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現地に行かないと分からないこと(第18陣参加生徒の感想文5)
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    現地に行かないと分からないこと
     
    明治学院東村山高校1年 野田和夏子

     
     私は中学生の頃、先輩方が礼拝で東北ボランティアのことを話していたのを聞き、今被災地はどんな状況なのかを自分の眼で見たいと思ったのがきっかけで、今回初めてボランティアに参加した。今ではあまり東北の状況がテレビでは流れていなく、私の頭から震災のことはほとんど消えていた。なのでもうガレキや被害を受けた建物はすべて撤去されていて、新しい家や店を建てようとしているのだと行く前は思っていた。しかし、実際はまだガレキが撤去されてない場所や、建物自体は残っていても使われなくなった場所、雑草がたくさん生えてしまっている場所など、信じ難い光景がたくさんあった。この場所にたくさんの家があって、たくさんの人が住んでいたことが想像できなかった。




     大きな被害を受けた場所に建てられていた慰霊碑に刻まれていた名前の中に、私と同い年や私よりももっと小さい子の名前が刻まれていたこと、同じ苗字がたくさん並んでいたことにとても心が痛んだ。今、生きていることが奇跡なのだなと思った。




     中でも衝撃が大きかった場所がある。東松島市大曲浜だ。東松島市に入った瞬間からガレキの山が見え、周りを見渡しても何もなかった。道も仮設の砂利道だった。唯一残されていた半壊の家を近くで見たら、家の中は生活用品がぐちゃぐちゃのままで、家の中にはなさそうな機械が転がっていた。実際に現地に来たことで、東京にいたままだったら知らないことをたくさん知ることが出来た。




     今回、たくさんの子どもたちと触れ合うことが出来た。私は子どもに元気を与えられれば良いなと思っていたが、最初はどのように接すればいいか分からなくて戸惑ったこともあった。けれど、子どもたちはとても元気で明るく、すぐに仲良くなることが出来た。いしのまきっこ広場でやった紙すきでは、現地の子と仲良く話すことが出来たし、プチ夏祭りでのボーリングやスーパーボールリレーでは、子どもと協力しながら活動することが出来て良かった。




     仮設住宅にも行った。子どもと一緒にうーめんや果物を流したり、一緒になって遊びながら競争もした。子どもと遊ぶことはとても楽しかった。しかし子どもからするともう2度と会えないかもしれない人、「また遊ぼうね!」と約束しても約束を守ってくれないボランティアも多いという話を聞いて、子どもと楽しく遊ぶだけではいけないのだなと思った。また遊ぶと約束したのならまた会いに行こうと思う。遊ぶ場所が減ってしまってのびのびと遊べない子どもたちに「少しでも楽しかった!」という思い出になればいいなと思った。最終的には、私が子どもたちから元気をもらった。




     さまざまな人からお話を聞いたが、最近見つかった遺骨の身元が分かって周りの人からおめでとうと言われたというエピソードを聞いた時は耳を疑った。今の東北はまだ普通のことが普通でない震災中なのだということを学んだ。




     今回初めて東北に行ってみて、東京にいたままだったら分からなかった被害の大きさと、被災地の今を知った。「もう震災から3年も経ったから随分復興しているだろう」ではなく、「まだ3年しか経っておらず、まだまだ震災中」なのだ。私の中で薄れていっている震災の記憶だったが、今回のボランティアで現地に行ったことでまた記憶が蘇ってきた。ボランティアに参加できて本当に良かったし、またボランティアに参加したいと思った。

    posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 12:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    第18陣のボランティア報告をしました。
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       2014年9月22日、明治学院東村山高校の朝の礼拝でボランティア報告をしました。第18陣に参加した二瓶さん・東海林さん・塚田さんに報告をしてもらいました。10月の礼拝では第19陣の報告を、11月のヘボン祭でもボランティア報告会を開く予定です。送り出してくださった皆様に感謝するとともに、伝える努力をこれからもしてゆきたいと思います。



      二瓶:第18陣は7月22日から26日まで、宮城県石巻市で活動しました。主な活動内容は、「いしのまきっこ広場」という子ども教育支援と、仮設住宅での子育て支援活動です。「いしのまきっこ広場」では、子どもたちの夏休みの宿題を手伝ったり、牛乳パックで紙すきをしたり、すごろくを作って遊んだり、手作りの魚釣りゲームや輪投げやストラックアウトなどで遊んだりしました。子どもたちと会うまで、どう接していいかわからなかったし、どんな子どもたちなのかとても不安でした。しかし、子どもたちはそんな不安も吹き飛ばすくらい、元気よく話しかけてくれたので、私の緊張もほぐれました。3年前に被災して、辛い思いをしてきていると思うのですが、楽しそうな笑顔でいてくれたことが何よりも嬉しかったです。子どもたちの笑顔は大きな力を持っていると思います。また復興にもつながる力となっていると思いました。



      東海林:仮設住宅では、流しうーめんの炊き出しをしました。流すのも楽しかったし、何よりもお母さんや子ども達がずっと笑っていてくれたのが良かったです。ザリガニ釣りを一緒にしたとき、めっちゃ仲良くなって、すごい心を開いてくれて、本当に楽しかったです。午後は体育館へ行って、バスケをしました。子ども達が「かほ」って呼んでくれるようになり、親しみを心から感じ取ることができました。子どもと遊んでいるとき、子ども達は普通に笑って、元気に遊んでいるけど、彼らはあの津波を実際に自分の目で見て、ましてや自分の家が流され、とてもつらい思いをしたのだと思うと、心が苦しくなりました。それでも子どもたちは笑顏で私たちに接してくれて、逆に元気をもらって、笑顔が溢れました。帰る時に、もう会えないと思うと寂しかったです。震災から3年半がたった今も、ふるさとに帰れず、仮設住宅で避難生活をしている方々がたくさんいることを忘れないでいたいと思います。



      塚田:被災地に行ってみて、テレビなどで見ていた地震や津波の恐ろしさがあらためてわかりました。そして復興していない所が、思っていたより多いこともわかりました。海の近くにあった気仙沼向洋高校には、本当にここで生徒が学校生活を送っていたことが考えられないくらいガレキが多くありました。この学校は4階建てで、3階まで津波が押し寄せました。3階までの壁が崩れていたり、外見が茶色がかった色になっていて、つぶれた椅子や、流されてきた車がそのままになっており、なかなか信じる事ができず、言葉を失ってしまいました。



       石巻市立大川小学校にも行きました。ここは海から何キロも離れていて、さすがにここまで津波がくることはないと思っていたそうです。しかし実際、避難し始めた時に津波がきて何人もの児童が亡くなってしまいました。それを聞いた時に私はとても心が痛みました。



       女川町の高政という笹蒲鉾店で、店長の佐藤さんに、震災当時の女川町の様子を聞かせていただきました。私は、「人はお互いに助け合わないと生きていけない」ということを今まで以上に実感しました。女川町の人々が協力して助け合ってきたことが、現在の復興への力になっているのだと思いました。


       
      二瓶:私は今回のボランティアが初めての参加でした。親戚のほとんどが福島県に住んでいて、津波の被害にはあわなかったのですが、屋根の瓦が落ちたり、部屋の中が散乱したりと被害を受けていたので、実際に津波で被災した地域はどんなにひどい影響を受けたのか、テレビでは見たことはあったけど、現地に行って自分の目で見たいと思ったのと、あと数年経ってしまったら違う景色となってしまうので、今しか見れない景色を見ておきたいと思い、応募しました。
       実際に現地に行って、テレビで見たことのある光景を見ることができました。テレビで見てどのような被害を受けたのか自分では理解したつもりでいましたが、実際に行って感じることがたくさんありました。初日に行った高政の蒲鉾工場では、映像を見ながら佐藤さんから震災直後の心境などを聞きました。被災した人しかわからないことも聞くことができました。先生が連れて行ってくれた気仙沼向洋高校では、生徒が実際に使っていた教科書が落ちていたり、校舎と校舎の間に流れてきた車がひっくり返ってはさまっていたりしました。実際にこの校舎に高校生が通って勉強していたんだと思うと、怖くなりました。被災地を回っていて、私たちが歩いているところ、車で走っているところも3年前に亡くなった人がいて、この場所にたくさんの悲しみがあるんだなと感じました。
       最終日に行った仮設住宅の子どもたちも「いしのまきっこ広場」の子どもたちと同じくとても元気で、私が疲れてしまうくらいでした。しかし、別れ際に子どもたちから聞いた「地震のあとは水がなかったから雪を食べた」といった話しは驚きでした。
       今回、ボランティアに参加したからこそ知れたこと、学んだことがたくさんありました。復興が進んでいるように見えても、隣町では復興が進んでいないところもあったこと。判断のミスで生死が分かれてしまったこと。現地に行って、自分の目で見て、自分の耳で聞けて、本当に良かったです。ボランティアに行くまでは「もう3年も経っているから今から行っても遅いかな」と思っていましたが、私たちができることはまだまだあると思いました。今回学んだこと、出会った人達を忘れずに、また行きたいなと思います。


       
      東海林:今回私がこのボランティアに参加した大きな理由は、被災地の現状を見たかった、ということにあります。遠い親戚が宮城に住んでおり、震災の影響を受けたと聞き、今の被災地はどうなっているのだろう、と思いました。また、震災当時は小学生で、地面が揺れて、震源地から離れた私のところでも怖かったのに、東北の子ども達はこれの何十倍も怖かったと思い、何かしたいと思いました。でも、何をすればいいのかわかりませんでした。何もすることができなかった私が、少しでも役に立てるチャンスがあるならばこれは活かすしかない、と思いボランティアに参加することを決意しました。一つでも多くの笑顔を与え、勇気付けられるように頑張りたいと願い、申し込みました。
       1日目に、被災した建物がまだ残っている場所へ先生に連れていってもらいました。テレビで見るのと、自分の目で見るのとでは大きく違いました。高台にある病院の一階にまで浸水したという柱などをみて、こんなに津波は高かったのか、と実際に目でみて感じ取ることができました。
       地震と津波はわずかな時間で人々に影響を及ぼし、家や財産、そして人の心を襲いました。あんな短時間の出来事だったのに、それが、2年・3年経っても、まだ完全に復興していない。自然災害は恐ろしいものだと感じられました。大丈夫だろう、と思い避難しなかった人は、津波で流されてしまい、急いで逃げた人は助かっています。だから、わずかな判断力と行動力の差で、生死がわかれてしまいます。東京でも、首都直下地震が起こると言われています。震災から3年経った今、テレビであまり放送されず、正直忘れかけてしまっています。今回のように犠牲者をたくさん出さないためにも、「すぐ逃げる」ということを忘れずに生きていかなければならないと思います。災害はいつ起こるか分からないのです。
       また、いくら環境が復興したとしても、子どもたちの心の傷は深く、まだ癒えていません。一人一人傷の深さは違うし、震災のあった3月11日が近づくと怖くて学校に行けなくなるという子もいます。いくら建物が再建されて復興したとしても、心はまだ震災中なのです。そのことは決して忘れてはいけないことだと今回の実際に行ってみて学びました。
       この経験を糧にし、多くの人に伝えていきたいな、と思いました。また、今回関わった全ての人への感謝の気持ちを忘れずにいたいです。


       
      塚田:今回は私にとって初めてのボランティア参加でした。参加理由は大きく分けて2つあります。1つ目は東日本大震災から3年以上過ぎた今の東北の状況が、テレビや新聞で伝えられることは少なくなったので、自分の目で被災地の状況を見て、少しでも復興の力になれれば良いと思ったからです。2つ目は2011311日の東日本大震災の直後から多くの人がボランティアとして支援をしましたが、ある被災者された方の「自分よりももっと困っている人のために」という言葉に私は感動しました。そしてこの時にあらためてボランティアは素晴らしいものだと知り、いつか必ずボランティアに参加したいと思ったからです。
       2日目からは主に子どもたちとふれ合いました。「いしのまきっこ広場」の子どもたちも「Manasサポート」の子どもたちも仮設住宅の子どもたちも、私が思っていた以上に元気で活発な子が多かったので「子どもたちを楽しませよう」という気持ちでいた私たち自身が、逆に楽しませてもらえたような気がしました。しかし、その子どもたちの中にもやはり元気のない子もいたので、そのような子にも積極的に話しかけて笑顔にさせようと努力しました。
       2日目の夜のシェアリングで、東日本大震災直後からずっとボランティアとして活動している方から、子どもたちについて様々なことを教えていただきました。仮設住宅に住んでいる子と、自分の家に住んでいる子の違いなど、子どもたちの心情を主に教えていただきました。「建物や風景の3年間の変化の様子は見える変化で分かりやすいけれど、形では見えない心情も建物や風景と同じで、3年経った今は大分良くなっています。」という言葉に共感して心を打たれました。またこの言葉を聞いて今日関わった子どもたちを、私の対応で傷つけていないか不安になりました。そして「東北はまだ震災中である事を忘れないでほしい。」とおっしゃっていました。3日目以降はそれまで学んだ事を意識しながら活動して、みんなが楽しめたと思います。
       今回ボランティアに参加してみて本当に貴重な体験ができました。高校に入学してから、夏休みのボランティアには是非参加したいと思っていたので、参加できて本当に良かったです。もし参加していなかったら後悔していた事が沢山あると思います。体験した事を忘れないことと、私たちが体験した事をこれから沢山の人に伝えていく事が大切だと思いました。また機会があればボランティアに参加したいと思います。

      posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 14:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      笑顔の力(第18陣参加生徒の感想文4)
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        笑顔の力
        明治学院東村山高校2年 二瓶莉奈


         
         私は今回のボランティアが初めての参加でした。親戚のほとんどが福島県に住んでいて、津波の被害にはあわなかったのですが、屋根の瓦が落ちたり、部屋の中が散乱したりと被害を受けていたので、実際に津波で被災した地域はどんなにひどい影響を受けたのか、テレビでは見たことはあったけど、現地に行って自分の目で見たいと思ったのと、あと数年経ってしまったら違う景色となってしまうので、今しか見れない景色を見ておきたいと思い、応募しました。



         実際に現地に行って、テレビで見たことのある光景を見ることができました。テレビで見てどのような被害を受けたのか自分では理解したつもりでいましたが、実際に行って感じることがたくさんありました。初日に行った高政の蒲鉾工場では、映像を見ながら佐藤さんから震災直後の心境などを聞きました。被災した人しかわからないことも聞くことができました。



         先生が連れて行ってくれた気仙沼向洋高校では、生徒が実際に使っていた教科書が落ちていたり、校舎と校舎の間に流れてきた車がひっくり返ってはさまっていたりしました。実際にこの校舎に高校生が通って勉強していたんだと思うと、怖くなりました。被災地を回っていて、私たちが歩いているところ、車で走っているところも3年前に亡くなった人がいて、この場所にたくさんの悲しみがあるんだなと感じました。





         2日目から4日目に参加した「いしのまきっこ広場」では、子どもたちと会うまでどう接していいかわからなかったし、どんな子どもたちなのかとても不安でした。しかし、子どもたちはそんな不安も吹き飛ばすくらい、元気よく話しかけてくれたので、私の緊張もほぐれました。



         また、最終日に行った仮設住宅の子どもたちも「いしのまきっこ広場」の子どもたちと同じくとても元気で、私が疲れてしまうくらいでした。しかし、別れ際に子どもたちから聞いた「地震のあとは水がなかったから雪を食べた」といった話しは驚きでした。3年前に被災して、辛い思いをしてきていると思うのですが、楽しそうな笑顔でいてくれたことが何よりも嬉しかったです。子どもたちの笑顔は大きな力を持っていると思います。また復興にもつながる力となっていると思います。



         今回、ボランティアに参加したからこそ知れたこと、学んだことがたくさんありました。復興が進んでいるように見えても、隣町では復興が進んでいないところもあったこと。一瞬の判断ミスで生死が分かれてしまったこと。現地に行って、自分の目で見て、自分の耳で聞けて、本当に良かったです。ボランティアに行くまでは「もう3年も経っているから今から行っても遅いかな」と思っていましたが、私たちができることはまだまだあると思いました。今回学んだこと、出会った人達を忘れずに、また行きたいなと思います。

        posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        この経験を糧にして(第18陣参加生徒の感想文3)
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          この経験を糧にして

          明治学院東村山高校1年 東海林佳歩
           

           
           今回私がこのボランティアに参加した大きな理由は、被災地の現状を見たかった、ということにある。遠い親戚が宮城に住んでおり、震災の影響を受けたと聞き、今の被災地はどうなっているのだろう、と思った。また、震災当時は小学生で、地面が揺れて、震源地から離れた私のところでも怖かったのに、東北の子ども達はこれの何十倍も怖かったと思い、何かしたいと思った。でも、何をすればいいのかわからなかった。何もすることができなかった私が、少しでも役に立てるチャンスがあるならばこれは活かすしかない、と思いボランティアに参加することを決意した。一つでも多くの笑顔を与え、勇気付けられるように頑張りたいと願い、申し込んだ。




           1日目に、被災した建物がまだ残っている場所へ先生に連れていってもらった。テレビで見るのと、自分の目で見るのとでは大きく違った。高台にある病院の一階にまで浸水したという柱などをみて、こんなに津波は高かったのか、と実際に目でみて感じ取ることができた。



           子どもと遊んでいるとき、子ども達は普通に笑って、元気に遊んでいるけど、彼らはあの津波を実際に自分の目で見て、ましてや自分の家が流され、とてもつらい思いをしたのだと思うと、心が苦しくなった。それでも子どもたちは笑顏で私たちに接してくれて、逆に元気をもらって、笑顔が溢れた。



           地震と津波はわずかな時間で人々に影響を及ぼし、家や財産、そして人の心を襲った。あんな短時間の出来事だったのに、それが、2年・3年経っても、まだ完全に復興していない。自然災害は恐ろしいものだと感じられる。大丈夫だろう、と思い避難しなかった人は、津波で流されてしまい、急いで逃げた人は助かっている。だから、わずかな判断力と行動力の差で、生死がわかれる。東京でも、首都直下地震が起こると言われている。震災から3年経った今、テレビであまり放送されず、正直忘れかけてしまっている。今回のように犠牲者をたくさん出さないためにも、「すぐ逃げる」ということを忘れずに生きていかなければならない。いつ起こるか分からないのだから。



           また、いくら環境が復興したとしても、子どもたちの心の傷は深く、まだ癒えていない。一人一人傷の深さは違うし、震災のあった3月11日が近づくと怖くて学校に行けなくなるという子もいる。いくら建物が再建されて復興したとしても、心はまだ震災中なのだ。そのことは決して忘れてはいけないことだと今回の実際に行ってみて学んだ。



           この経験を糧にし、多くの人に伝えていきたいな、と思った。また、今回関わった全ての人への感謝の気持ちを忘れずにいたい。

          posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 14:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          自分のできることを(第18陣参加生徒の感想文2)
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            自分のできることを
            明治学院東村山高校2年 菊田 文香


             
             私は中学生の時から、ずっとこの東北ボランティアに参加したいと思っていました。ボランティアに参加した人たちの礼拝での報告で、『実際に東北に行かなければわからない』『まだ復興しているとは言えない』という発言を聞いて、自分の足でその場に立ち、自分の目で東北の現状を見たいと思い、初めてこの東北ボランティア18陣に参加させていただきました。




             このボランティアでは子どもたちと遊びました。多くの子どもたちと遊ぶのは初めてであったので、どう接すれば良いのかわからず、不安と緊張がありましたが、子どもたちはとても元気で明るく、逆に私が元気づけられてしまうほどでした。それと同時に、子どもたちが私に様々なことを学ばせてくれたように思います。



             あの震災からすでに3年もの月日が過ぎており、今ではあまりテレビ等では取り上げられなくなっています。現地ではコンクリートの囲いのようなものだけが残され、建物の建っていない本当に静かな光景が辺り一面にありました。この光景が震災前は多くの家や店があり、人々の笑顔があり、子どもたちの元気な声があったということを考えると、心が痛みました。


            (南三陸町)

            (女川町)

             『この建物の最上階にいれば安全だろうか?』『もっと高い高台に逃げるべきか?』などと、避難の判断に戸惑う僅かな時間が人々の生死をわけたことに衝撃を受けました。『あの高台に逃げよう』という素早い判断をした人しか、生き残ることができなかったのです。その判断の僅かな戸惑いの時間により、多くの尊い命がなくなりました。また、『ここにいれば大丈夫だ』という判断も、尊い命が奪われた原因でもありました。まさか、あんなに大きな津波がくるとは…誰も予想していなかったはずです。特に女川町では、ありえない高さの津波が町を飲み込みました。この津波の高さには、本当に衝撃を受けました。私が東北で見てきたたくさんの震災後の傷跡が残る光景は、実際に東北に来なければ絶対にわからなかったと思います。



            (女川町)

            (気仙沼市)

             3年経った今でも、仮設住宅で暮らす人がいたり、自分の通っていた学校に行けなくなってしまった人がいたり、震災の傷跡はまだ残っているということを忘れてはいけないと強く感じました。東北はまだ震災中であり、そしてあの震災の傷跡をこれから先、広げないようにするためにも、私たちは日々自分のできることを考え、そして心に留めておく必要があります。



            (東松島市)

             私がこの五日間でおこなったことは、東北の方々にとっては本当に小さなものだったと思います。ですが私にできることは何かをよく考えたり、このボランティアで学ばせていただいたことを多くの人に伝えたりすることで東北の方々の支えになれたら、と思っています。このボランティアに参加することができて、本当に良かったです。

            posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 19:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            学んだこと(第18陣参加生徒の感想文1)
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              学んだこと
                               
              明治学院東村山高校1年 塚田 真奈


               
               今回は私にとって初めてのボランティア参加でした。参加理由は大きく分けて2つあります。1つ目は東日本大震災から3年以上過ぎた今の東北の状況が、テレビや新聞で伝えられることは少なくなったので、自分の目で被災地の状況を見て、少しでも復興の力になれれば良いと思ったからです。2つ目は2011311日の東日本大震災の直後から多くの人がボランティアとして支援をしましたが、ある被災者された方の「自分よりももっと困っている人のために」という言葉に私は感動しました。そしてこの時にあらためてボランティアは素晴らしいものだと知り、いつか必ずボランティアに参加したいと思ったからです。



               実際、被災地に行ってみて、テレビなどで見ていた地震や津波の恐ろしさがあらためてわかりました。そして復興していない所が、思っていたより多いこともわかりました。特に女川町では、津波で建物が横倒しになり流されてしまった事や、高台にあった病院まで津波がきたという事に驚きました。また海の近くにあった気仙沼向洋高校には、本当にここで生徒が学校生活を送っていたことが考えられないくらいガレキが多くありました。この学校は4階建てで、3階まで津波が押し寄せました。3階までの壁が崩れていたり、外見が茶色がかった色になっていて、つぶれた椅子や、雨どいに引っかかっているコンピューターのマウスがあったり、流されてきた車がそのままになっており、なかなか信じる事ができず、言葉を失ってしまいました。


               

               石巻市立大川小学校にも行きました。ここは海から何キロも離れていて、さすがにここまで津波がくることはないと思っていたそうです。しかし実際、避難し始めた時に津波がきて何人もの児童が亡くなってしまいました。それを聞いた時に私はとても心が痛みました。



               女川町の高政という笹蒲鉾店で、店長の佐藤さんに、震災当時の女川町の様子を聞かせていただきました。私は、「人はお互いに助け合わないと生きていけない」ということを今まで以上に実感しました。女川町の人々が協力して助け合ってきたことが、現在の復興への力になっているのだと思いました。被災地の町の様子をみて至る所に「津波が来た高さ」や「防潮堤の建設予定の高さ」などを示す看板が多くあり、東日本大震災で起こった被害はもう絶対起こしてはいけないという思いがよく伝わってきました。


               

               2日目からは主に子どもたちとふれ合いました。「いしのまきっこ広場」の子どもたちも「Mana’sサポート」の子どもたちも仮設住宅の子どもたちも、私が思っていた以上に元気で活発な子が多かったので「子どもたちを楽しませよう」という気持ちでいた私たち自身が、逆に楽しませてもらえたような気がしました。しかし、その子どもたちの中にもやはり元気のない子もいたので、そのような子にも積極的に話しかけて笑顔にさせようと努力しました。



               2日目の夜のシェアリングで、東日本大震災直後からずっとボランティアとして活動している末永さんから、子どもたちについて様々なことを教えていただきました。仮設住宅に住んでいる子と、自分の家に住んでいる子の違いなど、子どもたちの心情を主に教えていただきました。「建物や風景の3年間の変化の様子は見える変化で分かりやすいけれど、形では見えない心情も建物や風景と同じで、3年経った今は大分良くなっています。」という言葉に共感して心を打たれました。またこの言葉を聞いて今日関わった子どもたちを、私の対応で傷つけていないか不安になりました。そして「東北はまだ震災中である事を忘れないでほしい。」とおっしゃっていました。3日目以降はそれまで学んだ事を意識しながら活動して、みんなが楽しめたと思います。



               今回ボランティアに参加してみて本当に貴重な体験ができました。高校に入学してから、夏休みのボランティアには是非参加したいと思っていたので、参加できて本当に良かったです。もし参加していなかったら後悔していた事が沢山あると思います。体験した事を忘れないことと、私たちが体験した事をこれから沢山の人に伝えていく事が大切だと思いました。また機会があればボランティアに参加したいと思います。 

              posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 15:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              仮設住宅で子ども夏祭りを開きました。
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                 2014年7月26日、第18陣の最終日は、石巻市水押球場応急仮設住宅で子ども夏祭りを開きました。仮設住宅やその周辺の借り上げ仮設で避難生活をしている子ども達が十数名集まってくれました。



                 最初はトランプをしたり、新聞紙を丸めて「バットぐるぐる」(障害物競争の種目の一つで、バットに頭をつけて回転してから走ります)をしたりして遊びました。



                 お昼はみんなで流しうーめん! 子どもたちは食べるだけではなく流す方も積極的に手伝ってくれました。時々、うどんやソバも流します。枝豆やミニトマト、ブルーベリーや桃やミカンも流れてきます。「ぶどうが食べたい!」というリクエストがあったので、ぶどうも流しました。ナタデココやアロエは高校生やお母さんたちに好評でした。最後にみんなでスイカとアイスを食べて、ごちそうさま!



                 食後はスーパーボールすくいとヨーヨー釣りをしました。すると、子ども達がプールに入り出し、水着に着替えてくる子や水鉄砲を持ってくる子もあらわれて・・・楽しい水遊びが始まりました。私たちは着替えを用意していなかったのですが、ビショビショに濡らされてしまいました(^^;



                 春に第17陣がここで子ども会をした時に「何でもバスケット」をしたのですが、それがとても楽しかったらしく、「また何でもバスケットやりたい!」というリクエストが子ども達からあったので、最後にみんなで何でもバスケットをしました。



                 この日のうちに東京に帰らなければならないので、2時すぎに子ども夏祭りは終了させていただきました。子ども達とお別れするのは名残惜しかったのですが、クリスマス会をする約束をして、石巻をあとにしました。


                (最後のお掃除とお片付けも子ども達が手伝ってくれました!)

                 明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第18陣は5日間の活動を無事に終え、東京に帰着しました。微力な私たちを受け入れてくださった現地の皆様、送り出してくださった皆様、そして応援してくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました!

                posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                いしのまきっこ広場でプチ夏祭りをしました。
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                   2014年7月25日、いしのまきっこ広場でプチ夏祭りをしました。
                   朝のお勉強タイムの後、4つの班にわかれて、輪投げ・ストラックアウト・ボーリング・魚釣りゲームの準備をしてゆきました。





                   昼食後はいよいよプチ夏祭り。それぞれのアトラクションをみんなで楽しみました。




                   その後、班対抗スーパーボールすくい大会をしました。2日前に紙すきをした時に使った道具を利用して、スーパーボールをすくいます。班のみんなで協力して、160個以上のスーパーボールをすくいあげることができました。



                   最後にスイカを食べて、記念撮影をして、いしのまきっこ広場を終えました。
                  第18陣にとっては今日が最後のいしのまきっこ広場。3日間で子ども達とだいぶ仲良くなることができました。ぜひまた冬休みもいしのまきっこ広場に参加したいと願っています。またみんなで遊ぼうね!




                   
                  posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 17:26 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
                  いしのまきっこ広場2日目!
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                     7月24日の「いしのまきっこ広場」は、23日に引き続き上大二会館でおこないました。いつものようにラジオ体操の後はお勉強タイムでした。



                     この日はみんなで「巨大すごろく」作りをしました。3グループにわかれて、すごろくを作ります。個性あふれるすごろくが完成し、みんなでやってみました。「××ます戻る」が多くて、なかなかゴールできないすごろくもあって苦戦もしましたが、楽しくすごすことができました。





                     明日は釜会館に場所を移動して、「ぷち夏祭り」を企画しています。私たちのチームにとっては最後の「いしのまきっこ広場」になりますが、石巻の子ども達と楽しい思い出が作れればと願っています。



                    「すごろく作りをしている時、みんなが笑顔で楽しそうに作っていて、とても嬉しかったです。すごろくの内容の中に、難しい内容やわからない内容もあったので、みんながわかることを私たちが考えて行って、それを画用紙に書いていくべきだったなと思いました。前日は特定の子と一緒にいることが多かったことが反省点だったのですが、今日は来てくれた子全員と話すことができました。」(二瓶莉奈・高2)
                    posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 07:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    MANA'S 石巻子育てサポートのお手伝いをしました。
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                      2014年7月24日、第18陣の3日目はMANA'S石巻子育てサポートのお手伝いをしました。MANA’Sは3.11で被災した石巻在住の子育てまっさい中の母親たちが、子育てをしていく中で精神的に疲れたママ達のケアなどをするグループです。毎週木曜日に東北電子応急仮設住宅でOHANAサロンを開催し、晩ごはんのおかずを作りながらお茶のみや悩み相談などしています。この日は夏休みの特別企画ということで、明治学院東村山高校有志ボランティア・チームの十八番企画・流しうーめんをさせていただきました。




                      うーめん(温麺)は宮城県白石市の特産品です。素麺よりも短いので取るのが難しいのですが、子ども達は「取れない!」と言いながら楽しんでいました。うーめんの他にも、ミニトマトや枝豆、桃やサクランボやブルーベリー、アロエやナタデココも流しました。子どもたちの笑顔あふれる企画となりました。



                      流し温麺のあとは子ども達とザリガニ釣りをしたり、遊楽館でバスケットボールをしたり、紙芝居を読んだり、公園で遊んだりして、楽しく過ごす事ができました。「流しうーめん楽しかった!また一緒に遊ぼうね!」と再会を約束して、仮設住宅をあとにしました。




                      流しうーめんの時は、流すのも楽しかったし、何よりもお母さんや子ども達がずっと笑っていてくれたのが良かったです。ザリガニ釣りを一緒にしたとき、めっちゃ仲良くなって、すごい心を開いてくれて、本当に楽しかったです。午後も遊楽館へ行き、バスケをしました。子ども達が「かほ」って呼んでくれるようになり、親しみを心から感じ取ることができました。帰る時に、もう会えないと思うと寂しかったです。(東海林佳歩・高1)

                      posted by: とび | 第18陣(2014年7月) | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |