PR
Search
Calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>
New Entries
Recent Comment
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    posted by: スポンサードリンク | - | | - | - | - | - |
    忘れられない経験(第8陣参加生徒の感想文10)
    0
       

      忘れられない経験

       

      明治学院東村山高校3年 三好 藍歌



      (2012年8月1日、石巻川開き祭りにて) 


       第4陣(20118月)、第7陣(20125月)に続き、第8陣は3回目の参加となりました。第7陣のときの反省をいかし、勝手ながらリーダーのような気持ちで行こうと安齊さんと決意して参加しました。第8陣の構成は高3が5人、高1が6人で、途中までは社会人リーダーの成願さんが一緒に参加してくれました。実は、行く前はとても不安で、また第7陣の時のように佐藤先生と末永さんを怒らせてしまわないようにしようと思っていました。



      (2011年8月5日、仙台YMCAにて、第4陣)


      (2012年5月4日、女川町清水仮設住宅にて、第7陣)

       今回の陣は色々なところを回り、幅広く被災地の状況が分かる他、炊き出しやお祭りなど、人々を笑顔にすることが出来る陣でした。初めて行った気仙沼や南三陸。テレビで一度は見聞きしたことのある、大きな船が津波で陸に流されてきて危機一髪逃げることの出来た方の話を聞いたり、防災対策庁舎で最後まで避難を呼びかけていた女性の話を聞いて、実際にその場所に行って、見て、津波の力と無慈悲さを思い知りました。



      (2012年7月30日、気仙沼市鹿折地区にて)

       また、今回が3度目となる石巻では、第4陣の時は目の前まで行くことの出来なかった門脇小学校を間近で見ることが出来ました。焼けた痕のある壁や割れたガラスを見て、私は人が亡くなったところに来ている、ということを実感しました。事前に地図が配られていたため、前回までよりも、自分が今どこにいるのかが把握できました。ただ名前を知っているところに連れて行ってもらうのではなく、地図を確認しながらついていくのでは、大きな違いがあると思いました。



      (2012年8月1日、石巻市立門脇小学校にて)

       また、高3として、ボランティアチーム3回目の参加者として、銭湯の帰りにみんなを教会まで連れて帰ったり、炊き出しの買い物を任せられたりしたことは、とても嬉しい事で、安齊さんと事前に話をしていたリーダーのようになれたのかな、と思うととても嬉しかったです。ただ、みんなを引っ張っていくのは大変だったし、買う量を間違えたり割り箸を買い忘れたりしてしまったのが残念でした。次回があれば、もっと効率よく率先する方法を探してみたり、丁度よい分量を買えるようにしたいです。



      (2012年7月31日、登米市南方仮設住宅にて)

       閉会礼拝で、末永さんが言っていた「ここは俺のふるさとなんだ」という言葉が忘れられません。震災でふるさとを失った現地の方々はどれだけいるのでしょうか。私達も、東北を「被災地」ではなく「誰かのふるさと」として見る事が大切なのではないかと思いました。



      (2012年8月2日、東松島市宮戸島月浜にて)

       今回も、学ぶことがたくさんありました。復興はまだまだこれからで、簡単なものではないと思います。でも、今回、少しでも私たちが現地の方々に少しでも笑顔を届けられ、少しでも元気を与えられたなら、とても嬉しいです。


      (2012年8月2日、石巻栄光教会・栄光幼稚園にて)

      posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 22:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      出会い・つながり・感謝(第8陣参加生徒の感想文9)
      0
         

        出会い・つながり・感謝

         

        明治学院東村山高校1年 岩波さくら



        (石巻市湊町にて、津波被災家屋の跡地の草刈りをしました)
         

        私は震災の日から、テレビや新聞を通して東北の様子を見てきました。しかし、最近ではニュースでもあまり東北の様子を見なくなり、被災した地域の現状を知りたいと思ったので、今回のボランティアに参加しました。

         私は行く前に、少しでも自分が復興のお手伝いをしたいとか、力になりたいと思っていましたが、行ってみると違いました。私にできたことは本当に少なくて、逆にそこから学んだり、感じたりすることの方がはるかに多かったです。



        (石巻市門脇町・南浜町にて)

         私たちは4日間でたくさんの場所を訪れましたが、そこは想像していたよりもとても寂しい景色でした。どこを歩いても雑草ばかりで、まだところどころに津波の跡が残っています。言葉が出ませんでした。私は今まで、津波がおきたのは、私と関係のないずっと遠い場所、と心のどこかで思っていたのかもしれません。でも、残っている建物や家などを見て、津波が本当に多くの大切なものを奪っていったんだと感じ、怖くて、悲しい気持ちで心が痛くなりました。一瞬にしてたくさんの命がなくなり、楽しい思い出の数々も流されてしまったことを知り、自然の力の大きさを感じました。



        (登米市南方仮設住宅にて、南三陸町志津川での被災体験を伺いました)

         また、多くの人とも出会いました。今回の震災で、つらくて苦しい思いをしているはずなのに、強い希望や目標を持って進んでいる方はたくさんいました。自分たちの生まれ育った故郷を、自分たちの手で復興させるという強い意思が感じられ、1人ひとりの言葉が胸に響きました。震災から1年たって、私はテレビで見たあの景色や、被災した方々のことを忘れかけていました。でも、今でも私たちと全く違う生活をしている人がいて、まだまだ復興まで遠いことや、そこで負けずに前を向いて頑張っている人がいることを、忘れてはいけないし、忘れたくないです。

        そして、この震災は決して他人事ではありません。いつか私たちも、大きな災害にあう可能性は高いのです。そんな時、今回のボランティアで出会った方々の姿を思い出し、自分の命を守ること、周りの人と支え合うことができたらいいです。人とのつながりの暖かさ、大切さを感じました。



        (登米市南方仮設住宅にて、「流しうーめん」をしました)

         ボランティア中に、ボランティアとは何をすることで、なんのために来たのかという質問をされました。私はすぐに答が出てこなくて、考えていました。初めにも言いましたが、4日間で私たちにできたことは本当に限られていて、役に立つより迷惑がかかっていないかが心配になりました。しかし、とても印象に残っていることがあります。4日間付き添っていただいた、現地のボランティア・コーディネーターの方には、厳しいこともたくさん言われましたが、最終日の挨拶で、「来てくれてありがとう」と言われました。それは、本当に心のこもったものでした。この時に、こんな小さな力でも、そこにいる人たちには大きな力になれるんだと思いました。そして今は、ボランティアに行ってよかった、絶対にまた行こうと思っています。



        (奥松島・宮戸島の月浜にて、テント設営のお手伝いをしました)

         ボランティアに参加して、行かないと分からないこと、感じられないことがたくさんありました。私は一番に、命の尊さを感じました。本当にボランティアに行って良かったです。
        311日の震災が、私たちの中で忘れてしまうことのないように、たくさんの人に行って欲しいし、私もまた行きます。最後に、ボランティアに参加させてくれた両親に感謝したいです。


        (気仙沼・鹿折復幸マルシェにて、花壇の草むしりワーク後にOBの辰野先輩からソフトクリームをご馳走になりました)

        posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 17:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        行って良かった(第8陣参加生徒の感想文8)
        0
           

          行って良かった

          明治学院東村山高校3年 細田智也



          (登米市南方仮設住宅にて)

           「行って良かった!」

          以前このボランティアに参加した生徒は皆、口を揃えてそう言っていた。そして私はなぜだろうと思っていた。しかし皆がそう言うのを聞き続けているうちに、自然と私も行きたいと思うようになった。だが、参加理由はこれだけではない。福祉の勉強をしていて、一つ気付いたことがあった。それは、「福祉は机上よりも現場で学んだ方が理解に繋がる」ということだ。



          (石巻市湊町にて)

           このような思いで被災地に足を踏み入れた私がまず感じたのは「自分にできることはあまりないな」ということだ。なぜなら街はすでにある程度整備されていて労働する事は少なく、さらに心理の専門家ではないため心のケアをすることもできない。ならば自分には何ができるのか、私は考えた。そして行き着いた答えが「できるだけ多くの人々と出会い、話を一生懸命聴く」というものである。たくさんの話を聴き、今後に役立てる。役立つかどうかは分からないが、必ず力になると思った。


          (東松島市宮戸島・月浜にて)

           この目標を掲げ、私はたくさんの話を聴いた。話して下さった方々は皆、私の思いとは裏腹に私を元気づけてくれた。皆「来てくれてありがとう」と言って下さった。さらに私達のことを気遣って「夢を持って生きて下さい」「夢を叶えて下さい」と言って下さった方もいた。被災された方々は自分たちのことで精一杯のはずなのに、このようなことが言えるのは本当にたくましいなと私は感動した。



          (南三陸町・大雄寺にて)

           また逆に現実味のある生の声を聴くこともできた。「命があるだけでいい、とは思っても、やはり生活しなければならない」「落ち着いてくると、フラッシュバックが起きる」など、聴いていて胸が痛くなることもたくさんあった。もっと話を聴きたいと思うが、被災された方々にとっては「つらい出来事を思い出したくない」と感じているはずだから、それ以上深く訊くことはできない。このジレンマは非常に深刻で、私が一番考えさせられたことであった。



          (南三陸町・あさひ幼稚園の新園舎にて)

           総括すると、今回の震災ボランティアは私にとって大きな成長の場となったと思う。たくさんの失敗をし、たくさんのことを考えさせられたからだ。失敗したことや考えたことは必ず未来へと繋がる。また、自分の進もうとしている福祉の道がいかに険しいのかが分かったことも大きい。「自分はまだまだだ」と思うことで、これからするべきことが分かってくるからだ。やはり、机上で学ぶよりも現地に訪れるほうが遥かに得るものがあった。そして、復興のために必死で頑張っている人達に恥じないように、私も諦めずに頑張って生きて行きたいと思う。一生懸命勉強して、いつか一人前になって復興に協力したい。今は出来ることは少ないが、私にできることをこれからも続けてゆきたいと思う。

           最後に、今回の震災ボランティアに携わった全ての人々、家族、そしてこれから参加しようとしている人々に私もこう伝えたい。

           「行って良かった!」


          (気仙沼鹿折復興マルシェ・セレクトショップGa-Weeにて)

          posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          心の底から笑顔になれる日が来るまで(第8陣参加生徒の感想文7)
          0
             

            心の底から笑顔になれる日が来るまで

            明治学院東村山高校3年 大塚誠太郎



            (2012年3月30日、登米市南方仮設住宅にて・第6陣) 


             第8陣ボランティアに参加した理由は、3月の第6陣の経験から、被災した地域に足を運び続けることが重要であると思ったからである。また、今回の目標として、被災した方々に寄り添い、元気を取り戻していただくために、わずかながらも助けとなれるようにしたいという思いを新たにしたことも挙げられる。



            (2012年8月1日、石巻川開き祭り)

             実際、石巻の川開き祭りで地元の立町商店街の方々と共に汗を流した事で確かに生まれた一体感は、この目標を達成することが出来たと信じたい。しかしながら、今回の第8陣のボランティア活動で自分自身反省しなければならない点が多く存在した。具体的には、最高学年でありながら後輩のサポートをすることを全く意識していなかった点や、その場その場で必要とされている行動をしっかりとできなかった事である。


            (4か月前に第6陣が卒業アルバム探しをした現場の状況を説明する大塚くん。2012年8月1日、石巻市南浜町にて。)

              そして自分の中で最も反省しなければならないと思うことは、仮設住宅の子ども達と炊き出し作業後に遊ぶ約束をしたにもかかわらず、己の作業の不慣れによる効率の悪さから予想以上に片付けに時間がかかってしまい、その子ども達との約束を守れなかったことだ。「冬にまた遊ぼう」と約束して許してもらったので、次の約束は守らなければならない。感動したのは、仮設の子どもと「一緒に集合写真を撮ろう」とお願いされて、みんなで記念撮影をしたことだ。3月には写真を撮ろうとすると嫌がっていた子ども達が心を開いてくれたのだと思い、とても嬉しかった。


            (2012年7月31日、登米市南方仮設住宅にて・第8陣)

             そして最後に、被災された方々がとても笑顔であったことが、確実に復興に近づいていると確信した最大の具体的事実である。とてつもない経験をした方々が、心の底から笑顔になれる日が真の復興であると僕は考える。町の見た目が元通りになるのは「復旧」だが、心が元気になって初めて「復興」したと言える。だから、これからも僕は活動を続けたい。

            posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 14:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            「伝える」僕たちの義務(第8陣参加生徒の感想文6)
            0
               

              「伝える」僕たちの義務

              明治学院東村山高校1年 寺内鷹生

               


               僕は中学時代から有志ボランティア・チームの活動に興味があり、行ったらきっと何かが変わると考えながらも、一歩踏み出せなくて参加していませんでした。7陣に参加しなかったことをとても後悔し、8陣への参加を決めました。そんな僕は今になって考えるととても愚かですが、「被災地の人達を力づけたい」と現地に行くまで思っていました。しかし、自分の考えていた光景と全く違う光景を目の当たりにして、圧倒されてしまいました。気仙沼の鹿折復幸マルシェのすぐそばにある船。その船が僕の被災地に対する考えを変えさせるきっかけとなりました。日常では全く考えられない陸地の上に巨大な船があるという光景。それが一年以上経った今でもそのまま。船底には車があり、まだご遺体があるかもしれない、というあまりに衝撃的な光景に言葉を失いました。



               そして、船と同じぐらいの衝撃と言い尽くせない悲しさを感じたのが、僕達が歩いている地面に割れた皿の一部や家庭用のゲーム機などがぽつぽつと埋まっていたことでした。それらは、ここも家があったんだ、ここで生活していたんだと叫んでいるようで、切なく思いました。ほぼ家がなく更地のようで、よく見るとそこに住んでいた人たちの生活の様子が分かる、そんな光景を次第に慣れて驚かなくなっていった自分がいるというのがおそろしいです。東京と同じ日本であるということが冗談抜きで信じられなくなるような光景の数々でした。





               そして、僕の中で光景以上に頭にも心にも残っているのは、現地の方々のエネルギーです。それは行く前まで僕が考えていた「元気づけたい」なんてことを大きく覆らせるものでした。釜揚げうどん団平さん然り、セレクトショップGa-Weeの千葉さん然り、何よりも僕にとって大きかったのは、「来てくれるだけで、本当に嬉しい」という言葉でした。その一言で僕の価値観は変わりました。「被災地の方々を少しでも元気づけたい」から「見て聞いて感じたことを伝えたい」それが一番になりました。いつもくだらない話ばっかりしている友達にも、親戚にも、ここで直に見たものを見せ、感じたものを聞かせることが僕の出来る一番のボランティアなのではないか、と思うようになって行きました。


              (鹿折復幸マルシェ代表・釜揚げうどん団平の塩田さん)

              (鹿折復幸マルシェ理事・セレクトショップGa−Weeの千葉さん)

               また、同じくらい胸に刻まれた言葉は、「君たちに子どもができた時にまた来てほしい」というものでした。それは世代交代しながら学び風化させないためのものだと思いましたが、自分たちのことでも精一杯なのに、僕らのことも、そして僕らの次の世代のことまで考えて下さっている心の大きさに圧巻されました。圧巻されると同時に、とてつもない感動が僕の心を包みました。どれも形にはならないかもしれない、けれど最もやるべき僕のできる大切なボランティアであるんだということが分かりました。



              (奥松島・月浜海苔生産グループ「月光」代表の山内さん)

               8陣で出会った方はとても多く、その一人一人が僕らにたくさんのことを教えて下さいました。学校のどんな授業よりも自分の糧になるものでした。これらの出会いに感謝し、託された言葉を発信していける自分になりたいと思います。成長できたのかは分かりませんが、少なくとも自分の人生で最も有意義な4日間でした。

              posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 16:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              中学礼拝でも第8陣ボランティア報告をしました。
              0
                2011年9月14日、明治学院中学校の礼拝でボランティアの報告をしました。活動報告のスライドショーを流した後、第8陣に参加した小野ひとみさんと福田彩さんが感想を発表してくれました。


                 

                高校1年の小野ひとみです。私は中学の頃から被災地ボランティアに参加したいと思っていました。義援金だけではなく、現地に行って、何か被災地のために役立ちたいと思ったからです。そして今回第8陣のボランティアに参加して、沢山の事を学びました。

                一つは、今生きている事の尊さです。実際に見た被災地は目を覆いたくなるものばかりでした。ボロボロになった小学校、基礎だけ残った家の跡、階段の手すりが曲がった防災対策庁舎などです。それらを見て、津波のすごさや恐ろしさを感じました。今自分が立っている場所に津波が来て、大勢の方が亡くなったのだと思うと、とても辛かったです。同時に、今こうして自分が生きていることの尊さを感じました。今回は東北で起きた地震ですが、次はいつどこで起きるか分かりません。自分の住んでいる地域かもしれません。そう考えると、今のこの瞬間も、大切な一瞬であると思えてきます。

                また、人と人との交流の大切さも学びました。ボランティアに来る前まで、被災者の方々は私たちを受け入れてくれるのか、と心配していました。しかし、被災者の方々は私たちを温かく迎えてくれました。気仙沼で津波の体験を聞いたり、仮設住宅で炊き出しをしたり、子ども達と遊んだり、お祭りに参加したりと、沢山の人達と交流ができて、良かったです。そして、被災者の方々はそれぞれ復興に向けて頑張っている、ということを知りました。大勢の人が交流によってつながり、協力しあうことによって復興への道が開けるのだ、ということが分かりました。

                まだまだ沢山学んだことはあります。それらは被災地に行ってみないと分からないことばかりです。私はこの経験を多くの人に伝えて、多くの人に被災地に行ってほしいと思っています。ありがとうございました。



                 

                 高校1年の福田彩です。今回ボランティアに行ってみて見た景色は、衝撃的で忘れられるようなものではありませんでした。土台しか残っていない、または半壊した家。生活用品だったガレキ、津波が来たことが一目でわかる茶色く変色した木、もう使う事の出来ないだろう駅。現地に行ってみないと分からない現状を見て、私は東日本大震災が忘れてはいけないものと再確認しました。

                 宮城県の景色を見るのは、本当に辛かったです。アリーナで見た新聞記事や五行歌は涙が出そうでした。辛いことは多かったけど、楽しいこともありました。石巻で見た花火のすごさと、楽しさは今でも覚えています。

                 私が現地に行って一番心に残った言葉は、『被災者から復興者へ』というものです。この言葉は登米市の仮設住宅でお地蔵様を作ってる人から聞いたものです。この言葉を聞いた時、現地の人の強さを感じました。ボランティアに行ってできたことは、ほとんどなかったと思います。けれど私は現地に行って、現地の状況を伝えることもボランティアなのだと学びました。また行きたいし、皆さんも行ってほしいと思っています。

                posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 16:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                高校礼拝で第8陣のボランティア報告をしました。
                0

                   2012年9月12日、朝のチャペルでの高校礼拝で第8陣のボランティア報告をしました。スライドショーで活動報告をした後、高1の石橋澪さんと高3の山中香穂さんが感想を発表してくれました。




                   高1の石橋です。私がボランティアで被災地を見て1番印象に残ったのは、気仙沼で道路にあった大きな船を見たことです。こんな大きなものがどうやって津波で運ばれるんだろうかと、考えこんでしまいました。また、たくさんの方が亡くなった場所に自分が今いるのだということが、とても胸が苦しくなりました。家の跡地にはお皿などの生活用品が落ちていて、それらを片づけていると、自分の家があること、家族がいること、そして今生きていることは、当たり前と思ってしまうことがあるけど、決してそうではなくて、日々感謝しなければならないということをあらためて思いました。そしてボランティアではたくさんの方々と出会うことができました。現地の方に、つらいことを乗り越えて前向きな熱い言葉をいただいたり、仮設住宅で子どもたちと交流したり、お祭りでお神輿をかついだり、そして何よりお祭りの最後の花火は本当に綺麗で感動しました。今でも、その時の子どもたちの歓声や笑顔が忘れられないです。ボランティアは4日間だけでしたが、8陣のメンバーでとても充実した日々をすごすことが出来、高校一年生の夏は、私にとって特別なものとなりました。地域の方のたくさんの笑顔を見ることができて、参加して本当に良かったと思います。

                   

                   

                   高3の山中です。私が8陣として宮城に到着して気仙沼に向かっているバスの中、初めて被災状況を目にしました。それは町中に被災家財が積み重なっているという光景で、数時間前までいた東京と違いすぎて言葉も出ず、ただバスの窓から見ることがしっかりできず、何もできない自分がとても悔しくて、涙があふれるばかりでした。けれど、8陣で出会った現地の方は、「復興」という目標に向かい、夢と希望を持って動き出していて、とても前向きで明るかったです。復幸マルシェの「釜揚げうどん団平」の塩田さんが、「ここで一生生きてゆこう、人生が復興活動だ。」と震災直後に決心された言葉、服のセレクトショップ「Ga-Wee」の千葉さんがおっしゃっていた「子供達に夢や希望を与えるために、私たちの代が復興させないといけない。」という言葉がとても心に残り、前を向いて歩こうという気持ちがとても伝わりました。また、登米市の仮設住宅で、お年寄りの方から「笑顔をありがとう」という言葉をいただいたり、子ども達と一緒に遊んだり、炊き出しをしたりして、なついてくれました。このような出会いを通して、私はボランティアで大切なことを教えていただきました。それは「よりそう」ということです。そして「伝える」こともボランティアの一つだと教えていただきました。伝えることは本当に難しいですが、被災地の状況を知ってもらえるように、懸命に伝えていきたいです。ボランティアに行くことは本当に意味があり、大切なことです。それは実際に行かないとわからないことだと思います。私は、今回が初めてのボランティア参加でした。何回も行くことが大切だと思いますし、8陣で出会った皆さんにまたお会いしたいし、ワークをした場所にも訪れたいので、またボランティアに絶対行きたいと思います。

                   

                   明日(9月14日)は中学礼拝でボランティア報告をする予定です。第8陣に参加した高1の福田彩さんと小野ひとみさんが感想を発表してくれます。来月の礼拝では第9陣、再来月には第10陣の報告をしたいと考えています。
                   また、11月2日・3日の文化祭では、第5陣〜第10陣のボランティア報告会も開催する予定です。ぜひ多くの方々に、高校生達の生の声を聞いていただきたいと願っています。

                  posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 07:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  忘れられない4日間(第8陣参加生徒の感想文5)
                  0

                    忘れられない4日間


                    明治学院東村山高校1年 石橋 澪

                     

                    私の通っていた中学では、震災後に福島から転校生が来ました。彼女とは、部活も同じになり、登下校も一緒にしてとても仲良くなりました。そんなある日、彼女が震災の時の話をしてくれました。テレビなとで状況は分かっていたつもりだったのに、いざ話を聞くと、とても生々しくて、テレビなどの情報はほんの一部でしかないのだと気づかされました。彼女はいつも明るくてよく笑っていたので、被災者と感じる事があまりできませんでした。でも震災の話をした時の表情はとてもつらそうで、心の中にずっと溜め込んでいたのだと思うと胸がいっぱいになりました。その時から私は少しでも被災地に支援したいと強く思うようになりました。私にできる事などほんのわずかかもしれないけど、実際に被災地に行きたいと思っていました。しかし現実はなかなか難しい事でした。私は中学でボランティア委員に入り、東日本大震災への募金活動や石巻市の学校にメッセージを書いて送ることなどをしてきました。しかし活動してるうちにやはり実際にどんな状況なのか、見たり聞いたりして支援したいと思うようになりました。そして高校で明治学院東村山高校に入学し、このボランティアがある事を知り、チャンスだと思いました。そうして私は今回のボランティアに志望しました。


                     

                    実際に参加してみてやはり1番思った事は東日本大震災の被害の大きさです。一日目のワークは気仙沼・鹿折復幸マルシェ周辺の整備作業でした。その近くには道路に横たわる大きな船がありました。本当に大きかったです。こんなものが一体どうやって2キロ以上も流されてくるのか、私には想像できなかったです。一年以上も動かせずにいるこの大きな船の下にはまだご遺体があるかもしれない…そう聞いた時に改めて痛感しました。今私が立っている所は小さい子どもから大人やお年寄り、そして私と同い年の子もなにもかもが流され、突然、大勢の方が、なくなった場所だという事です。


                    (震災から数日後の気仙沼・鹿折地区)

                     船の前で手を合わせ祈った時には胸がいっぱいになりました。津波がきたとき、どれだけ怖かっただろうか、どれだけ苦しかっただろうか…きっと私が思ってるのより数百倍、数千倍、それ以上の思いだったと思う。そんな事を祈りながら感じました。



                     二日目に視察した南三陸町もとても印象的でした。写真では見たことあった防災対策庁舎。生でみると、津波によってむき出しになった鉄骨が津波の恐ろしさを語ってくれました。まさに津波の恐ろしさを象徴するものの一つだと思いました。




                     仮設住宅での炊き出しは
                    1番思い出に残りました。初めはどのように接していいのか不安だったけど、自ずと子ども達と仲良くなれて、なにより、「お姉ちゃん、うーめん流してよ」とか「部活なにやってるの?」とか、いろいろ話しかけてくれたり、話してくれたりして楽しかったです。私は三人兄弟の末っ子なのでお姉ちゃん、と呼ばれると少し照れくさいけど、キラキラの笑顔をみせてくれると、本当にいってよかったと思いました。


                     今回のボランティアでは第8陣の仲間と共に汗をかいて、泣いたり笑ったりできて、きっと私の人生の中で忘れられない4日間になったと思います。ボランティアに参加した事で出会えた方々の熱い言葉や、初めてハッピやハチマキをしながらお神輿かついだときの周りからの声援や、特等席の川開き花火大会でみんなで歓声をあげたこと、そして気仙沼、南三陸町、石巻、東松島それぞれの被災地で見た光景は目を閉じるとよみがえってきます。それぐらい内容の濃い4日間でした。私はこれから周りの人に写真を見せながらいろんな人に被災地の事を伝え、どうしたら伝わりやすくなるか研究していきます。実際に行くのは誰にだってできるけど、それをどの様に伝えて行くかが本当のボランティアだと今回学びました。その為にまた東北に足を運びたいと思います。そしていろんな人に支えられている事も学びました。沢山の事を学ぶ事ができたこのボランティアでお世話になった方々や、行かせてくれた両親に、とても感謝しています。ありがとうございました。

                     
                    posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 16:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    予想していたよりも(第8陣参加生徒の感想文4)
                    0

                      予想していたよりも

                      明治学院東村山高校1年 小野ひとみ



                       

                      私が被災地ボランティアに参加したいと思った理由は、「同じ日本の国で起きた悲劇を放っておけない!義援金だけでは支援したことにならない。実際に現地にボランティアに行って、自分も何か被災地のために役立ちたい!」と思ったことだ。以前から学校の礼拝で、先輩方からの話を聞いていて、「私も行きたい!」と思っていた。



                       ボランティアに行く日まで、私は色々と考えた。現地には一体どのような光景が広がっているのだろう。予想しているよりも酷いのかな…と。当日になって、被災地で見た光景は、予想をもって上回る光景で、目を覆いたくなるような光景だった。確かにそこにあったはずの家がなくなっていて、さら地だった。
                      TVや新聞では一面だけだが、現地では360度、被災地。見渡せば見渡すほど悲しくなった。



                       他にも、ボロボロの防災対策庁舎の階段の手すりが曲がっていたり、小学校が無惨な姿で建っていたりと、見るもの全てが衝撃的過ぎて、言葉が出なかった。





                       しかし、悲しみだけが街を支配していなかった。私は、現地の人たちのたくましい姿を見た。鹿折復幸マルシェの人たちは「商店街を再建するんだ!」という活気でみち溢れていた。そして南方仮設住宅に行った時、「津波の時のショックが残っている人が大半なのに、私たちなんかが行って、喜ぶのかな?」と心配していたが、思いのほか大歓迎してくれて、一緒に話したり、流しうーめん大会をしたりして、楽しかった。まるで津波なんか知らない人たちのように。でも、あの日についた心の傷は誰にでも残っているんだ、ということは忘れてはいけないと思う。



                       また、お祭りで震災に耐えて残ったお神輿を担いだ時、街の人が笑顔で応援してくださった。あの日の夜に見た花火は一生忘れることはないだろう。草むしりのボランティアをした時も、通りすがりの人が「頑張って!」と声をかけてくださった。本当に地元の人に沢山パワーを貰ったから頑張れたのだな、と今では思っている。




                       被災地ボランティアから帰ってきた今、行く前と変わったことがある。一つは、被災地への思いだ。「予想していたよりも」ということが多かった。予想していたよりも酷かった被災地の状況、予想していたよりも明るくて温かい地元の人。これは、実際に被災地に行ってみないと分からないことだなぁと思った。



                       もう一つは、ボランティアの概念だ。今までの私にとっての「ボランティア」とは、無償で働くこと。まさしく辞書通りだ。しかし、今回のボランティアでその考え方は覆された。ボランティアの意味を言葉で説明するのは難しい。それほど複雑で、深い意味が込められているのだと思う。今回の経験でたどり着いた答えは、「被災地ボランティアというのは、ただ作業をするだけがボランティアではない。被災地に来て、実際に自分の目で確かめ、帰って家族や友達、その他沢山の人たちに伝えることが大切」ということだ。この考えは本当に正しいかは分からない。しかし、ボランティアから帰ってきてから私は、今回のことを沢山の人たちにぶつけた。沢山の人たちに被災地に行ってもらいたいし、自分もまた行きたい。今回のボランティアで、私は本当に多くのことを知り、学べたと思う。これからもこの経験を人に伝えたい。


                       
                      posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                      大切なこと(第8陣参加生徒の感想文3)
                      0
                         

                        大切なこと

                         

                                        明治学院東村山高校3年 山中 香穂


                         
                        私が東北ボランティアに参加しようと思った理由は、震災から一年以上経った今も心の中にずっと「被災地を自分の目で確かめたい」、「ボランティアに行って少しでも東北のために役立ちたい」という思いがあったからです。けれど、実際ボランティアに行って、想像していたのとあまりにも違いすぎて、「自分はボランティアができているのか」という気持ちになりました。

                         宮城に到着して気仙沼に向かっているバスの中、私は初めて被災状況を目にしました。それは町中に被災家財が積み重なっているという光景です。私は数時間前まで居た東京と違いすぎて言葉も出ず、ただバスの窓から茫然と見ることしかできませんでした。こうやって私たちが普通に暮らしていることは本当に幸せなんだと実感させられましたし、同じ日本でもこんなに状況が違うことが苦しかったです。


                        (宮城県石巻市)

                         また3日目に訪れた石巻市、最終日に訪れた東松島市の町並みが津波の恐ろしさをそのまま表していました。被災した家の中には、3.11以来ずっとある子どものおもちゃや衣類、自転車など思い出の品が転がってました。家の壁に震災で亡くなった両親に向けられたメッセージが書かれていて、それを見て涙があふれてきました。本当に辛かったです。地震と津波の恐ろしさを改めて知り、ただ見てその場で何も出来ない自分が悔しかったです。


                        (宮城県東松島市)



                        (宮城県石巻市)

                         しかし、こんな中、現地の方は「復興」という目標に向かい、夢と希望を持ち且つ、動き出していてとても前向きでした。釜揚げうどん団平の塩田さんが「ここ(鹿折)で一生生きてゆこう。人生が復興活動だ!」と震災直後に決心され、塩田さんを中心に鹿折復幸マルシェを作り上げたお話、服のセレクトショップGa-Weeの千葉さんがおっしゃっていた「子ども達に夢や希望を与えるために、私たちの代が復興させないといけない。」という言葉がとても心に残りました。前を向いて歩こうという気持ちがとても伝わりましたし、小さいことで落ち込んだりする自分が恥ずかしくなりました。



                        (気仙沼・鹿折復幸マルシェ内の「Ga-Wee」にて)

                         8陣はたくさんの方と関われる陣でした。登米市の仮設住宅の子ども達の元気さと笑顔から、私が逆に元気をもらいました。出会った皆さまとの関わりを通してボランティアで一番大切なことを教えていただきました。それは「よりそう」ということです。


                        (登米市南方仮設住宅にて)

                         そして「伝える」こともボランティアの一つだと教えていただきました。伝えることは本当に難しくてなかなか言葉には表せませんが、一人でも多くの方に被災地の状況を知って、現地に行ってもらえるように懸命に伝えていきたいです。この2つの言葉とボランティアで学んだことを忘れずにこれから生きていこうと思います。佐藤先生をはじめ末永さん、成願さん、被災地で出会った皆さま、そしてボランティアに行かせてくれた両親に心から感謝しています。


                        (気仙沼・鹿折復幸マルシェにて)

                        posted by: とび | 第8陣(2012年7月) | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |