PR
Search
Calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
New Entries
Recent Comment
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
2018年ヘボン祭報告
0

     

    2018年11月2日〜3日にヘボン祭が開かれました。有志ボランティア・チームは、活動報告会と活動報告パネル展示、仙台平和七夕の吹き流し展示、東北復幸市をおこないました。
     

     

    準備日の11月2日、仙台から届いた平和七夕の折り鶴の吹き流しを管理棟2階〜3階の吹き抜けに飾りました。今年の仙台七夕祭りで飾りつけに参加した第32陣の生徒たちが協力して飾ってくれました。吹き流しをヘボン祭で飾るのは今年で8回目です。今年も「すごい!ぜんぶ鶴で出来てる!」と歓声があがりました。展示された吹き流しは明治学院中学校1年生と2年生の生徒たちがレイ(首飾り)にして仙台に送りました。レイは来年の仙台r七夕祭りで配られる予定です。

     

     
    11月3日には、ボランティア・チームがこれまでの活動を通して関わりができた被災企業の復興商品(木の屋石巻水産の缶詰や山形屋商店のわかめ用ドレッシングなど)の販売をしました。おかげさまで今年も売れ行きは順調で、完売することができました!

     

     

    午後はMM教室でボランティア報告会を開きました。第30陣に参加した渡辺さんと高橋さん、第31陣に参加した田崎さんと坂井くん、第32陣に参加した岩田くんと横倉さんに報告発表をしてもらいました。
     

     

    報告会には第32陣が一緒に活動した会津北嶺高校(福島県)の新田先生も来校し、感想を述べていただきました。報告会に参加してくださった皆様、物品販売に協力してくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました!

    今年の冬には東北第33陣の派遣を計画しています。これからも微力ながらも継続して活動をしてゆきたいと願っています。今後とも応援よろしくお願いいたします!

     

     

     

    posted by: とび | ヘボン祭 | 19:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    11月3日(土)のヘボン祭でボランティア報告会を開きます!
    0

      明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム 

      ボランティア報告会のお知らせ

       

      明学東村山有志ボランティア・チームでは、2011年5月から現在まで計32回、のべ250名以上の生徒・卒業生・教職員を東日本大震災の被災地・復興地へ派遣して来ました。2015年からは茨城県常総市でも活動をしています。

       

       

      今年も11月3日の文化祭公開日にボランティア報告会を開催しますので、ぜひ多くの皆様にご出席たまわりたいと思います。

       

      東北第30陣〜第32陣

      ボランティア報告会
         11月3日(土)

      13:30〜14:00
       
      *一般公開日ですので、どなたでも参加できます。事前申し込みは不要です。ぜひご出席ください!


      場所:明治学院東村山高校 管理棟3階MM教室にて





      (東北第30陣は2018年3月27日〜30日、石巻で活動。津波被災地域での子ども会に参加)
       


      (東北第31陣は2018年7月26日〜29日、石巻で活動。津波被災地域での子ども会と遠足に参加)

       

       

      (東北第32陣は2018年8月3日〜6日、仙台で活動。仙台平和七夕のお手伝いや津波被災地域の夏祭りのお手伝いなどに参加)
       

      *今年も石巻の被災企業の復興商品(山形屋商店のわかめ用ドレッシングや木の屋石巻水産の缶詰など)の販売をおこないます。ぜひお買い求めください!

      *復興商品販売(東北復幸市)は11月3日(土)10時〜13時30分

       管理棟3階MM教室前廊下にて



      *また、8月6日〜8日の仙台七夕祭りで飾られた、「平和七夕」の折り鶴の吹き流しもお借りして、展示します。ぜひ見に来てください!

      posted by: とび | ヘボン祭 | 08:34 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
      自分のもてる力を(第32陣参加生徒の感想文4)
      0

        自分のもてる力を

        明治学院東村山高校2年 稲田優真

         

         

         私は今回初めてこの東北ボランティアに参加しました。中学生の時に礼拝で高校生がボランティアの報告を話しているのを見て、自分も高校生になったら参加したいと思いました。私は将来、福祉関係の仕事をしたいと思っています。この東北ボランティアに参加し、ボランティアについてしっかりと詳しく学びたいと思い、今回の東北ボランティアに参加しました。実際に東北に足を運んだ事が大震災の起こる前だったので、現状はどうなっているのかを知りたいというのもこのボランティアに参加した理由の一つです。最近のニュースではあまり東北の現状を伝えるようなものはやっていないので、実際に自分の足を運んで自分の目で見ることが一番だと思いました。

         私が参加した第32陣は、現地のフィールドワークや笹屋敷夏祭りのお手伝い、仙台七夕祭りのお手伝いを中心として活動しました。

         

         

         フィールドワークでは多くの所に行き、自分の目で現状を確認しました。最も印象に残っているのは、やはり大川小学校です。震災当時、ニュースや新聞で多くの映像や写真を見ていたので、行くとすぐに「あ、写真で見てた所だ」とわかりました。当時の写真は、そこら中が泥だらけで瓦礫が転がっていたのを覚えています。その中でも、校舎と体育館を結ぶ渡り廊下は、実際に現地に行き自分の目で見て話しを聞くことで、なぜこのような倒れ方をしたのかがよくわかりました。「百聞は一見にしかず」この言葉がとてもあっていると思います。どれだけニュースを見たり聞いたりしていても、実際に足を運んで見てみなければわからない事がたくさんあるということを学びました。

         

         

         しかし、そのようなつらい事に向き合って立ち直ろうとする人達を沢山見てきました。自分たちの地域を取り戻そうと近隣住民で手を取り合い、コミュニティを崩さず固い絆で地域活動をする人達、自分たちに起こった事を勇気を出して私達に広めようとする人達、再び災害が起こっても対応が出来るように新しい施設を作る人達など、つらい事に立ち向かい頑張る人達を見て、自分が元気をもらいました。このような方達と今回交流することができたことは、とても素晴らしいことだと思います。

         

         

         ボランティアから帰った私は、まず家族に自分の目で見てきた事を伝えました。そして避難バッグの再点検をしっかりしました。これからは、ボランティアに積極的に参加し、地域活動をもっと活性化させるように努力をし、自分のもてる力を存分に使っていきたいと思います。

         

        posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 16:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        心に重く受け止めた4日間(第32陣参加生徒の感想文3)
        0

          心に重く受け止めた4日間

          明治学院東村山高校3年 佐々木あおば

           

           

           私は、今回3回目のボランティアに参加させて頂きましたが、私が今回志望した理由は、今までのボランティアでやりがいを感じたからであり、人に喜んでもらえる嬉しさを知ったからです。それ以外にも、1年ぶりに訪れる場所がどれほど変化があったのかを自分の目で確認したいという目的がありました。

           

           

           実際に参加してみて嬉しかったことは、感謝されたことです。笹屋敷の夏祭りでは、子どもたちや地域の方ともたくさん交流することができました。子どもたちの楽しそうな表情を見てパワーをもらいましたし、ありがとうと言われた時は、何か優しさのようなあたたかな気持ちを抱き、微力かもしれないけれど、無力ではないということを改めて知ることができました。

           

           

           悲しかったことは、福島県の沿岸部を訪れた時のことです。私は初めて行ったのですが、震災の影響を受けたままの建物がたくさんありました。言葉の表現は良くありませんが、以前はたくさんのお店が建ち並び、賑やかであったであろう場所が廃れていて、廃墟街のようでした。町が隣であるだけで、人が住めるかどうかが違ったり、復旧に大きな差があることを、この地域を訪れるまでは知りませんでした。また、津波で壊されたお墓は、すでに7年経った今でもそのままであるのに思わず言葉を失い、佐藤先生に「これが今の現状だ」と言われて、表現できないほど悲しくなりました。同じ日本に住んでいるのに、東京で過ごす私たちと比べて、不自由な生活を送っているのにも関わらず、その状況を知らずにのんのんと日々を過ごしてきた自分に怒りをも覚えました。

           

           

           驚いたことは、仮設住宅の環境の悪さです。仮設住宅の作り的に夏は暑く、冬は寒い、しかも湿気がこもるので、カビもはえやすい、ただでさえストレスが溜まっているのに、隣の人を気遣って日々生活していかなければならず、もっとストレスが増していく、見た目からでは分からない劣悪な環境があることを私はあまり理解していなかったので、このことについても新しい発見でした。特に驚いたのは、やはり外面から分からないことで、コミュニティが絶たれるということです。最初はどこかの体育館などで、ダンボール1つの仕切りがあるだけ、でも仮設住宅に移動すれば一応1つの仕切りがあり、部屋があり、最低限の生活はできるようになっています。しかし、人間関係を考えてみれば、周囲にいる人がどんどん変わっていくので、また1から人間関係を築いていかなければならないという、仲良くなった人とのコミュニティが1つずつ失われていく辛さを知りました。

           

           

           1番心が傷んだのは、石巻市立大川小学校でのことです。この場所を訪れたのは3回目でしたが、なぜか今までの中でも1番心が傷みました。NPO法人ゆつけっちゃ理事長の末永さんの話の中で、7年経っても「かえってこない命はかえってこない」という言葉を聞き、また、震災直後の写真を見て、今自分たちが立っている場所で亡くなった人がいると思うと、思わず涙がこぼれました。それも、当時同じくらいの学年の子が亡くなっていたり、大切な人を失っていると思うと、感情は悲しいの枠を遥かに越えていました。

           

           

           今回は、3回目だったけれど、初めて知ったことがたくさんあったボランティアでした。また、7年経った今でも復興したとは言えない現状があることを、心に重く受け止めた4日間でした。私たちが今回撮影してきた場所を見て、その場所を知っている人は何人いるでしょうか。恐らく、数えられるほどしかいないと思います。残されることになっている被災後の建物があることや実際に地震が起きたり、津波が来たという事実がある以上、私たちにはたくさんの人に伝えるという使命があると思います。だから私は、もっと深く理解してもらうために、写真を活用するといったような工夫をした伝え方をしていきたいです。そして、必ずまた訪れたいです。

           

          posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 16:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          大事なこと(第31陣参加生徒の感想文3)
          0

            大事なこと

             

            明治学院東村山高校2年 田崎結菜

             

             私は今回夏の東北ボランティア2回目の参加となりました。なぜ参加しようと思ったかと言うと1つ目は「再会」です。昨年のボランティアでいしのまきっこ広場の子どもたちと一緒に過ごしました。その時、私は仲良くなれるか不安で、あまり積極的に遊ぶことが出来ませんでした。帰ってから、仲良く遊んでいた先輩の姿を思い出しては、後悔していました。なので今回もみんなと会って、もっと仲良くなって忘れられない夏の思い出になってくれたら、という思いで参加しました。

             次に「変化」です。私が初めて見た景色は震災から6年半経った場所です。それから1年。どのような変化があり、また何を残していっているのか知りたいと思ったからです。

             

             

             まずボランティア1日目は主に石巻、女川でのフィールドワークでした。初めて見て大きな刺激をもらったのが「女川いのちの石碑」です。春のボランティアに行った人達が礼拝で話していた俳句がそのままありました。「逢いたくて でも会えなくて 逢いたくて」この短い言葉だけで切なさと寂しさ、苦しさがすごく伝わってきて、胸がいっぱいになりました。そしてもうひとつの津波記憶石には心に残る言葉がありました。「無理矢理にでも連れ出してください」今この言葉を聞いたら何を思いますか? みんな同じだと思います。必死に津波から逃げようとしている姿が脳裏に浮かぶと思います。きつく胸に刺さりました。

             

             

             そして大川小学校に行きました。去年来た時より近くで小学校の様子を見られました。佐藤先生がここで「みんながここに来たあとに『震災直後のまま残ってる』って言うんだけどそうじゃない。ちゃんと片付けて見せれる形にしたのがこれなの」と言っていました。確かにそうだ、と思いました。建物はそうかもしれないけど瓦礫とかは片付けてあって当時のままではない、勘違いしてはいけない、と改めて実感することとなりました。1回目に見た時は衝撃が大きかった大川小学校ですが、2回目の今年は少し考えることがありました。山に登って怪我をしてでも命が助かる道を選ぶのか、少しでも高いところを目指して逃げるのか…。まさか逆流して波が来るなんて、先生達も思わなかっただろうし、助かる道を選んだはずなのに、それは助かる道ではなかったことを思うと判断は難しかったのだと思いました。

             

             

             2日目と3日目はいしのまきっこ広場で子供たちと遊びました。初めて会った子も多く、やはり距離感を掴むのが難しいなと最初思ったけど、遊んだり、宿題を一緒にやったりしているうちに楽しくお話することが出来たので良かったです。去年と比べて私自身、みんなと接する時間が多く感じられました。去年は何をすればいいのかとかどう接すればいいのかとか色々考えてたら終わっちゃったけど、こんな私を覚えていてくれた子もいて嬉しかったです。いしのまきっこ広場はみんなにとっては、夏休みの楽しみの1つであってほしいし、「楽しかった!」って思って終わってくれたら私も嬉しいし、その日は逆に子どもたちから寄ってきてくれて元気も貰えたし、楽しませてもらったなって思いました。でもこうやって子どもたちから寄ってきてくれるのも、今まで先輩達や先生方が作り上げてきた信頼というものがあってのことだということを知れたのは、このボランティアで大切なことのひとつなのだと思いました。

             

             

             そして、初めて訪れた福島県。街が新しく変わりつつある宮城県とは違い、今も帰還困難区域がある福島県の沿岸部は時が止まったままのようでした。この街は一体いつどう復旧していくのだろうと考え込んでしまいました。日本はオリンピックが2020年に迫っているためそっちの方ばっかりに気が向いている、と親と話したことがあります。過去の事として収めてしまっていいのでしょうか? 東北はまだ復興していない、復旧状態なのだと去年学びました。現地に行ってみて知ることは沢山あります。私は去年現地に行くまで復興は進んでいると思っていました。でも復興ではないのだと、そして、まだ未だに復旧状態なのだということを今年参加してまた実感できました。

             

             

             ボランティアは一度行っただけでは理解は深まらないと思います。一度見てそれで満足するのではなく、何度も足を運んで、いろんな人に正しく伝えていくことが今の私たちに大事なことだと思います。でも見た目は復興しても被災した方の心の中は時が止まったままなのだと、私は感じました。だからこそ今の私たちにできることは東日本大震災を過去の出来事として捉えるのではなく、今も多くの人が苦しみ、悲しんでいることを知ること、また、今私たちは当たり前のように毎日を過ごしているけれど、その当たり前をいつ奪われてしまうのかわからないということ、そしてこの当たり前は幸せなことなんだということを感謝して毎日を生きていくことが大事なことだと思います。

             

            posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 08:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            我々の使命とは(第32陣参加生徒の感想文2)
            0

              我々の使命とは

               

              明治学院東村山高校1年 谷内 幹生

               

               

               草に覆われ放置された建物、重機が行きかい嵩上げ用の土が露出した津波被災地域・・・約7年が経過してもなおこのような目をそむけたくなる、もしくはまだまだ復興途上の光景が目の前に広がっている光景に私は何も言えませんでした。

               

               

               そもそも私がこの活動に参加した大きな理由は主に2つあり、一つ目の理由は「現地に足を運んで初めてわかることが沢山ある」という点でした。その大切さは3年半礼拝での報告を聴いてきたなかで先輩方が口々におっしゃっています。実際、フィールドワークで回った地域それぞれが一言では表せない非常に複雑な問題を孕んでいたことを私は現地に赴くまでほとんど知りませんでした。仮設住宅の生活環境、土地の嵩上げ工事など、ここではすべて述べきれないほどです。初日及び2日目はなぜ7年たってもこのような状況なのかと疑問に感じていました。

               

               

               2つ目の理由は現地の方が少しでも笑顔になってほしいという点です。笹屋敷地区の夏祭りにおいては、実際に直接関わる時間はあまりありませんでしたが自身がそのような活動に参加でき、少しでも喜んでいただけていると思うとこちらも嬉しくなりました。「ボランティアは微力だが無力ではない」というあのスローガンが具現化されているようでした。

               

               

               千年に一度の大災害、という一言で片づけてよいのだろうかと私は今もなお疑問に感じています。解体されてしまった当時の建物も多いですが、現地の方々は語り部や廃校を活用した防災学習施設などを通して震災を体験していない次の世代に伝えようとしている努力が垣間見えました。また震災当時のまま残されている荒浜小学校などの震災遺構の維持、保全のために努力していらっしゃる関係者も同様であると考えます。だからこそこの事実を伝えようと努力していらっしゃる現地の方々の気持ちを汲み取り、この出来事をどう次に生かしていくべきなのか、現地でなにが起こっているのかをまだ知らない人に伝えるなどしてこちらも努力してそれに応えてゆくことが我々に課せられた使命ではないかと4日間を通して強く思いました。

               

               

               しかし、それを行ってゆくには一度足を運んだだけでは不十分であることもまた事実です。また現地に赴いたことがない人にも参加してほしいと強く考えます。何度も足を運び、見て感じて伝える。これを繰り返すうちに必ず何かが見えてくると私は信じています。最後に、我々を引率して下さった先生方、現地で我々を快く受け入れて下さった関係者の皆さんには改めて感謝いたします。

              posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 11:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              継続することの意味(第31陣参加生徒の感想文2)
              0

                継続することの意味

                 

                明治学院東村山高校2年 古澤宏太郎

                 

                 

                 私が今回、この活動に参加しようと思った理由は前回の第30陣に参加したことによるものです。細かく、以下の三つに分けることができます。

                 一つ目は、フィールドワークに関することです。前回のフィールドワークで訪れた被災地は、瓦礫や被災した建物の多くが撤去されて震災の爪痕というものが多くは残っていませんでした。今回のフィールドワークでは前回訪れなかった、ほかの地域よりも復興が遅れている地域も回るということで、また新たなことを知ることのできる良い機会だと思ったからです。

                 

                 

                 二つ目は、前回、私の心に一番残った「復興とは何か」というテーマによるものです。前回の参加で「物理的復興」と共に「社会的・精神的復興」の大切さを学んだため、今回の参加で自分が興味を持っている建築学、都市工学、社会基盤学の観点から、この二つの復興に関して具体的に考え、社会に出た時に、自分の得意な分野で多くの人の役に立つことのできる人間になりたいと思ったからです。

                 三つ目は、前回の参加でボランティアは一度だけではなくて、何度も参加することが大事だというお話を聞いたからです。東北の子どもたちのもとには、震災以降たくさんのボランティアが来ました。ですがその中には、「さようなら、また来るね」と言って結局来ない人も多いというお話を聞きました。それが原因で子どもたちは大人をなかなか信用することができなくなるというお話も聞きました。私は前回のボランティアで「また来るね」とは言いませんでしたが、それでも、一度きりではなく、何度も来ることによって大人に対する信用を失わないでほしいと考え、今回も参加しました。

                 

                 

                 

                 一日目と四日目はフィールドワークで被災地を訪れました。私にとって四度目の被災地、やはり前回も訪れた石巻等の被災地は相変わらず建設用重機が道路を行きかい、堤防を建設し、人が住み経済的活動を行うことのできる街を再構築しており、まさに物理的復興の最中であることを感じることのできる風景でした。

                 

                 

                 しかし、四日目に訪れた福島県の沿岸部は、原子力発電所の事故によってほかの地域よりも復興が遅れていて、ガラスの破片が飛び散ったままの建物、外壁のはがれたコンビニエンスストアなど、震災後に初めて東北を訪れた時に見た風景を思い出させるようなものでした。ですが、一だけ数年前に見た被災地とは大きく違う点がありました。それは、農業放棄地に敷き詰められた大量のソーラーパネルです。震災以前と比べて一割の人しか帰還していない地域もあり、荒れてしまった農地に太陽光発電を行うためのソーラーパネルを置いて売電事業をしようとしているのです。ある意味これは発電量の「物理的復興」ととらえることできどの地域でも見かけ上の復興は進んでいると感じることができました。

                 

                 

                 その一方で「社会的・精神的復興」はどうでしょうか。現地に住む方から聞いたお話では、仮設住宅から集合住宅に引っ越した人で周りとのコミュニケーションをとることができず、「仮設住宅のほうが良かった」と話す人もいると聞きました。というのも、仮設住宅にはコミュニティルームのような施設があり、みんなで支えあって生きていくような環境が出来上がっていたそうです。

                 行政は土地の有効活用など、物理的な面では力を入れているようですが、それだけでなく地域住民のコミュニティの為の公共施設の設置などにももっと力を入れるべきだと思います。また、集合住宅を設計する側も、仮設住宅のようにコミュニティルームを設け、みんなが快適に過ごすことの住まいを作る必要があると感じました。そうすることによって、孤独の防止だけでなく、再び災害が起きた時には、「〇〇には足の不自由な方が住んでいる」、「××には高齢の夫婦が住んでいる」などの情報をもとにみんなで連携して犠牲を防ぐこともできると思います。

                 

                 

                 二日目、三日目は「いしのまきっこ広場」という子ども会を行いました。前回参加してくれた子どものほとんどが私のことを覚えてくれていてとても嬉しかったです。中でも一番嬉しかったことは子どもたちの成長を感じることができたことです。前回は、勉強タイムに「体育の勉強だ!」と言って走り回っていた子どもたちがいたのにもかかわらず、今回はみんな集中して、時間になっても勉強を続けている子や、早く宿題を終えて「中学で習う英語を教えて!」と言ってくれた意欲的な子もいました。また、前回は少し攻撃的だった子が、今回は水遊びで「守ってあげるよ」と言って私が他の子から水鉄砲で狙われるのを守ってくれて、お互いの距離が前回より縮んだように感じることもありました。

                 

                 

                 今回の経験を通して、今までには気づかなかった新たな問題点に気が付くことができ、また、ボランティア先の人たちとの信頼関係を深めることもできたので、ボランティアは継続してこそ意味のあるものだと感じました。

                 

                posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 13:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                過去の出来事ではなく(第32陣参加生徒の感想文1)
                0

                  過去の出来事ではなく

                   

                  明治学院東村山高校2年 井汲 百花

                   

                   

                   私が今回東北ボランティアに参加を志望した理由は、実際に被災した場所に行って自分の目で状況を見たいと思っていたからだ。現地に行って学ぶことが沢山あると聞き、自分もその貴重な経験をしたいと思った。地震から7年たった今、被害を受けた地域がどのように変わったのか、最近はニュースで見ることも少なくなり、実際に自分が行く必要があると考えるようになっていたからだ。次に礼拝の時に「被災地の外見の復興は進んだが、心の復興は進んでいない」という言葉を聞いたからだ。被災された地域の方々との交流などを通して、その方々のために自分ができることは行い、少しでも心に寄り添うことができたらいいなと思った。このボランティアを通し、自分が行うことはとても微力だけれども、それでも誰かを助けることができるという自信をつけたいと思った。

                   

                   

                   仙台では平和七夕の作業をした。色々な地域に住む子どもからご高齢の方々の思いが詰まった折り鶴を見て、平和の尊さを感じた。特に、私たちが配ったレイにある「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ」という言葉を見て、戦後73年経った今でも原子爆弾が落とされたという事実をしっかりと受け止めていき、その恐ろしさと命の重さを伝えていこうという思いを強く感じた。ある方が「ボランティアで頑張ってくれているのを見ると元気が出て、自分も頑張らないとって思えるよ」と声をかけてくださった。その時、私はボランティアをする意味を改めて実感することができた。

                   

                   

                   笹屋敷地区で行われた盆踊りのボランティアでは地域の方々との交流が沢山できた。小さい子たちとは話したり、遊んだりした。笹屋敷地区は2011年にあった東日本大震災の津波で大きな被害を受けた地域である。その地域に住む方々との交流はとても貴重な経験だったと感じている。皆さんはお互いに様々なことを協力しあっており、その協力によって盆踊りが成り立っているのだと実感した。そしてその協力こそが震災を乗り越えた秘訣なのではないかと思った。

                   

                   

                   フィールドワークでは津波の被害がとても大きかった地域を回った。実際に行かないとわからないことがあるとよく言われているが、私はそれは「高さ」のことだと思った。周りにある建物と津波の高さを実際に自分の目で見て、その場で比べないと、津波の本当の恐ろしさは想像することすらできないのだと実感した。

                   

                   

                   大川小学校では、津波で80人以上の児童と教職員が亡くなった。校舎を見ると辛い出来事を思い出すから取り壊したいと願う方々がいる一方で、学校内に貼ってある子どもの名前のシールを見ると、亡くなった子に会える気がするから取り壊したくないと願う方々もいた。辛く悲しい対立だと思った。その他にも沢山の対立が様々な地域で起きていたことを知った。震災はどちらも悪くないのに、お互いに責め合ってしまう原因をつくる悲しいものだ。そして命を奪い、住む場所、住んでいた証を消し去るだけでなく、今まで築いてきた隣人関係も崩してしまうものなのだ。

                   

                   

                   震災から7年経ち、やっと海水を抜いて陸が見えた所にも行った。もちろんそこには誰も住んでいない、水道もない、仮設の道路しかない。今もなお、たくさんの工事が行われていた。そのような場所がまだ多く残る中でも東日本大震災は過去の出来事になってしまうのだろうか。そして大切な人を失った方々の心の傷は一生残ってしまう。それでも過去の出来事だとまとめられてしまうのだろうか。決して過去の出来事ではないということを痛感させられた。

                   

                   

                   大切な人がいる生活、不自由のない生活に満足するのではなく、感謝の気持ちを忘れてはいけないのだということを改めて学んだ。

                  “もしあの被害を受けていたのが自分だったら...”想像して欲しい。そして東北へ行って考えてみて欲しい。必ず大切なことを学び、自分の生きる糧になると思う。

                   

                   

                   

                  posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  三回目の東北ボランティアに参加して(第31陣参加生徒の感想文1)
                  0

                    三回目の東北ボランティアに参加して

                     

                    明治学院東村山高校3年 前澤紗良

                     

                     

                     私は今回三回目の東北ボランティア活動に参加しました。その理由は高校1,2年生と過去二回参加し、継続することが大切だと思ったからです。行けるからには何度も足を運ばなければ、という思いもあります。また、以前訪れた場所がどのように変わったか、周りの雰囲気はどのような感じなのかを知るためと、子どもたちとまた一緒に遊びたいと思ったことも理由です。今回は最上級生かつ経験者ということもあり、色々と不安に思うことが多くありましたが、ボランティア・チーム一丸となって活動することができたと思います。私にとって一番といえるほど充実した4日間を過ごすことができました。

                     

                     

                     フィールドワークで訪れた大川小学校は、私にとっては三回目でもありました。壁が剥ぎ取られた教室、なぎ倒された渡り廊下などすさまじいその姿は何度見ても衝撃があり、心に痛みを感じます。そして、去年よりもロープの位置が近くなっており、今まで以上に近距離で見ることができました。また新しい発見をするとともに、改めて津波被害の恐ろしさを感じました。遺族の方々の気持ちの代わりにはなれませんが、こうして私たちが伝えることによって読んでいる人、聞いている人に少しでも心に残ってくれれば良いなと思います。

                     

                     

                     「がんばろう!石巻」看板付近の道路は見違えるように綺麗に舗装されており、一年でこんなに変わるのか、と驚きました。これから国立公園になるこの場所は、着々と準備がされており、今残っている空気感や雰囲気がなくなってしまうのかと考えると、少し寂しい気がしました。

                     

                    (2016年7月27日の第25陣で「がんばろう!石巻」看板の周辺をフィールドワーク)

                     

                    (現在は解体された雄勝公民館・2011年11月撮影)

                    (現在は解体された雄勝病院・2011年11月撮影)

                     

                     雄勝町へは初めて訪れました。海のすぐそばにあった病院は津波の被害に遭い、病院にいた全ての患者の方が亡くなってしまったと聞きました。かさ上げされた高台から見た海の姿はとても穏やかで、津波など予想ができないくらい綺麗でした。しかし、どこかで大丈夫だろう、という安心は決してしてはいけないことなのだな、と思いました。周りも工事をしており、町は変わりつつあるのだなと感じました。

                     

                     

                     二日目、三日目に開催されたいしのまきっこ広場は、一昨年・去年ともに同じ子が来てくれたので、またこうして再会し、一緒に遊ぶことができてよかったです。驚いたことは、子どもたちの成長です。去年の勉強タイムでは、すぐ飽きてしまって、走り回っている子がいましたが、今年は皆真面目に取り組んでいて、成長を感じました。初めてきた子もその空気を読んで一生懸命やっていました。いざ遊びとなると子どもたちも私たちもはじけて共に楽しめました。また、私自身、子どもたちと接することに慣れてきたので、いつもは自分のことで必死でしたが、周りのことも視野に入れながら行動することができました。

                     

                     

                     福島県の沿岸部には初めて足を運びました。車から目にした町の光景は衝撃の連続でした。倒れたままのお墓、壊れた家、中がぐちゃぐちゃになったままのお店。忘れられません。地震と津波に加えて原発事故にあったこの地域には、あの時のまま残っている場所が多く存在していました。まだ入れないところもあります。その事実を受け止めることはとても苦しいことだと思います。帰還困難になっている方々の気持ちを理解することは難しいですが、もし私だったらとても辛いです。現地の方々はそれ以上だと思います。今でもなおこのような状況に置かれている方々がいるということを頭に残しておかなければいけないと思いました。

                     

                     今回経験したことは決して無駄なことではなく、私の人生の中で貴重な体験ができたと思っています。これからどんどんと復興が進んでいき、今目にできている光景はもう見られなくなるかもしれません。だからこそこの貴重な時期に参加することができて良かったと心から思っています。

                     

                    posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 19:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    仙台市若林区の沿岸部をフィールドワークしました。
                    0

                       

                      第32陣の最終日、仙台平和七夕の飾りつけとレイ配りの空き時間に、仙台市若林区の沿岸部をフィールドワークしました。

                       

                       

                       

                       

                      笹屋敷地区の方々が避難をされていた七郷小学校、第4陣(2011年8月)が草刈りをした田んぼ、第9陣(2012年8月)がガレキ撤去作業をした畑、第9陣と第11陣(2012年12月)と第14陣(2013年8月)と第19陣(2014年8月)と第22陣(2015年8月)と第23陣(2015年12月)と第26陣(2016年8月)が「ささっこクラブ」の子ども会をした笹屋敷町内会館、津波で被災した旧荒浜小学校、深沼海岸などを回り、最後に荒浜に新しく作られた「避難の丘」に登りました。荒浜と笹屋敷を望むことができるその丘で最後のシェアリングをして、4日間の感想と今の思いを語り合いました。

                       

                       

                      明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第32陣は4日間の活動を終え、東京に帰着しました。微力な私達を暖かく迎え入れてくださった皆さまと、送り出してくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました!

                       

                       

                       

                      posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 20:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |