入れることによって分かることがたくさんあって、それは本当に「行ってみないと分からない」のであって、この今の状況を多くの人に知ってほしいと思った。私たちはこの津波という現実を受け止めるべきであり、伝えるべきなのだ。分かったつもりでいる人たちにどうやって伝えられるのだろうか。4日間行っただけでは充分に理解できていない点もあると思う。しかし、行くのと行かないとではこんなにも差があったということを思い知らされた。




             ボランティアを通して、支え合うことの大切さを知った。私たちは本当に支え合う生き物なのだと分かった。私たちはあらゆることに感謝して、寄り添って生きていかなければならない。このボランティアは津波の事実だけでなく、人との接し方、相手を思いやることなど、人と共に生きる上での重要なことを学ぶことができた気がする。




             また、いかに「笑顔」というものが大事なのかも分かった。「笑顔」で接することで皆と本当の楽しさを分かち合えた。子どもやお年寄りの方と接する時、どうしたら楽しんでもらえるのだろう、と苦心したが、笑顔でいると楽しんでもらえている気がして、笑顔の重要さを知った。



             私がこのボランティアで学んだことは本当にたくさんある。必ずこの経験は自分の糧になるはずだ。自分から行動する勇気、親身になって話しを聞き理解すること、人と接することを心から楽しむこと、笑顔で関わること…このたくさんの学んだことを忘れずに生きていこうと思う。



             辛い過去と現状を背負いながらも懸命に生きる東北の人たちの姿は私の心を強く打った。自分にはない何かが東北の人たちにはあって、「人ってこんな風に生きることができるのか!」と感銘を受けた。私はこの現状を知った今、伝えるという努力を続けようと思う。東北の人たちの素晴らしさ、そして私たちが東北の人たちの生の声を聞くことの大切さ、私はこのことに気付けたボランティアだったと思う。「行ってみないと分からない」この言葉にどれほどの想いがこめられていたか、初めて知ることができた。

            posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 18:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            出会いと思い(第19陣参加生徒の感想文4)
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              出会いと思い
              明治学院東村山高校2年 岸上桃香


               
               私がボランティアに参加した理由は、まず海外の方が積極的に支援してくれているのに同じ国にいる私こそがもっと積極的にならないといけないのではないか、というもどかしさがあったからです。そして、被災地を自分の目で確かめたかったからです。震災当時はまだ中学一年と幼かった私ですが、今やっと自分で参加できるような年齢になりました。



               実際に被災地を訪れて初めに感じたことは、復興している所としていない所の差が激しいということです。まもなく三年半が経つし、がれきが残っている所は数少なかったです。しかし、がれきが無いから復興したわけではなく、見渡すとここは津波が来たんだなとわかります。なぜかというと、あたり一面緑の原っぱがひろがっているからです。がれきではなくこの原っぱを見るだけでも、津波の被害の大きさを感じました。また、いくつか被災地を回りましたが、被災地に立ってみて、周りの静けさが逆に震災当時を物語っているようでした。海の波の音や、鳥の鳴き声が私の中に鮮明に覚えています。天災ではあるけれど、本当に恐ろしいものだなとその場に立って改めて感じました。



               女川町の喫茶店で、ある男性の書いた手紙を見つけました。そこには「最愛の妻と生まれたばかりの息子を失くしました。二人が誇れるような夫・父親であり続け、一生懸命生きます。苦しくても頑張ろう!」と書かれてありました。私はこれを見たとき悲しくて何とも言えない気持ちになりました。でもそれと同時に勇気をもらえました。被災した方々はこんなにも強く生きようとしています。そんな姿に私は、もっと応援・協力したいと思いました。



               四日間のボランティアはとても濃いもので、あっという間でした。短い時間ではありますが、色々な人に出会うことが出来ました。笹屋敷という地域の子ども達は、みんな元気いっぱいで、きらきらとした笑顔をたくさん見せてくれました。また、仮設住宅に住むお年寄りの方々は、みなさん色々なことを抱えているはずなのに、すごく温かく迎えてくれました。そして辛いはずなのに震災当時の話しも聞かせてくれました。子ども達もお年寄りの方々も、流し温麺をすごく楽しんでくださって、みなさんの笑顔は私の宝物です。




               他にも色々なプログラムに参加しました。どのプログラムも、ひとつひとつ考えさせられるものでした。実際に被災地に来てみないとわからないことだらけです。今回参加することが出来て本当に良かったです。ボランティアは続けていくことが大事だと学びました。今回出会った方々に、ぜひまたボランティアを通して再会したいです。




               緑一面の原っぱと聞いて、一見平和に見えますが、もともとは家があり、色々な人の思いがつまった場所であるということを、私もそしてこの文章を読んだ人も忘れないでほしいです。


              JUGEMテーマ:ボランティア
              posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 23:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              「させていただく」ということ(第19陣参加生徒の感想文3)
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                「させていただく」ということ
                明治学院東村山高校1年 桝田千尋


                 
                 東日本大震災当時、私はまだ小学校六年生でした。小さい頃からガールスカウトを続けていたので、自分達なりに出来ることを考え、活動をしていました。でも、高校生や大学生の年上の人達は現地に行き支援をしていて、私も行きたくて仕方がなかったことを覚えています。それから約四年が経ち、震災直後に現地に行った人達が見たものとは違うけれど、きっと今だから見れる何かがあると思い、参加しました。




                 実際に現地に行ってみると、テレビで見ていた時は他人事だとどこかで思っていた自分がいたことを痛感させられました。瓦礫だけは撤去され、背の高くなった雑草がずっと続いていて、何もないことがこんなに怖いと思ったのは初めてでした。想像つかなかったけれど、元々は家があり人が生活していたことを忘れてはいけないと思いました。上履きの底だけが落ちているのを見つけた時は、ここで命を落とした子がいることを実感しました。フィールドワークで回った場所はどこも静かで、震災から時間が止まっていたように感じました。自分が考えていなかった時間に涙を流し、苦しんでいた人がいたと思うと胸が締め付けられました。



                 被災した子どもたちとの交流では、辛い思いをしていて心の闇を抱えている子もいると聞かされていたので、不安が大きかったです。でも会ってみると、みんなとても明るく元気でした。テレビでは暗いことしか放送されていなかったので、笑顔が見れたことが嬉しかったです。



                 仙台平和七夕の手伝いをさせて頂いた時には、全国からすごい量の折り鶴が届けられているのを見て驚きました。吹き流しを完成させるには、ここにいる人だけではできない、全国から送って下さる方々もいないとできません。みんなで一つを完成させた達成感を感じることができました。あんなにたくさんの折り鶴で作られている吹き流しは私たちのところだけで、たくさんの人々の願いが込められている平和七夕は、たくさんあった吹き流しの中でも一番素敵だと思いました。その吹き流しに自分が少しでも携わることができて幸せだと思いました。





                 折り鶴のレイ配りでは、小さい子は首にかけてあげるととても嬉しそうにしてくれたり、綺麗な色のレイを持っていた時にたくさんの人に色を換えてほしいと頼まれ、希望する色のレイを渡すと喜んでくれたりもしました。自分から行動する勇気、人と接する難しさや素晴らしさを学ぶことができました。また、多くの人が折り鶴のレイ配りを楽しみに待ってくれていました。一人でも多くの方が広島・長崎のことを知ってくれたら、平和七夕の意味があったと思います。




                 私は初め、ボランティアを「させていただく」という意味がよく分かりませんでした。でも、被災者支援センターや仙台平和七夕の会、仙台YMCAの方々の存在を知り、そういった方々がいるから自分たちもボランティアをさせてもらえるんだと実感できました。現地の人々と関わって、一生懸命、力強く生きている人を見て、自分も勇気をもらえました。自分が被災地に行ったから復興が進むということはありません。でも、足を踏み入れて痛感したことが多く、学べたことがたくさんあり、自分も成長することができました。とても良い経験をさせて下さった全ての方々に感謝しています。

                posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                つながり(第19陣参加生徒の感想文2)
                0
                  つながり
                                      明治学院東村山高校1年 池田愛美香
                   
                   

                   震災が起こった当時、私は小学六年生でした。教室で卒業式の練習をしていた時でした。家に帰ってテレビをつけてみると、黒い波が家や車をのみこんでいる映像を見ました。最初は「こわいな」と他人事のように思うだけで、なにも感じませんでした。しかし時がたつにつれて、多くの方々が傷ついていることに気がつきました。「東北の風景を一回でも見てみたい」という思いと、「復興してほしいと願うだけでは何も変わらない」と思い、今回のボランティアに参加しようと思いました。



                   最初に、現在の宮城県の様子を説明したいと思います。フィールドワークでは、石巻市や女川町などの被災状況を視察しました。瓦礫がほぼ撤去されていて復興が進んでいるように見えるところもあれば、ただただ緑が広がっているところもありました。中には、多くの方が亡くなられた大川小学校のように、津波の傷跡が残っている建物もありました。横倒しになっている建物や屋根が落ちている家、津波によって全てが無くなってしまうという事実を目の前で感じました。復興しているように見えても、実際は進んでいません。中には住んでいた場所に戻れない方も多くいます。当時の傷跡など、映像では分からない現状を自分の目で見ることができた時間でした。



                   また、何ヶ所かに石碑が建ててありました。石碑には当時、同い年だった子や三、四歳の幼い子の名前も刻まれていました。また、高齢者の方が多く、自力では逃げられなかった方が多いのだと思いました。



                   三日目には津波を目の当たりにした方の体験談を聞かせていただきました。偶然だとしても、本当に奇跡の連続だったと思います。お話の中で、どこかひとつでも欠けている部分があったら助からなかったのだと思いました。自分の判断で自分の「命」が守れるのだと思うと「意志」というものは私たちにとって大切なことだと感じました。



                   私たちが見た景色の中には笑顔になれる場所もありました。「ささっこクラブ」では子どもたちと一緒に遊ぶ機会がありました。流しうーめんをしたり、ヨーヨーつりやスーパーボールすくいをして遊びました。楽しく遊んでいる姿をみると、私たちまで元気になりました。少しでも楽しんでもらって元気になってもらえればと思ってボランティアをさせていただいているのに、逆に私たちが元気をもらった気がします。



                   子どもにもいろいろな感情があります。大人よりも子どものほうが感じることが多かったり、コントロールできない子もいます。ですが、一緒に遊んだ短い間だけでも、笑っていた時間が多かったと感じてもらえればうれしいです。



                   三日目は仮設住宅へ行きました。「仮設住宅」と聞いたときは暗いイメージがありました。しかし、明るく楽しそうに話していたり、時々笑い声が聞こえたりと私の想像とは正反対でした。流しうーめんの時には暑い中、たくさんの方が食べに来てくださいました。多くの方々に楽しんでいただくことができたと思います。



                   しかし、震災を経験し、傷を負った方が多くいます。震災のときのお話を聞いているうちに心が痛くなりました。どのような様子だったのか、どれくらいの被害だったのか。私たちには分からないことをお話してくださいました。



                   七夕祭りの準備では、広島や長崎のことを忘れないようにと願い、平和七夕を作りました。全国から送られてきた折鶴を使ってひとつひとつ丁寧に作りました。ひとつの吹き流しを作るのに約二時間かかりましたが、完成したときの達成感は本当に大きかったです。最終日には折鶴のレイ配りに参加しました。小さい子どもや、外国人の方までもらってくださったので、多くの方が楽しみにしているのだと思いました。



                   今回のボランティアで印象に残っていることは「ボランティアがいて、またその人を支えてくれる人がいて…」というように人が繋がっていることです。平和七夕も同じです。鶴を折ってくださる人がいなければ、今回の吹き流しはできません。毎年折鶴の吹き流しを飾ることができるのは、人との繋がりがあるからこそだと思いました。
                   当たり前だったことがある日突然当たり前でなくなってしまう。何もかも一瞬で無くなってしまう。私が出会った方々は、そういう傷を負った方々だと思います。ですが、明るく笑顔で復興しようとする姿を見て、「生きる」ということがどれくらい大切か知ることができました。
                   最後に、今回出会った方々や協力してくださった皆様、ありがとうございました。

                  posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 09:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  自分の目で(第19陣参加生徒の感想文1)
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                    自分の目で
                     
                    明治学院東村山高校2年 鴇田 奈穂


                     
                     私がボランティアに参加した理由は、3年前の東日本大震災の様子をテレビではみたことがあったけれど、その時は東北に行っていなくて、またその後の東北の様子も確かめることが出来ていなかったので、自分の目で見たいと思っていたからです。また、少しでも、被災した東北の方々の支えにならないかと思い、ボランティアに参加しました。


                    (石巻市門脇町)

                    (女川町)

                     実際に参加してみて、ほとんどの場所が復興していました。あんなに大きな被害があったのに、3年半でここまで復興していたことに驚きました。地元に住んでいる人達や、ボランティアに来た人達のおかげで、早く復興していたので、みんなで協力し合う力は凄いと思いました。しかし、まだ復興していないところも多くありました。津波の被害を受けた時の状態のままである壊れた小学校や沈没した家。そして横に倒れたビルをみて、衝撃を受けました。津波の恐ろしさについて、行って初めて感じることができました。また、一面が雑草の場所があり、その場所は全部家が流されてしまったと聞き、ショックを受けました。


                    (仙台市若林区荒浜)

                    (東松島市大曲浜)

                     ささっこクラブの子ども達と遊んだり勉強を教えてふれ合った時には、最初は上手く子ども達と話すことが出来なかったけれど、少しずつ仲良くなることができ、子ども達の楽しそうな様子をみて、とても嬉しかったです。しかし、準備をする時になかなかすぐに動くことができなかったという課題も残りました。




                     また、仮設住宅にも訪問しました。私たちを受け入れてくださった被災者支援センター・エマオのスタッフの方からは「以前は、仮設住宅からなかなか出て来てくれなかった。」というお話しを聞きました。しかし、私たちの前では、そんな様子もなく、明るいおじいさん・おばあさん達がいました。やはりこれは、エマオがモットーとしている「スローワーク」の力だと思いました。ボランティアというのは、一時的にではなく、ゆっくりゆっくり継続して続けていくことで、周りからも信頼を受けるのだ、という大切なことを学びました。前日はすぐに動くことができなかったという反省点を生かして、やらなければいけないことを意識して、活動をすることができました。仮設住宅の方々にも、ささっこクラブの子ども達も、私たちに「ありがとう」と言ってくれて、参加して良かった、ほんの少しでも役に立てて良かった。と思うことができました。



                     テレビなどで放送される機会が少なくなってきてしまった今、被災した方から貴重なお話を聞いたり、実際に現場を自分の目で確かめることで、自分が知らなかった現状を知り、東日本大震災について改めて考え直すことができました。また、自分から積極的に行動することの大切さを、ボランティアに参加することによって、多く学びました。今回学んだことを生かす為に、まずは、ボランティアで学んだことを、たくさんの人に伝えることから始めていきたいと思います。

                    posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 15:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    4年ぶりに復活した田んぼを訪ねて
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                       2011年3月30日、被災者支援センター・エマオが仙台市若林区の津波被災地域でのボランティアはじめた。最初の頃は家屋内の泥だしや畳出しや被災家財の整理がワークの中心で、被災した田畑の作業はできなかった。(当時の動画はこちら↓)


                       2011年の夏、明学東村山有志ボランティア・チーム第4陣が、この地域でのワークに参加した。被災した田畑が草ぼうぼうになっていたので、草刈りをしながら大きなガレキを撤去していった。

                      (2011年8月4日、第4陣)

                       2012年の夏、第9陣がこの地域のワークに参加した。スコップで畑おこしをしながら、ガレキを取り除いてゆく作業だった。田畑の中にはガラスや木材や瓦などの他、スリッパや化粧品やヨーグルトの瓶など、たくさんの被災家財が出てきた。生徒たちは「震災から1年以上経ったのに、まだこんなにガレキが残っているのか・・・」と驚いていた。


                      (2012年8月7日、第9陣)

                       2014年の夏、第19陣が同じ地域を再訪した。2年前に第9陣が作業をした場所は、立派な田んぼになっていた。4年ぶりに田んぼが復活したことを知って、目頭が熱くなった。


                      (2年前に第9陣がガレキ撤去をした田んぼ、2014年8月4日撮影)

                       田んぼの隣りには、子どもたちの遊び場ができていた。民有地に設けられた手作りの公園だった。19陣はこの公園(キッズひろば)で、子どもたちと走り回ったり、ドッチビーをしたりして、楽しい時間をすごすことができた。
                       今年の5月、ささっこクラブの子ども達が公園の周囲に桜の苗木を植えたという。子ども達が植えた桜の木が育ち、たくさんの花を咲かせる日がくることを、この地域の方々と共に見守り続けてゆきたいと思う。



                      (2014年8月4日、第19陣)
                      posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 19:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                      折り鶴のレイ(首飾り)を配りました。
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                         2014年8月6日、ささっこクラブの子ども達と涙のお別れして、再びクリスロードへ移動し、午後2時から仙台平和七夕のレイ配りをしました。今年も全国から100万羽以上の折り鶴が届けられましたが、その中から約18万羽を使って折り鶴の吹き流しを5本作り、それ以外の鶴で折り鶴のレイ(首飾り)を作って配ります。2時前から並んで待っている方々もたくさんいて、平和七夕周辺は大混雑でした。世界の平和と核廃絶を訴えながら、30分ほどで2500人以上の方にレイを届けることができました。
                         



                        「午後、レイを配りにいった時、すでに折り鶴の吹き流しの前は沢山の人で賑わっていました。ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキのメッセージを読んでいる人がたくさんいて(中には外国人まで)、多くの人にメッセージを届けることができる、全国の人たちから送られみんなで作った吹き流しの力は凄いなと思いました。レイ配りの時も幅広い年齢の方々が受け取ってくれて、平和へのメッセージが伝わったと思うので良かったです。」(鴇田奈穂・高2)

                         
                         
                         明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第19陣は4日間の活動を無事に終え、東京に帰着しました。微力な私たちを受け入れて下さった被災者支援センター・エマオの皆様、宮城野愛泉教会の皆様、平和を祈る七夕市民の会の皆様、仙台YMCAの皆様、七郷中央公園仮設住宅の皆様、ささっこクラブの子ども達とスタッフの皆様に感謝いたします。また応援して下さった皆様にも感謝です。ありがとうございました!


                        posted by: とび | 第19陣(2014年8月) | 21:28 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |