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    高校生活(卒業文集『出会い』より)
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      高 校 生 活

      明治学院東村山高校3年 美馬 汐里

       

       この三年間、ワールドカップやオリンピック、アラブの春といった様々な出来事、イベントがあった。しかし、東日本大震災ほど私の生活に大きく影響したものはないだろう。


       高一の三月、部活から帰り、携帯で遊んでいた午後だった。気味の悪い余震から震度5強の揺れ、食器棚から皿が割れる音を机の下で縮こまって聞いていた。テレビに映る最高震度7の表示と津波の映像は忘れられない。


       その後も原発事故によって私たちの生活にも変化があった。が、私はもっとつらい思いをしていた人がいることを理解できなかった。


       一年後、佐藤先生率いるボランティアチームの一員として私は宮城に行った。そこには希望と、絶望を抱えて生きる人がいた。私は、何もかも燃えてしまった土地に、もう一度スタートを作る人の笑顔を忘れない。私は、誰かの支えになりながらも、明日が見えずくじけてしまいそうな人の言葉を忘れない。


       そして私が献花した小学校を私は忘れない。献花した当時、私はその小学校のことを全く知らなかった。帰ってから調べた悲劇を知って、私は自分を恥じた。しかしそれ以上に、現地に行ったことのない人の、心ないコメントこそがまるで私であった。なぜなら私も彼らも「いってきます」が生涯の別れになったという経験が全くないからだ。


       高校を卒業するということは、一人前でも半人前でも『大人』になることだと私は思う。自分は大人として責任を持ち、現実を見て、この国をつくり、動かさなければならない。それは困難で、途中何度もやめかけるのかもしれない。私はそんな時でも前に進める人間でありたいと思う。


       私は子どもが希望を持てる『未来』をつくりたい。だからこの大事な高校生活の記憶を、私はここに書き記す。















      (美馬さんは20123月に明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第6陣に参加。第48期卒業文集『出会い』に書いた文章を、本人の承諾を得て転載しました。)

      posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 14:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      教室にスノーマンを飾りました
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        (2012年3月1日)

         石巻市南浜町にある集合住宅。地震と津波で大きな被害にあい、住めなくなってしまいました。かつてここに住んでおられた方から、「息子の卒業アルバムを探してほしい」という依頼をいただき、第6陣が家財道具の整理作業をしました。家の中は、まだ津波の傷跡が生々しく残っていました。





         卒業証書や卒業アルバムなど、たくさんの思い出の品々を発見し、持ち主の方に届けることができました。


        (第6陣、2012年3月29日)

         ここに住んでいた方は今、仮設住宅で暮らしておられます。あまり多くの家財道具を持ち帰ることは出来ません。このスノーマンも電気が点かなくなってしまったので、捨てることになりました。持ち主の方にお願いし、このスノーマンを譲り受け、東京に持ち帰りました。
         5月11日、明治学院中学校の礼拝でボランティアの活動報告をしました。その時にこのスノーマンを一緒に飾りました。ちょうど東日本大震災から14ヶ月目の日でしたので、みんなで被災地のことを覚え、共に祈りました。




        (2012年5月11日)

         その後、ここは有志ボランティア・チームで必ず訪ねる場所の一つになりました。


        (第7陣、2012年5月5日)

        (第8陣、2012年8月1日)

        (第9陣、2012年8月6日)

        (第10陣、2012年8月21日)

         その集合住宅の取り壊しがついに始まったと聞き、11月27日、南浜町へ行ってみました。作業はほぼ終了し、更地になっていました。


        (2012年11月27日)

         建物は取り壊され、被災家財もみな捨てられてしまいましたが、スノーマンは残りました。譲り受けたスノーマンは今、学校の教室に飾ってあります。あの日のことを忘れないために、これからもスノーマンを飾り、伝え続け、祈り続けたいと思います。


         
        posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 16:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        みんなの力を合わせて
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           5月29日(火)、朝の高校礼拝で有志ボランティア・チームの活動報告をさせていただきました。春休みの第6陣に参加した大塚くんと入倉くんが、ボランティアに参加した感想を述べてくれました。



          「今回、はじめてボランティアというものに参加したのですが、僕の出来たことと言えば、仮設住宅に避難している子どもたちと遊ぶことくらいでした。それでも実際現地に行って、被災地の状況を見て、多くのことを学ぶことができました。みなさんもぜひ東北へ行ってみてください!」(大塚誠太郎)

          「ボランティア活動をして、ネガティブな気持ちになってはいけません。ポジティブな思いで行動するのです。励まし、慰め、高め、地域を活発にさせるような雰囲気づくりが大切です。人というのは一人では大きな力を発揮する事ができません。しかし人と人とが力を合わせれば、大きな力を発揮する事ができます。今自分に何が出来るのか?それぞれ考えてみてください!」(入倉涼太)



           礼拝後、2階の渡り廊下に第1陣〜第7陣の活動報告パネルを掲示しました。次回は6月16日(土)の高校礼拝と、6月29日(金)の中学礼拝で、5月の第7陣の活動報告をさせていただく予定です。
           夏休みには第8陣と第9陣の活動を計画しています。今後も活動が継続され、ボランティアの輪が広がってゆくことを願っています。

          posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          次のステップへ〜鹿折復幸市場商店会の塩田さんからの手紙
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             2012年3月28日、明学東村山有志ボランティア・チーム第6陣が気仙沼を訪れました。その2週間前にグランドオープンした、鹿折復幸マルシェの「釜揚げうどん団平」で昼食をとり、店長の塩田賢一さんからお話を伺いました。塩田さんの復興への熱意に心を打たれました。
             その後、第6陣の活動報告書と、お礼の寄せ書きをした色紙を塩田さんに送りました。先日、その塩田さんからお手紙が届きました。この場を借りて紹介させていただきます。




             拝啓
             このたび、大変心のこもった寄せ書きをいただき、誠にありがとうございます。
             皆さん一人一人のメッセージを読ませていただき、復興へ向けもっともっと頑張ろう!!という強い想いを新たにする事ができました。
             以前、皆さんが来ていただいた折には、独り奮闘していたお話をさせていただきました。しかし、やはり一人でできる事には限界があります。
             いま現在は、次のステップに進み、皆で一致団結しこの地区の復興に向けて邁進しております。
             今後皆さんがいらした折には、そういった「鹿折の人達」・「それを支えてくださる人達」のお話が出来ると思います。機会があれば是非また足を運んでいただき、そういったお話をさせていただくと共に、勝手ではありますが、皆さんの若いパワーと、エネルギーを分けて頂ければ幸いと存じます。
             また皆さんのお顔が見れる日を楽しみに、毎日を頑張って行きます。
             結びになりましたが、皆さんの御健勝と益々のご活躍を遠方より祈念いたしまして、御礼のご挨拶とさせていただきます。  敬具
                         鹿折復幸市場商店会 代表 塩田賢一





             夏にはまた、団平うどんを食べに行きたいと思います。そして、「次のステップ」へ向けて動き出した鹿折の皆さんの取り組みについて、色々と聞かせてください!これからもよろしくお願いします!
            posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 18:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            思い出のスノーマンと共に
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               2012年3月29日、石巻市南浜町の津波被災家屋で、第6陣が家財道具の整理作業をさせていただきました。集合住宅の2階から、卒業アルバムや卒業証書など、大切なものを探して運び出しました。




               
               ここにお住まいだった I さんご一家は、今は仮設住宅で暮らしているため、多くの家財を持ち帰ることは出来ません。たくさんあったオモチャやぬいぐるみ類はほとんど捨てることにしました。クリスマスに飾っていた思い出のスノーマンも「水をかぶって電気がつかなくなったから捨てる」とおっしゃっていたのですが、許可をいただいて東京に持って帰ることにしました。津波の泥をかぶったスノーマンは今、震災の被害を物語る貴重な資料として、学校の社会科準備室に保管してあります(クリスマスが近づいたら中学2年C組の教室に飾ろうと思います)。
               震災から14ヶ月目となる5月11日の中学礼拝は、第6陣に参加した美馬さんと斉藤くん、中城くんがボランティア報告をしてくれました。講壇にはそのスノーマンを飾りました。3月11日のことを忘れず、これからも祈り、行動してゆきたいと思います。





              posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              祈ることしか出来ない自分に(第6陣参加生徒の感想文8)
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                祈ることしか出来ない自分に

                明治学院東村山高校3年(参加時2年) 大塚誠太郎



                 

                 あの震災から1年がたち、そろそろ復旧も終了するころで、今ならあまり危険なことも少ないので大丈夫だろうと思い、このボランティア活動に参加しました。今思うと、もっと早くに一度行くべきだったと思っています。そして、実際に自分の目で見る被災地は、まだ津波の傷跡が強く残っていて、とても衝撃的でした。具体的には、気仙沼の海岸線にまだうちあげられたままの漁船や、ボロボロになり今にもくずれそうな家屋が沢山ありました。陸前高田では、元々街が存在していたとはとても思えない状態で、ただ荒野が広がっている中にあちらこちらにガレキが積まれている。そんな所に、人の服やこどもの絵本、おもちゃなどがたくさんガレキの中などにあり、確かにここに人が住んでいたということをかろうじて理解できる程度でした。




                 僕はこういったボランティアの経験がなくて、ボランティアというものはとても大変なものだと思っていました。しかし、このように視察することや、子どもと遊ぶこともボランティアになるようで、ボランティアの幅の広さを感じました。また、メンバーでシェアリングすることで、考え方や感じ方の多様性を知ることが出来ました。あまり感想とは言えませんが、僕は人を信じやすすぎる方だと思いました。それまでは見ず知らずの、たまたまボランティアで一緒になった人にあんなに自分をさらけ出して相手を信頼しきっていた自分に少し危うさも感じました。被災地にはカルト教団のポスターのようなものが貼ってあるのを数回目にしました。人の心のすき間につけ込むようなことは許されるべきで無いですが、人間の無力さを知ったあの地では、神に祈ることしか人には出来ない、祈る以外に何も出来ない自分に気付きました。また夏に被災地に行ってみたいと思います。

                 

                posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                みんなが笑顔になるまで(第6陣参加生徒の感想文7)
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                   みんなが笑顔になるまで

                  明治学院東村山高校2年(参加時1年) 入倉涼太



                   

                  僕がボランティアに参加した理由はすごい単純な事でした。「人を助けたい」。震災が起きた311日から僕はそれを思い続けていました。実際、被災された地域に行ってみると、メディアや新聞で見たものとは全く違う悲惨な状況でした。地盤沈下によって道路が割れていたり、津波によって異様な臭いのするガレキの山が沢山出来ていたり、建物はほぼ全壊でした。




                   こんな中で本当に人を助けられるかと思うと不安でいっぱいでした。けれども、被災された人達の話を聞いていくとそれぞれの想いがあって、中には震災当時の事を思い出して引きずってしまう人や復興に人生を捧げる大胆で強い心の持ち主もいました。

                  沢山の人の話を聞いて、気持ちを切り替えていかないとダメだなと思いました。被災家屋でのアルバム探しでアルバムが見つかった時の依頼主の笑顔や子ども達とのふれ合いの場で見せた元気な笑顔を見たら、「ボランティアをして良かったなー、もっと東北に笑顔が溢れたら最高だなー」と思いました。




                   ボランティア活動は行って色々な事を体験して得る事があります。実際に見たり、聞いたり、触ったり、においをかいだり、食べたりする事で新しい発見が出来ます。現地に行ってみないと分からない事実などがあります。僕はボランティアに参加出来て学んだ事が沢山あるので、今思っている気持ちを興味がある人に教えたいと思っています。

                   ボランティア活動でなくても被災された地域に足を運ぶ人は大勢いました。どこから来たかを聞いてみたら色々な都道府県から来ていました。東京もいれば、岡山や北海道、福島からという人もいました。東北の方々は「来てくれただけでも嬉しい」と言っていました。日本全国から沢山の人が来れば東北の人はみんな活気づくと思います。僕はみんなが笑顔になるまで行き続けたいなと思っています。何回も行くことで毎回毎回違うものを見たり、聞いたりする事が出来ます。僕自身はまだ何回も行ける費用を持っていないので頻繁に行くという事は出来ませんが、家族と仙台にある親戚の家に泊まる時は是非また被災された地域に行って色々な経験をしたいです。そしてみんなが笑顔になれるような世界を作りたいです。

                  posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 18:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  人と人のつながり(第6陣参加生徒の感想文6)
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                    人と人のつながり

                    明治学院東村山高校2年(参加時1年) 古関 真帆

                     


                      地震が起きてからテレビでボランティアの人達が懸命に活動しているのを見て、いつかはボランティアに行きたいと思っていましたが、力のない自分は邪魔になるだけと無理だとあきらめていました。しかし、佐藤先生が礼拝で流してくれたスライドを見て、自分にも少しは人のためになることがあるかもしれないと思い、今回参加することにしました。

                    初めて被災地を自分の目で見たとき、ショックを通り越して唖然としました。実際に被災した場所を自分の目で見たのと、テレビで報道される映像を見るのとでは全然違かったからです。初日に行った陸前高田市では建物が数棟しか残っておらず、「何もない」という印象を受けました。避難所だった市民体育館はまだ中に車があったり、壁がなくなっていたりと、かろうじて形をとどめている状態でした。その近くの高田高校では、黒板に"We'll never forget that day"と書いてあるのを見て、何とも言えない気持ちになりました。




                     2日目には石巻市の日和山から町を見ました。建物が数棟残っていましたが、私が見ている建物は中がすかすかで、全てが解体待ちだと教えてもらいました。この光景もいつかはなくなってしまう。以前はここに住んでいた人の様々な思い出があったのに、それが全てなくなるのかと思いました。




                     石巻栄光教会の小鮒先生の「犠牲者一人一人にはその人の人生があった」という話を聞いて、改めて一つの命の尊さを実感しました。犠牲者が少なかったから良かっただけで終わりにするのではなく、そこに関わる人は心に傷を負っているということを考える重要性を知りました。また山形屋商店の社長さんから、「チリ地震のときは津波が全然来なかったから今回も大丈夫だと思った」という話を聞いて、今回の津波の威力の大きさを感じると共に、いつ何が起こるかわからないからこそこういう経験を大切にし、今後の対策を考えなければいけないなと思いました。



                      私は、今回のボランティアでとても良い経験をさせてもらいました。人と人のつながりがあったからこそワークをすることができ、貴重な震災直後のお話を聞く機会があったのだと思います。これからもこのつながりを大切にしたいです。

                    また、映像ではなくちゃんと自分自身の目で見ることも大切だと思いました。私は最初、人のために家の中をきれいにすることがボランティアで、見学はそのついでだと思っていました。しかし、被災地の状況や津波の恐ろしさを自分で見たり聞いたりすることで考えさせられることが多くあることに気付きました。そしてその考えを毎晩シェアリングすることでほかの人がどう感じたのかを知ることができ、自分にはとてもプラスになりました。この体験を伝えるのはとても大変で難しいことだと思いますが、より多くの人に伝えられたらいいなと思います。そして、一人でも多くの人に「ボランティアに行きたい」と思ってもらいたいです。


                    (宿泊先の登米市北方公民館での夜のシェアリング)

                    posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 16:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    一つ一つの出会い、一人一人のドラマ(第6陣参加生徒の感想文5・前編)
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                      一つ一つの出会い、
                      一人一人のドラマ(前編)

                      明治学院東村山高校2年(参加時1年)  斉藤 瑞暉

                       

                      初日の気仙沼と陸前高田の視察は、とにかく衝撃的でした。自分の前にある光景が、信じられませんでした。ただひたすらその場を見回し、写真を撮り、唖然としました。学校や体育館の中も見て回ったのですが、恐ろしいものでした。天井は破れ、窓やドアは、割れていたり、剥がれていたり、階段がなくて、少し踏み外せば落下してしまいそうなところがあったり…部屋の区別すらつかないところもありました。中城先輩に見せてもらった、剣道の防具がゴミ同然のように転がっている写真を見た時には、背筋が凍りました。「自分の見知った場所がこうなっていたら…」と考えると本当に恐ろしかったです。




                       しかし、「恐ろしい」という気持ちだけで終わるものではありませんでした。気仙沼の鹿折復興マルシェで、その代表である塩田さんの話を聞き、その力強さに驚かされました。「見捨てられた町で、自ら立ち上がって立て直した、そして、これからも一生復興に尽くす」そう語ってくれました。実際に経験した人の話を聞くと、少しですが、当時の出来事を身近に感じることができました。誰かがやらなければならない時に、自分が先陣をきってやる。そういう塩田さんの生き方を「かっこいい」と思いました。



                       

                      二日目の石巻の視察では、現地と現地にあった震災前の写真を照らし合わせて見るようにしました。そうすると、写真に写っていたものがほとんどなくなっていることが分かりました。「消える」という言葉が、胸に突き刺さりました。家屋でのアルバム探索の時は、部屋の中で、生活用品や子どものおもちゃなどが無残に荒れてあるところを見て、苦しく思いました。しかし、アルバムや小学校の卒業証書が見つかった時、その家のお兄ちゃんとお母さんが、笑顔で「よかった」と言っていたことが、とても嬉しかったです。笑顔で前を向いている姿は、とても力強く感じました。




                       教会の牧師であり、幼稚園の園長であるも小鮒さんの話には、多くのことを考えさせられました。「死んだ人にも、生き残った人にも、一人一人にその当時のドラマがあって、それを数字や、全体として語るようなことはしたくない」と言いました。テレビや新聞で報道されていたのを見て、苦しかったと思います。僕たちは、全体だけではなく、一人一人がどういう状況にあったのか、何を思ったのかを聞かなければならない…むしろ、それを聞くために来たんだと実感させられました。また、「人とのつながりの大切さがわかった」と言っていました。何かが起こった時に、助け合うことのできるような関係を築こう、また、一つ一つの出会いを大切にしようと思いました。それが、自分にも他の人にも大きな助けになると思って。



                       

                      三日目の南三陸町の視察では、防災対策庁舎と、病院が強い印象として残っています。防災対策庁舎を下から覗きこんだとき、結構な高さを感じたのですが、建物は一番上の階まで空洞でした。津波の恐ろしさにぞっとしました。病院の周りには様々な薬品や生活用品などが落ちていました。四階もある病院でしたが、津波は四階まできたらしく、生き残った人は屋上で助けを三日も待っていたそうです。懸命に生きようとしていた人達がいたことが伝わってきました。(後編に続く

                      posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                      一つ一つの出会い、一人一人のドラマ(第6陣参加生徒の感想文5・後編)
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                        一つ一つの出会い、

                        一人一人のドラマ(後編)

                        明治学院東村山高校2年(参加時1年)  斉藤 瑞暉

                         

                        前編の続き・ボランティア3日目)

                        子ども未来館で子どもたちと遊んだ時は、とても疲れました。遊び方がとにかくすさまじかったです。なんだか、カラ元気のように見えて、心の中にたくさん溜め込んでいるのではないかと思いました。でも、とても楽しそうに遊ぶあの子達を見ていると、こっちもとても楽しかったです。ただ、とても楽しそうに遊んでいた子が、将来のことについて聞かれた時に、暗い顔になって「将来に希望なんてない」と答えたのは衝撃的でした。そんなこと言って欲しくないと思いましたが、そう思うのは自分がその子を外から見ているからなのではないか、とも思い、もっとこの子達に近づいていきたいと思いました。




                         夜のシェアリングでは、一つの視点で考えるのではなく、一人一人の立場になって考えることが大切だ、と話し合いました。全員の立場から見ることはできないし、自分の視点は大切…でも、他の人がどう思っているか、どう考えているかを考えることは忘れてはいけない。違う視点から見たときに、新しく発見することがある、そう思いました。

                        最終日の石巻での「通りの駅プロジェクト」では、現地の人だけでなく、遠くから来ている人達とも会いました。それは嬉しいことで、遠くから来た他校の生徒と入倉が握手をしているところを見て、気持ち良かったです。また、石巻の特産品や石巻やきそばがたくさん売れていって、清々しい気分になりました。かまぼこが「美味しい」と言われた時には、誇らしい気持ちになりました。



                         最後のシェアリングでは、現地スタッフの末永さんが「俺達の住んでるところは、『被災地』なんて名前じゃないし、俺達は『被災者』なんてもんじゃない。そんな風には呼ばないでくれ」と言いました。僕がボランティアの中で会った人達は、「可哀想な人」ではありません。面白かったり、優しかったり、時々ムカついたり、かっこよかったり…そんな人達でした。ボランティアに行く前は、「可哀想」って思うのはやめよう、と思っていましたが、今では自然にそんなこと思わずにいます。もちろん、きつい状況にあると思いますし、想像もできないようなきつい体験をしてきたと思います。そして、当たり前ですが、僕もまだまだ全然被害状況や、現状を理解していません。

                        でも僕は、ただ単純に、またあの人達と会いたいと思っています。子ども未来館で、またあの子達と遊びたいと思っています。また末永さんと会って、色々話がしたいです。今どうしているのか、普通の知り合いとして気になります。

                        まだまだ書きたいことがたくさんあるのですが、上手くまとめられません。また、思うままに書いていくと、どこまでも書いてしまうと思うのでここでやめます。

                        いいところもたくさんあるんですよ。ソフトクリームが美味しくて、見晴らしのいいカフェとか…。やっぱり、文章で伝えるのは難しいです…。

                        結論として、僕が、今回の経験で一番良かったと思ったのは、「また行きたい」と思ったことです。






                        (ソフトクリームが美味しくて、見晴らしのいい南三陸町のCAFE−Gにて)

                        posted by: とび | 第6陣(2012年3月) | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |