PR
Search
Calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
New Entries
Recent Comment
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
第5陣の生徒達が町田の石巻物産展に行って来ました。
0

     3月17日・18日、町田で石巻物産展が開かれ、第5陣でお世話になった「石巻焼きそば味平」の尾形さんが出店されました。
     私(佐藤)は残念ながら仕事で行くことが出来なかったのですが、第5陣の生徒達がかけつけてくれました。
     3カ月ぶりに再会することができ、生徒も尾形さんも嬉しかったようです。何人かの生徒は焼きそば販売のお手伝いもしてくれました。
     久しぶりに食べた石巻焼きそばは美味しかったですか?
     尾形さん、またお会いしましょう!






    posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    第5陣活動報告書・簡易版
    0

      明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第5陣

       

      日時:2011年12月21日(水)〜12月24日(土) 3泊4日

      参加人数:高三3名、高二1名、高一4名、教職員1名 合計9名

      現地受け入れ団体:日本キリスト教団東北教区被災者支援センター、NPO法人ぐるっと

      現地受け入れ協力教会:日本キリスト教団宮城野愛泉教会、石巻栄光教会

      宿泊場所:東北教区センター・エマオ(2泊)、尾形勝壽さん宅(1泊)

       

      <プログラム>

      12月21日 東京から仙台へ。被災者支援センターでオリエンテーション後、仙台市若林区の荒浜・深沼海岸を視察。夕食後、宮城野愛泉教会の祈祷会に参加。

      12月22日 若林区七郷笹屋敷地区の被災家屋で津波の泥を落とす清掃ボランティアに参加。帰りに六郷地区を視察。被災者支援センターでシェアリング。

      12月23日 エマオ館内の清掃作業と、七郷小学校・六郷小学校の子ども達へのクリスマス・プレゼントの袋詰め作業後、大郷町へ移動。尾形勝壽さん宅にて津波で被災した食器類の洗浄ボランティア。その後、尾形さんと石巻市門脇町を歩きながら、被災体験の証言を伺う。夕食後、石巻栄光教会を訪問。

      12月24日 女川町清水地区にて阿部薫さんから被災体験の証言を伺う。女川コンテナ村商店街のイルミネーションの補修とツリーの飾りつけ作業に参加し、女川町復興支援団体REALeYEの高橋さんから女川での支援活動についてお話しを伺う。石巻市水押野球場仮設住宅へクリスマスケーキを配達。石巻市門脇町の山形屋商店を訪問。旧北上川の河川敷にて閉会祈祷後、東京へ。

       



      「寄り添い続けること」田中 紫穂

      2日目には壁に残っている津波の跡を消すなどの主に家の中の掃除をさせていただきました。壁の津波の跡は何度消してもまた浮かび上がってきてしまうとおっしゃっていました。お家の方ともお話する機会があり、快く私たちを迎え入れてくれ、たくさんのお話をしてくれました。3日目には尾形さん宅で津波にのまれてしまったお店のお皿を洗わせていただきました。私たちが洗ったお皿が少しでも尾形さんの手助けになり、石巻焼きそばを広める活動の力になってくれれば嬉しいです。4日目にはイルミネーションの補修作業をし、他にも仮設住宅にクリスマスケーキを持っていくという活動もしました。ボランティアというのは様々な形があり、しかしそれは決して自己満足ではなく「寄り添い」「続けていく」ことなのだとこの4日間を通して感じました。

       

      「おたがいさま」三冨綾希子 

       復興に向けて日々頑張っているのは遠い被災地の特別な被災者ではなく、同じ日本の私達と変わらない日本人だ。私たち一人一人が関心を持って出来ることをしていけたら良いと思う。「東北の人に寄り添っていくこと」など出来ることはたくさんある。ただ、これらのような心の問題は現地へ行ってみないと分からないと私は思う。多くの人に今の東北を自分の目で見て欲しい。「ボランティアに行く」と堅く考える必要はない。宮城で出会った沢山の人たちに「来てくれるだけで嬉しい」という言葉をもらったからだ。私はこれからも東北に関わっていく。決してこれは特別な決意ではない。同じ日本人として「おたがいさま」であるからだ。

       

      「たくさんの笑顔が」眞田衣梨

      「がれき」はゴミではない。その人それぞれの大切な所有物である。そのすべてが、崩されて、一か所にまとめられているのである。家、写真、家具。山のように積まれた「がれき」は、たくさんの人の思い出なのだ。そう考えると、ゴミだとは思えなかった。「きれいになって良かった」とは考えられなかった。私の中で思い描く「復興」がわからなくなった。私は何のためにここに来ているのか、そう思ったりもした。けれど、なぜか震災の被害に遭った方々は、いつも変わらず温かい。「こんな寒い中、ここにきてくれただけで嬉しい。」小さなことしかできない私たちに、ここに来る意味、役割を与えてくれる言葉のように思う。だから私はこの土地も、人も、行くたびに好きになる。私たちのために、震災当時の状況を語ってくれた皆さんは笑顔だった。どうして笑顔でいられるのか、今も、私にはわからない。しかし、その笑顔から強さを感じる。故郷の復興への熱い思いを感じる。私は、ボランティアへ行くたびにその笑顔から力をもらっているような気がする。「たくさんの笑顔」が、復興のために一番必要なパワーなのかもしれない。

       

      「笑い合い、支え合うこと」山田侑香

         実際ワークをさせてもらって、東北の方々と接してみて、地震や津波を体験して辛い思いをしたのに私たちに笑顔で接してくれて、尾形さんは私たちのためにご飯まで作ってくれました。笑顔というのは周りを明るくします。小さなことで笑い合えて支え合えることはすごい事だと思いました。宮城野愛泉教会の國津先生が、「人と寄り添う事は東北の方々の力になる」と言っていました。時間は少しずつだけど進んでいて、その中で沢山の人が復興に協力をしています。私も大きなことは出来ないけど、少しでも東北の方々に寄り添い、力になれたらいいなと思いました。

       

      「助け合うこと」山野明日香

      ワークをした家は傍から見ると普通の家に見えましたが、中に入ると床下の泥出しのために床板がはがされていました。『津波の跡を消してください』という依頼でした。津波の跡を消すという作業は簡単な事ではありません。タンスの中には結婚式の写真に泥がついていたり、家の柱には文字が彫ってあったりして、私が想像するより、遥かに辛い思いをしてきたのだろうなと思いました。『この変わり果てた大地の空白に言葉を失って立ち尽くしていた』という歌詞があります。まさにこの歌詞通りでした。なにから先にすればいいのか分からなくなる。人間は心細くなります。人間はお互いを助け合って生きていくんだということを知ることが出来ました。

       

      「たくさんの人の繋がりから」螻川内薫

      荒浜の近くの家で、津波の跡を消すという作業をしました。外見は普通の家なのに中は津波の跡が随分残っていてびっくりしました。「ここは他人の家だけど、もし自分の家だったら…」と考え、丁寧に消していこうと思って頑張ったので、とてもよい経験になりました。今回のボランティアは沢山の人の繋がりから出来たのだと実感しました。この繋がりを続けてゆき、少しずつ復興に近づいていく宮城の姿を見るためにも、やっぱり一回きりでは意味がなくなってしまうと感じました。そして、私もボランティアに行くことは色々と考えてしまい不安だったのですが、行ってみてとてもよい経験になり、また行きたいと思いました。私達が行くことによって少しでも被災者の方々が元気になってくれたら嬉しいです。

       

      「人とのつながり、一期一会」加藤真衣

       行くまでは、9ヶ月近くもたっているからそれなりに復興していると思っていたけど、実際に現地に入ると道路1つ挟んで風景が変わってしまっていたり、ワークをしたお宅では津波の跡がまだ残っていました。石巻や女川では、まだがれきが山のように積んであるし、写真にあるキレイな景色と違い、言葉が出なかったです。今回ボランティアに参加して教えられたのは、「人と人とのつながりは大切にするべき」ということです。その時その時1回しか会わないかもしれない人でも、その一期一会を大切にしていきたいと思いました。また、今回出会った多くの人とのつながりを大切にして、これからも少しでも力になれるならボランティアに参加していきたいと思います。

       

      「これからも」石坂千紗都

      七郷でのワークは壁や柱、家のあちこちに付いた汚れがなかなか落ちにくかったり、自分の身長よりも遥かに上に津波が停留していたことを示す線が残っていました。また、大郷でのお皿洗いは簡単な様に見えますが9ヶ月もの間泥をかぶったままでいたのと、津波の後に起きた火災によってお皿に焼き跡が付着していたのです。七郷、大郷の両方のワークとも作業はとても苦戦し、改めて津波の被害の大きさを実感したのと、初日の荒浜の海岸にあった看板を見た後だったので他人事には思えず、自分の事の様に気持ちを込めてワークすることができました。当たり前の様に学校へ行き、自分の家があり、何不自由なく生活していたことを思い返すと今の生活がどんなに恵まれているか、感謝すべきことか等、普段気づかないことにも気づかされました。

       今回の4日間のボランティアを終えて、まず1番に思ったことは、これからも活動を続けていきたいということです。被災地の状況は刻一刻と変化していきます。実際に昨年の夏に日和山から見た光景と今回見た光景は驚くほど変化していました。このことは、自分で行かなければわかりませんし、昨日求められていたワークが今日も必要とされているとは限りません。食料や衣類などが行き届き、ある程度の生活が送れるようになってきたからこそ、その場へ行き、その時に行うべきワークをしていくことが大切なのです。なので私は今後も活動を続けていき、1人でも多くの人に、東日本大震災を思うことを忘れないでもらうように伝えていきたいです。


       

      *感想文は抜粋です。全文は「第5陣感想文」をご覧ください。
      posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 19:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      伝える努力
      0


          2月17日、朝のチャペルでの高校礼拝で、ボランティア第5陣の活動報告をしました。1月13日の礼拝で前半2日間の報告をしたので、今回は後半2日間の活動報告をしました。


        (12月23日、クリスマスカード製作作業、被災者支援センターにて)

        (12月23日、津波と火災で被災した食器の洗浄作業、宮城県大郷町にて)

        (12月24日、イルミネーションの補強と飾り付け作業、宮城県女川町にて)

         次に、第5陣に参加した4名の生徒に感想を述べてもらいました。山田さんと加藤さんは、初めて見た被災地の景色にとても衝撃を受けたことを話し、実際に現地に行くことの意義を語ってくれました。第2陣にも参加した眞田さんと石坂さんは、被災地の状況やワークの内容は変わってゆくけれども、これからも継続してボランティアに参加して、東北の方々と寄り添ってゆきたいという決意を話してくれました。最後に今も悲しみ・苦しみの中にある方々のことをおぼえて、皆で祈りました。



         感想文をまとめた第5陣の活動報告書も完成しました。現地でお世話になった方々やご支援いただいた皆様にお届けしたいと思います。


         また、第1陣に参加した市川誠くんが第1陣から第5陣までの活動をまとめたスライドショーを作ってくれました! 3月の礼拝で流したいと思います。

        (市川くんが作ったスライドショー、3月の礼拝で上映予定です!)

         震災の記憶を風化させず、これからも祈り・関わり続けるために、礼拝での報告やブログでの情報発信、活動報告書やスライドショーの作成など、様々な形で「伝えて行く」努力をしてゆきたいと思います。
        posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 19:40 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
        女川のイルミネーションの撤去作業に参加しました。
        0



          「真っ暗な女川の夜に希望の灯を!」
          女川町は夜になると、津波被害のあった場所は街灯がなく真っ暗です。未だ当時とさほど変わらぬ女川の夜…。心まで寒く感じるこの季節に、温かいイルミネーションで心も温かくなれたら…。ほんの少しの明りでも、真っ暗な女川の夜を温かく灯せれば…。
                   (女川町復興支援「REALeYE」のホームページより)

           そんな願いで始まった、宮城県女川町コンテナ村商店街のイルミネーション「灯〜TOMOSHIBI〜」。第5陣では12月24日に、このイルミネーションの補強とツリーの飾り付け作業をさせていただきました。






                           (2011年12月24日撮影)

           東日本大震災から11カ月の2月11日。「石巻市南浜町・門脇町5丁目復興プロジェクト」を終え、NPO法人ぐるっと・アジアボランティアセンター・おらほさ団の皆と女川へ向かい、このイルミネーションの撤去作業に参加しました。直径3メートルの巨大リースや入口の光のトンネル、大小のクリスマス・ツリー、電飾、飾りなどを取り外してゆきました。作業には地元の女川の子どもたちも手伝ってくれました。






                             (2012年2月11日撮影)

           ちょうど2時46分を報せるサイレンが鳴り響き、作業を中断して、皆で黙祷をささげました。

           第5陣でお世話になった、女川町の復興支援団体「REALeYE」の高橋さんに、第5陣の活動報告書と、みんなで書いた寄せ書きをお渡ししました。高橋さんは色紙をとても喜んで下さり、「ボランティアについて話していた時に、聞いていた女の子たちの真剣な眼差しが、とても印象深く残っています。ありがとうございました!」とのメッセージをいただきました。

          「灯〜TOMOSHIBI」は、今年の12月にもおこなう計画だそうです。私たちも継続して応援してゆきたいと願っています。

          posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          たくさんの出会いに支えられて
          0
             

            たくさんの出会いに支えられて

            明学東村山有志ボランティア・チーム代表 佐藤 飛文

             

             2011年3月23日、仙台に開設された被災者支援センター・エマオのボランティアに入りました。そこでエマオの仲間たちと出会い、エマオでの共同生活がはじまりました。この出会いがきっかけとなり、エマオは私たちボランティア・チームの現地受け入れ団体となって下さいました。


             3月24日、組み立てたばかりのバイクトレーラー(リヤカー)に野菜や食料・支援物資を積んで、宮城野愛泉教会にお届けしました。そこで國津先生ご夫妻と出会い、教会が地域の避難所として用いられていることを知りました。翌週の礼拝は宮城野愛泉教会で守り、教会員の皆さんとも出会うことができました。この出会いがきっかけとなり、第4陣はこの教会を拠点に活動し、第5陣では私たちのために祈祷会を特別に開いて下さいました。


             3月27日、避難所となっていた七郷小学校を訪問しました。そこで炊き出しをされていた菅原さんと出会いました。懇談しているうちに、ボランティアのニーズが沢山あることを知り、「ぜひ私たちに手伝わせてください!」と申し出ました。この出会いがきっかけとなり、3月30日、エマオの七郷笹屋敷地区でのボランティアが始まりました。七郷でのボランティア活動は今も続いており、第4陣と第5陣が七郷ワークに参加させていただきました。

             
             3月28日、石巻栄光教会・栄光幼稚園で園庭の泥出しボランティアをしました。そこで小鮒先生ご夫妻と出会いました。再開されたばかりの幼稚園で、「園長先生、おうち流されちゃったー」と泣きながら語る園児を抱きしめる小鮒先生の姿を見て、自分も思わず涙がこぼれました。この出会いがきっかけとなり、第1陣は石巻栄光教会を拠点にボランティアをさせていただき、第2陣は日曜日の礼拝に出席、第5陣でも教会を訪問して貴重なお話しを伺うことができました。


             4月29日、石巻市湊町で泥出しボランティアをしました。そこで末永克さんと出会いました。末永さんはエマオ石巻チームのボランティアに参加しながら、地元で支援活動団体を開設する準備をされていました。この出会いがきっかけとなり、末永さんたちが立ち上げた「NPO法人ぐるっと」は、私たちのチームのワーク先や訪問先、宿泊場所、レンタカーの手配など様々なコーディネートを引き受けて下さるようになりました。第5陣でも大変お世話になりました。


             8月20日、「チーム個人的」という復興支援チームの会合に参加しました。そこでたかはしすみこさんと出会いました。この出会いがきっかけとなり、すみこさんは第5陣の日程に合わせてわざわざ休暇を取って神戸からかけつけ、車の運転や買い出しなど、私たちの活動をサポートしてくださいました。


             10月16日、小平市民祭りの被災地復興支援ブースで、石巻やきそばの実演販売をされている尾形勝壽さんと出会いました。この出会いがきっかけとなり、第5陣は尾形さんの避難先(借り上げ仮設住宅)に滞在し、津波で被災した食器の洗浄ボランティアをさせていただき、尾形さんと石巻市内を歩きながら、貴重な証言を聞くことができました。
            私たちが洗わせていただいたお皿や丼の上に、尾形さんの作った料理が再び盛りつけられる日が一日も早く訪れることを祈っています!


             11月24日、
            石巻アイトピア商店街祭りで、山形政大さんと出会いました。この出会いがきっかけとなり、第5陣は山形屋商店を訪問させていただきました。困難な状況の中でも新商品を開発し、復興のために頑張っている山形屋商店さんを私たちはこれからも応援してゆきたいと思います!


             12月14日、宮城県女川町で、阿部薫さんとお会いしました。この出会いがきっかけとなり、第5陣は阿部さんから女川の被害と避難生活の体験談を伺い、命の大切さについて学ぶことができました。また、阿部さんと末永さんの紹介で、女川町復興支援団体
            REALeYEの高橋さんとも出会うことができました。


             そんな、たくさんの出会いに支えられて、第5陣の活動をおこなうことができました。ボランティアを通して皆さんと出会い、つながることが出来たことを感謝します。ありがとうございました!


            (尾形勝壽さん・小鮒實先生と。2011年12月29日、石巻関ノ入仮設住宅にて)

            posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 13:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            人とのつながり、一期一会(第5陣参加生徒の感想文8)
            0
               

              人とのつながり、「一期一会」

              明治学院東村山高校1年 加藤真衣


               


               私は、地震のあった時は家の近くでごはんを食べていました。普段から車が通るだけで少し揺れる所なので、最初はなんとも思っていませんでした。でも、だんだん揺れが大きくなっていって、初めて経験する大きい揺れだったのでとてもおどろいたけど、怖い気持ちよりも逆に冷静でした。すぐに家に帰ったけど、途中の小・中学校や駅がとても静かですごく不気味でした。また、私の住んでいる地域は次の日の朝まで電気と水道が止まってしまい、次の日にニュースで地震の規模の大きさ、津波による被害の大きさにおどろきました。信じられなかったです。計画停電などが始まり、自分の生活している中でできるボランティアも考えてみたけど、何をすれば被災者のためになるのか分かりませんでした。実際に現地に行けばそのようなことも見えてくるのではないかと思い、地震のあった冬には参加したいと思っていたので、参加を志望しました。

               行くまでは、9ヶ月近くもたっているからそれなりに復興していると思っていたけど、実際に現地に入ると道路1つ挟んで風景が変わってしまっていたり、ワークをしたお宅では津波の跡がまだ残っていたり、一見普通の家なのに中には何もなかったり、六郷ではかろうじて建っていられている様な家がたくさんあったりと、どう言葉で言い表せばいいのか分からなかったです。

               また、荒浜海岸で海を見た時、海に向かって合掌している方がいました。「ただ物が無くなっただけじゃなくて、人も流されて亡くなったんだ。復興に向かっているけど、1人1人はまだ苦しんでいる人もたくさんいるのだ」と思い、その人から目が離せなかったです。



               石巻や女川では、まだがれきが山のように積んであるし、元の家の所で何かを探していたり、お供え物が置いてあったりと、震災前の写真にあるキレイな景色と違い、言葉が出なかったです。また、がれきを引きとったのに返されてしまった話を聞いて、色々な心配があるかもしれないけど、日本全体で協力していかないといけないと思いました。また、海の近くには最低でも2年・もしかしたら一生住むことができないという話しを聞いて、今の自分には「故郷を失う」ということがどういうことなのかわからないけど、もし自分がと思うと何とも言えないし、つらいことだと思いました。




               今回、第5陣のボランティアに参加して教えられたのは、「人と人とのつながりは大切にするべき」ということです。その時その時1回しか会わないかもしれない人でも、その一期一会を大切にしていきたいと思いました。また、今回出会った多くの人とのつながりを大切にして、これからも少しでも力になれるならボランティアに参加していきたいと思います。

              posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              寄り添い続けること(第5陣参加者の感想文7)
              0

                寄り添い続けること

                明治学院東村山高校3年 田中 紫穂




                 私は夏以来2回目のボランティアへの参加でした。前回私は帰りの電車で、宮城と東京の違いに耐えられず、泣きながら家に帰りました。宮城と東京の違いというのは建物や“瓦礫”の多さだけではないように感じました。悔しかったです。早く宮城に戻りたい、そう思いました。宮城と東京の違い、それを感じたときのあの悔しさは忘れることが出来ません。東京に帰ってきてから、人に“伝える”という場面が多くありました。学校での報告会、新聞記事にもしていただきました。友達にもたくさん話をしました。それを繰り返していくうちに、私たちが関わった場所がこれからどう変わっていくのか自分の目で確かめたい、ボランティアを続けていきたいという思いがさらに強くなり、今回のボランティアへの参加を決めました。
                 


                 今回は夏に行った荒浜や女川、石巻に再び足を運び、「変わっていく」ということを自分の目で見ることが出来ました。荒浜では、夏にはあった家がなくなっており、さらに新しく慰霊碑も建てられていました。夏には言葉を失うようなショックな光景が広がっていた女川は、今では“瓦礫”がきれいに撤去されています。しかし、この“瓦礫”はただのゴミではないという思いを知り、夏に見た光景を思い出しました。そこには少し前まで人が住んでいて、生活していたということが分かるようなものがたくさんありました。復興とはとても難しいものなのだと、考えさせられました。石巻では尾形さんの貴重なお話を聞くことが出来、他にも石巻の震災当日の出来事を知ることが出来ました。印象に残っているのは、津波の犠牲となってしまった幼稚園バスのお話です。そこには夏にも行きましたが、その時はそこで何があったか知りませんでした。夏にはそこにおもちゃや数本のジュースが置いてありました。冬にはお花と一緒にクリスマスのプレゼントがおいてあるのを見て、涙を流さずにはいられませんでした。お話を聞く前と聞いた後では、同じ場所でもまた違うように見えました。


                8月

                12月
                 

                ボランティアワークとして、2日目には壁に残っている津波の跡を消すなどの主に家の中の掃除をさせていただきました。壁の津波の跡は何度消してもまた浮かび上がってきてしまうとおっしゃっていました。お家の方ともお話する機会があり、快く私たちを迎え入れてくれ、たくさんのお話をしてくれました。3日目には尾形さん宅で津波にのまれてしまったお店のお皿を洗わせていただきました。私たちが洗ったお皿が少しでも尾形さんの手助けになり、石巻焼きそばを広める活動の力になってくれれば嬉しいです。4日目にはREAL eYEさんのお手伝いとして女川でイルミネーションの補修作業をし、他にも仮設住宅にクリスマスケーキを持っていくという活動もしました。ボランティアというのは様々な形があり、しかしそれは決して自己満足ではなく「寄り添い」「続けていく」ことなのだとこの4日間を通して感じました。

                宮城野愛泉教会の國津先生の「来てくれるだけで嬉しい」という言葉。尾形さんからの「ここにまたいつでも来てね」という言葉。私たちはたくさんの方に支えられているということを改めて感じることが出来ました。また、尾形さんの「見て感じたことを伝えて欲しい」という言葉。石巻栄光教会の小鮒先生の「寄り添っていく」という言葉。震災当日の出来事やボランティアへの気持ちをお話してくださったREAL eYEの高橋さんの言葉。「命の大切さ」を教えてくださった阿部さんの言葉。被害の状況をお話してくれた山形屋さん。今回、私たちと関わってくださった全ての方々に感謝しています。私はこれからもボランティアを続け、見て聞いて感じたことを伝えていきます。そして、少しでも多くの人に東北に足を運んでもらいたいです。「寄り添う」支援の輪が広がっていくことを願っています。

                 
                posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 10:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                助け合うこと(第5陣参加生徒の感想文6)
                0

                  助け合うこと

                  明治学院東村山高校1年 山野明日香




                   私はこの地震が起きた311日には部活があって学校にいました。ガラスが波打っているようにみえ、恐怖心もありましたが、取り乱したらいけないと思い、冷静さを保っていました。家に帰ったのは夜の11時頃。それまでは何が起こったのかさえも知りませんでした。震度5強を体験したのは初めてでした。テレビで東北地方の映像が映るとき、度々高校生のボランティアの様子が報道されていて、いつかは行きたいという気持ちがありました。少しでも被災地の力になりたいと思い、夏休みには部活の関係上断念しましたが、今回の冬休みのボランティアに参加しようと思いました。
                   
                  仙台駅に着いて、雪が道路に残っているのを見て、東京の寒さとの度合いが違うなと感じました。荒浜で全壊したガソリンスタンドを見て、実際にみる迫力に驚きました。震災直後の瓦礫だらけの様子はどこにもなく、家の土台や玄関の柱だけ残っている殺風景な景色を見て、とても虚しくなりました。荒浜小学校の校庭にはバイクや船がたくさん並んでいました。『たくさんの力をありがとう』という幕が提げられていました。これを見たときに、何でもっとはやくここに来なかったのだろうという思いでいっぱいになりました。お墓も崩れていて、言葉を失いました。



                   ワークをした家は傍から見ると普通の家に見えましたが、中に入ると、床下の泥出しのために床板がはがされていました。『津波の跡を消してください』という依頼でした。津波の跡を消すという作業は簡単な事ではありません。タンスの中には結婚式の写真に泥がついていたり、家の柱には文字が彫ってあったりして、私が想像するより、遥かに辛い思いをしてきたのだろうなと思いました。毎日家でケータイをいじったり、当たり前のようにテレビを見ている自分が恥ずかしくなるような気持ちになりました。被災した家の雰囲気に圧倒されて、頭痛を引き起こす事もありました。宮城野愛泉教会の牧師さんが『ただ来てくれるだけで嬉しい』と言ってくださって、何も出来ていないのではないかという気持ちが少し救われたような気がしました。



                   石巻を歩いた時、門脇小学校には火事の跡が残っていて、黒板にはまだくっきり津波の跡が残っていました。倒れたロッカーや溶けたガラス。実際の様子を自分の目ではっきりと見ることが出来ました。中には目を背けたくなるようなものもありました。ここで沢山の方々が津波にのまれてしまったのかと思うと今でも胸が痛みます。この様子を忘れることはないと思います。尾形さんの家の夜の室温は0℃でした。
                  311日はもっと寒くて雪が降っていたと聞いて、津波がどれだけ冷たかったのかなと考えるだけでも寒くなります。自分の周りでは絶対に起きないと思っていた事が実際に日本で起きているという事実は本当に恐ろしいです。自分の大切な人はちゃんと大切にしようと改めて思いました。

                   

                  『この変わり果てた大地の空白に言葉を失って立ち尽くしていた』という歌詞があります。まさにこの歌詞通りでした。なにから先にすればいいのか分からなくなる。人間は心細くなります。人間はお互いに助け合って生きていくんだということを知ることが出来ました。尾形さんの家で色々な資料やお話を、たくさんの方々から色々なお話を聞くことができました。辛い事を思い出しながら話して頂いた方々には心から感謝しています。被災地で何を見て何をして何を感じたのかを上手く表現して誰かに伝えるのはとても難しいことだけど、少しでも多くの人に伝えていけたらいいなと思います。被災地に実際に行ってみないと感じることが出来ないことや分からないことは沢山あります。ボランティアに行ったんだという自己満足で終わらないように、これからもボランティアを続けていきたいと思います。

                   
                  posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 15:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  たくさんの人の繋がりから(第5陣参加生徒の感想文5)
                  0

                    たくさんの人の繋がりから

                    明治学院東村山高校1年 螻川内薫



                    (津波で被災した食器の洗浄作業。2011年12月23日、宮城県大郷町にて)

                     地震が起きた時、私は学校にいて、何が起きたのかよくわかりませんでした。でもその後、ニュースを見て大変なことが起きたことを知りました。また、海外から沢山の救助隊の方々が来てくれていることがすごく嬉しかったです。でも海外の方々が日本のために色々してくれているのに日本人の自分が何もやらないことが嫌でした。そして少しでも自分に出来ることがあればやりたいと思い、ボランティアに参加しました。
                     実際に行ってみて感じたことは、きれいになっているというのもあるのだとは思いますが、何もかもきれいに片付けられているという状況でした。また瓦礫の山が何百メートルも続いていたり、お墓が倒れていたり、ガソリンスタンドの上に別の建物の屋根が乗っていたりして、テレビで見るのとはまったく違うと感じました。


                     (仙台市若林区荒浜のガソリンスタンド、2011年12月21日)

                     荒浜の近くの家で、津波の跡を消すという作業をしました。外見は普通の家なのに中は津波の跡が随分残っていてびっくりしました。「ここは他人の家だけど、もし自分の家だったら…」と考え、丁寧に消していこうと思って頑張ったので、とてもよい経験になりました。

                    尾形さん家での最後の夜は、とても貴重なお話しを聞くことが出来、みんなで色々と話し合い、考えさせられて、とても良いシェアリングとなりました。また今回、東北で起きたことは誰も予想してなかったということが話を聞いていてとてもよく分かり、本当に他人事ではないんだと深く感じました。

                     宮城野愛泉教会で「この寒い中、来てくれただけで被災者の人々は嬉しい」と言われたことや、女川コンテナ村で「考える前に行動に移すことが大事。来てみたら自然に考えさせられるから、とにかく来て欲しい。」という言葉は本当に印象的でした。



                     (2011年12月24日、女川コンテナ村にて)

                     
                    今回のボランティアは沢山の人の繋がりから出来たのだと実感しました。この繋がりを続けてゆき、少しずつ復興に近づいていく宮城の姿を見るためにも、やっぱり一回きりでは意味がなくなってしまうと感じました。そして、私もボランティアに行くことは色々と考えてしまい不安だったのですが、行ってみてとてもよい経験になり、また行きたいと思いました。「ボランティアに行きたいけど不安だ」と思っている人がいたら、行けばたくさん考えさせられるので行ってみてほしいと思いました。そして私達が行くことによって少しでも被災者の方々が元気になってくれたら嬉しいです。


                     (2011年12月24日、石巻市水押野球場仮設住宅にて)

                    posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 15:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    笑い合い、支え合うこと(第5陣参加生徒の感想文4)
                    0
                       

                      笑い合い、支え合うこと

                      明治学院東村山高校2年 山田侑香



                       

                      私は、地震が起きた311日には、スペインに留学に行っていたので体験しませんでした。地震の知らせをスペインで聞いた時、びっくりと同時に不安になり悲しくなりました。家族や友達は大丈夫なのか、どれくらい揺れたのかなど。揺れを体験しなかったこと、日本にいなかった事から全てが不安になりました。幸い、家族や知り合いはみんな無事でした。しかし、自分の国が大変なことになっているのに自分に出来る事は何もないのか?と考えるようになりました。結局スペインで通っていた現地の学校で募金活動をやらせてもらい、沢山の人が募金をしてくれて、心配してくれていてとてもうれしく思いました。スペインのニュースで津波や原発の様子を見るたびにとても辛く、その時から日本に帰ったら私も少しでも役に立ちたいと思っていて、今回参加しました。

                      実際参加してみて、テレビの映像と自分の目で見るのは全く違うと思いました。『何もない』というのは、被災者にとってはとても辛いことなんだなと実感しました。私たちにとってはただの瓦礫ですが、被災者にとっては、生活が詰まったものであって、復興のためにすべて撤去して、何もなくなってきれいな状態になっていましたが、『何もない状態』というのは、悲しい現実なんだなと痛感しました。



                       そして、実際ワークをさせてもらって、東北の方々と接してみて、地震や津波を体験して辛い思いをしたのに私たちに笑顔で接してくれて、尾形さんは私たちのためにご飯まで作ってくれました。笑顔というのは周りを明るくします。小さなことで笑い合えて支え合えることはすごい事だと思いました。また、女川で阿部さんの話を聞いて、いつどこで何が起きるかわからないという事を実感しました。東北で起きてしまったことは、関東でも起こるかもしれない。他人事ではないことを再実感しました。

                      ボランティアに行ってみて、まだまだやること、そして私たちがやれることは沢山あると思いました。宮城野愛泉教会の國津先生が、「人と寄り添う事は東北の方々の力になる」と言っていました。時間は少しずつだけど進んでいて、その中で沢山の人が復興に協力をしています。私も大きなことは出来ないけど、少しでも東北の方々に寄り添い、力になれたらいいなと思いました。

                      posted by: とび | 第5陣(2011年12月) | 07:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |