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大事なこと(第31陣参加生徒の感想文3)
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    大事なこと

     

    明治学院東村山高校2年 田崎結菜

     

     私は今回夏の東北ボランティア2回目の参加となりました。なぜ参加しようと思ったかと言うと1つ目は「再会」です。昨年のボランティアでいしのまきっこ広場の子どもたちと一緒に過ごしました。その時、私は仲良くなれるか不安で、あまり積極的に遊ぶことが出来ませんでした。帰ってから、仲良く遊んでいた先輩の姿を思い出しては、後悔していました。なので今回もみんなと会って、もっと仲良くなって忘れられない夏の思い出になってくれたら、という思いで参加しました。

     次に「変化」です。私が初めて見た景色は震災から6年半経った場所です。それから1年。どのような変化があり、また何を残していっているのか知りたいと思ったからです。

     

     

     まずボランティア1日目は主に石巻、女川でのフィールドワークでした。初めて見て大きな刺激をもらったのが「女川いのちの石碑」です。春のボランティアに行った人達が礼拝で話していた俳句がそのままありました。「逢いたくて でも会えなくて 逢いたくて」この短い言葉だけで切なさと寂しさ、苦しさがすごく伝わってきて、胸がいっぱいになりました。そしてもうひとつの津波記憶石には心に残る言葉がありました。「無理矢理にでも連れ出してください」今この言葉を聞いたら何を思いますか? みんな同じだと思います。必死に津波から逃げようとしている姿が脳裏に浮かぶと思います。きつく胸に刺さりました。

     

     

     そして大川小学校に行きました。去年来た時より近くで小学校の様子を見られました。佐藤先生がここで「みんながここに来たあとに『震災直後のまま残ってる』って言うんだけどそうじゃない。ちゃんと片付けて見せれる形にしたのがこれなの」と言っていました。確かにそうだ、と思いました。建物はそうかもしれないけど瓦礫とかは片付けてあって当時のままではない、勘違いしてはいけない、と改めて実感することとなりました。1回目に見た時は衝撃が大きかった大川小学校ですが、2回目の今年は少し考えることがありました。山に登って怪我をしてでも命が助かる道を選ぶのか、少しでも高いところを目指して逃げるのか…。まさか逆流して波が来るなんて、先生達も思わなかっただろうし、助かる道を選んだはずなのに、それは助かる道ではなかったことを思うと判断は難しかったのだと思いました。

     

     

     2日目と3日目はいしのまきっこ広場で子供たちと遊びました。初めて会った子も多く、やはり距離感を掴むのが難しいなと最初思ったけど、遊んだり、宿題を一緒にやったりしているうちに楽しくお話することが出来たので良かったです。去年と比べて私自身、みんなと接する時間が多く感じられました。去年は何をすればいいのかとかどう接すればいいのかとか色々考えてたら終わっちゃったけど、こんな私を覚えていてくれた子もいて嬉しかったです。いしのまきっこ広場はみんなにとっては、夏休みの楽しみの1つであってほしいし、「楽しかった!」って思って終わってくれたら私も嬉しいし、その日は逆に子どもたちから寄ってきてくれて元気も貰えたし、楽しませてもらったなって思いました。でもこうやって子どもたちから寄ってきてくれるのも、今まで先輩達や先生方が作り上げてきた信頼というものがあってのことだということを知れたのは、このボランティアで大切なことのひとつなのだと思いました。

     

     

     そして、初めて訪れた福島県。街が新しく変わりつつある宮城県とは違い、今も帰還困難区域がある福島県の沿岸部は時が止まったままのようでした。この街は一体いつどう復旧していくのだろうと考え込んでしまいました。日本はオリンピックが2020年に迫っているためそっちの方ばっかりに気が向いている、と親と話したことがあります。過去の事として収めてしまっていいのでしょうか? 東北はまだ復興していない、復旧状態なのだと去年学びました。現地に行ってみて知ることは沢山あります。私は去年現地に行くまで復興は進んでいると思っていました。でも復興ではないのだと、そして、まだ未だに復旧状態なのだということを今年参加してまた実感できました。

     

     

     ボランティアは一度行っただけでは理解は深まらないと思います。一度見てそれで満足するのではなく、何度も足を運んで、いろんな人に正しく伝えていくことが今の私たちに大事なことだと思います。でも見た目は復興しても被災した方の心の中は時が止まったままなのだと、私は感じました。だからこそ今の私たちにできることは東日本大震災を過去の出来事として捉えるのではなく、今も多くの人が苦しみ、悲しんでいることを知ること、また、今私たちは当たり前のように毎日を過ごしているけれど、その当たり前をいつ奪われてしまうのかわからないということ、そしてこの当たり前は幸せなことなんだということを感謝して毎日を生きていくことが大事なことだと思います。

     

    posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 08:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    我々の使命とは(第32陣参加生徒の感想文2)
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      我々の使命とは

       

      明治学院東村山高校1年 谷内 幹生

       

       

       草に覆われ放置された建物、重機が行きかい嵩上げ用の土が露出した津波被災地域・・・約7年が経過してもなおこのような目をそむけたくなる、もしくはまだまだ復興途上の光景が目の前に広がっている光景に私は何も言えませんでした。

       

       

       そもそも私がこの活動に参加した大きな理由は主に2つあり、一つ目の理由は「現地に足を運んで初めてわかることが沢山ある」という点でした。その大切さは3年半礼拝での報告を聴いてきたなかで先輩方が口々におっしゃっています。実際、フィールドワークで回った地域それぞれが一言では表せない非常に複雑な問題を孕んでいたことを私は現地に赴くまでほとんど知りませんでした。仮設住宅の生活環境、土地の嵩上げ工事など、ここではすべて述べきれないほどです。初日及び2日目はなぜ7年たってもこのような状況なのかと疑問に感じていました。

       

       

       2つ目の理由は現地の方が少しでも笑顔になってほしいという点です。笹屋敷地区の夏祭りにおいては、実際に直接関わる時間はあまりありませんでしたが自身がそのような活動に参加でき、少しでも喜んでいただけていると思うとこちらも嬉しくなりました。「ボランティアは微力だが無力ではない」というあのスローガンが具現化されているようでした。

       

       

       千年に一度の大災害、という一言で片づけてよいのだろうかと私は今もなお疑問に感じています。解体されてしまった当時の建物も多いですが、現地の方々は語り部や廃校を活用した防災学習施設などを通して震災を体験していない次の世代に伝えようとしている努力が垣間見えました。また震災当時のまま残されている荒浜小学校などの震災遺構の維持、保全のために努力していらっしゃる関係者も同様であると考えます。だからこそこの事実を伝えようと努力していらっしゃる現地の方々の気持ちを汲み取り、この出来事をどう次に生かしていくべきなのか、現地でなにが起こっているのかをまだ知らない人に伝えるなどしてこちらも努力してそれに応えてゆくことが我々に課せられた使命ではないかと4日間を通して強く思いました。

       

       

       しかし、それを行ってゆくには一度足を運んだだけでは不十分であることもまた事実です。また現地に赴いたことがない人にも参加してほしいと強く考えます。何度も足を運び、見て感じて伝える。これを繰り返すうちに必ず何かが見えてくると私は信じています。最後に、我々を引率して下さった先生方、現地で我々を快く受け入れて下さった関係者の皆さんには改めて感謝いたします。

      posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 11:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      継続することの意味(第31陣参加生徒の感想文2)
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        継続することの意味

         

        明治学院東村山高校2年 古澤宏太郎

         

         

         私が今回、この活動に参加しようと思った理由は前回の第30陣に参加したことによるものです。細かく、以下の三つに分けることができます。

         一つ目は、フィールドワークに関することです。前回のフィールドワークで訪れた被災地は、瓦礫や被災した建物の多くが撤去されて震災の爪痕というものが多くは残っていませんでした。今回のフィールドワークでは前回訪れなかった、ほかの地域よりも復興が遅れている地域も回るということで、また新たなことを知ることのできる良い機会だと思ったからです。

         

         

         二つ目は、前回、私の心に一番残った「復興とは何か」というテーマによるものです。前回の参加で「物理的復興」と共に「社会的・精神的復興」の大切さを学んだため、今回の参加で自分が興味を持っている建築学、都市工学、社会基盤学の観点から、この二つの復興に関して具体的に考え、社会に出た時に、自分の得意な分野で多くの人の役に立つことのできる人間になりたいと思ったからです。

         三つ目は、前回の参加でボランティアは一度だけではなくて、何度も参加することが大事だというお話を聞いたからです。東北の子どもたちのもとには、震災以降たくさんのボランティアが来ました。ですがその中には、「さようなら、また来るね」と言って結局来ない人も多いというお話を聞きました。それが原因で子どもたちは大人をなかなか信用することができなくなるというお話も聞きました。私は前回のボランティアで「また来るね」とは言いませんでしたが、それでも、一度きりではなく、何度も来ることによって大人に対する信用を失わないでほしいと考え、今回も参加しました。

         

         

         

         一日目と四日目はフィールドワークで被災地を訪れました。私にとって四度目の被災地、やはり前回も訪れた石巻等の被災地は相変わらず建設用重機が道路を行きかい、堤防を建設し、人が住み経済的活動を行うことのできる街を再構築しており、まさに物理的復興の最中であることを感じることのできる風景でした。

         

         

         しかし、四日目に訪れた福島県の沿岸部は、原子力発電所の事故によってほかの地域よりも復興が遅れていて、ガラスの破片が飛び散ったままの建物、外壁のはがれたコンビニエンスストアなど、震災後に初めて東北を訪れた時に見た風景を思い出させるようなものでした。ですが、一だけ数年前に見た被災地とは大きく違う点がありました。それは、農業放棄地に敷き詰められた大量のソーラーパネルです。震災以前と比べて一割の人しか帰還していない地域もあり、荒れてしまった農地に太陽光発電を行うためのソーラーパネルを置いて売電事業をしようとしているのです。ある意味これは発電量の「物理的復興」ととらえることできどの地域でも見かけ上の復興は進んでいると感じることができました。

         

         

         その一方で「社会的・精神的復興」はどうでしょうか。現地に住む方から聞いたお話では、仮設住宅から集合住宅に引っ越した人で周りとのコミュニケーションをとることができず、「仮設住宅のほうが良かった」と話す人もいると聞きました。というのも、仮設住宅にはコミュニティルームのような施設があり、みんなで支えあって生きていくような環境が出来上がっていたそうです。

         行政は土地の有効活用など、物理的な面では力を入れているようですが、それだけでなく地域住民のコミュニティの為の公共施設の設置などにももっと力を入れるべきだと思います。また、集合住宅を設計する側も、仮設住宅のようにコミュニティルームを設け、みんなが快適に過ごすことの住まいを作る必要があると感じました。そうすることによって、孤独の防止だけでなく、再び災害が起きた時には、「〇〇には足の不自由な方が住んでいる」、「××には高齢の夫婦が住んでいる」などの情報をもとにみんなで連携して犠牲を防ぐこともできると思います。

         

         

         二日目、三日目は「いしのまきっこ広場」という子ども会を行いました。前回参加してくれた子どものほとんどが私のことを覚えてくれていてとても嬉しかったです。中でも一番嬉しかったことは子どもたちの成長を感じることができたことです。前回は、勉強タイムに「体育の勉強だ!」と言って走り回っていた子どもたちがいたのにもかかわらず、今回はみんな集中して、時間になっても勉強を続けている子や、早く宿題を終えて「中学で習う英語を教えて!」と言ってくれた意欲的な子もいました。また、前回は少し攻撃的だった子が、今回は水遊びで「守ってあげるよ」と言って私が他の子から水鉄砲で狙われるのを守ってくれて、お互いの距離が前回より縮んだように感じることもありました。

         

         

         今回の経験を通して、今までには気づかなかった新たな問題点に気が付くことができ、また、ボランティア先の人たちとの信頼関係を深めることもできたので、ボランティアは継続してこそ意味のあるものだと感じました。

         

        posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 13:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        過去の出来事ではなく(第32陣参加生徒の感想文1)
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          過去の出来事ではなく

           

          明治学院東村山高校2年 井汲 百花

           

           

           私が今回東北ボランティアに参加を志望した理由は、実際に被災した場所に行って自分の目で状況を見たいと思っていたからだ。現地に行って学ぶことが沢山あると聞き、自分もその貴重な経験をしたいと思った。地震から7年たった今、被害を受けた地域がどのように変わったのか、最近はニュースで見ることも少なくなり、実際に自分が行く必要があると考えるようになっていたからだ。次に礼拝の時に「被災地の外見の復興は進んだが、心の復興は進んでいない」という言葉を聞いたからだ。被災された地域の方々との交流などを通して、その方々のために自分ができることは行い、少しでも心に寄り添うことができたらいいなと思った。このボランティアを通し、自分が行うことはとても微力だけれども、それでも誰かを助けることができるという自信をつけたいと思った。

           

           

           仙台では平和七夕の作業をした。色々な地域に住む子どもからご高齢の方々の思いが詰まった折り鶴を見て、平和の尊さを感じた。特に、私たちが配ったレイにある「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ」という言葉を見て、戦後73年経った今でも原子爆弾が落とされたという事実をしっかりと受け止めていき、その恐ろしさと命の重さを伝えていこうという思いを強く感じた。ある方が「ボランティアで頑張ってくれているのを見ると元気が出て、自分も頑張らないとって思えるよ」と声をかけてくださった。その時、私はボランティアをする意味を改めて実感することができた。

           

           

           笹屋敷地区で行われた盆踊りのボランティアでは地域の方々との交流が沢山できた。小さい子たちとは話したり、遊んだりした。笹屋敷地区は2011年にあった東日本大震災の津波で大きな被害を受けた地域である。その地域に住む方々との交流はとても貴重な経験だったと感じている。皆さんはお互いに様々なことを協力しあっており、その協力によって盆踊りが成り立っているのだと実感した。そしてその協力こそが震災を乗り越えた秘訣なのではないかと思った。

           

           

           フィールドワークでは津波の被害がとても大きかった地域を回った。実際に行かないとわからないことがあるとよく言われているが、私はそれは「高さ」のことだと思った。周りにある建物と津波の高さを実際に自分の目で見て、その場で比べないと、津波の本当の恐ろしさは想像することすらできないのだと実感した。

           

           

           大川小学校では、津波で80人以上の児童と教職員が亡くなった。校舎を見ると辛い出来事を思い出すから取り壊したいと願う方々がいる一方で、学校内に貼ってある子どもの名前のシールを見ると、亡くなった子に会える気がするから取り壊したくないと願う方々もいた。辛く悲しい対立だと思った。その他にも沢山の対立が様々な地域で起きていたことを知った。震災はどちらも悪くないのに、お互いに責め合ってしまう原因をつくる悲しいものだ。そして命を奪い、住む場所、住んでいた証を消し去るだけでなく、今まで築いてきた隣人関係も崩してしまうものなのだ。

           

           

           震災から7年経ち、やっと海水を抜いて陸が見えた所にも行った。もちろんそこには誰も住んでいない、水道もない、仮設の道路しかない。今もなお、たくさんの工事が行われていた。そのような場所がまだ多く残る中でも東日本大震災は過去の出来事になってしまうのだろうか。そして大切な人を失った方々の心の傷は一生残ってしまう。それでも過去の出来事だとまとめられてしまうのだろうか。決して過去の出来事ではないということを痛感させられた。

           

           

           大切な人がいる生活、不自由のない生活に満足するのではなく、感謝の気持ちを忘れてはいけないのだということを改めて学んだ。

          “もしあの被害を受けていたのが自分だったら...”想像して欲しい。そして東北へ行って考えてみて欲しい。必ず大切なことを学び、自分の生きる糧になると思う。

           

           

           

          posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          三回目の東北ボランティアに参加して(第31陣参加生徒の感想文1)
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            三回目の東北ボランティアに参加して

             

            明治学院東村山高校3年 前澤紗良

             

             

             私は今回三回目の東北ボランティア活動に参加しました。その理由は高校1,2年生と過去二回参加し、継続することが大切だと思ったからです。行けるからには何度も足を運ばなければ、という思いもあります。また、以前訪れた場所がどのように変わったか、周りの雰囲気はどのような感じなのかを知るためと、子どもたちとまた一緒に遊びたいと思ったことも理由です。今回は最上級生かつ経験者ということもあり、色々と不安に思うことが多くありましたが、ボランティア・チーム一丸となって活動することができたと思います。私にとって一番といえるほど充実した4日間を過ごすことができました。

             

             

             フィールドワークで訪れた大川小学校は、私にとっては三回目でもありました。壁が剥ぎ取られた教室、なぎ倒された渡り廊下などすさまじいその姿は何度見ても衝撃があり、心に痛みを感じます。そして、去年よりもロープの位置が近くなっており、今まで以上に近距離で見ることができました。また新しい発見をするとともに、改めて津波被害の恐ろしさを感じました。遺族の方々の気持ちの代わりにはなれませんが、こうして私たちが伝えることによって読んでいる人、聞いている人に少しでも心に残ってくれれば良いなと思います。

             

             

             「がんばろう!石巻」看板付近の道路は見違えるように綺麗に舗装されており、一年でこんなに変わるのか、と驚きました。これから国立公園になるこの場所は、着々と準備がされており、今残っている空気感や雰囲気がなくなってしまうのかと考えると、少し寂しい気がしました。

             

            (2016年7月27日の第25陣で「がんばろう!石巻」看板の周辺をフィールドワーク)

             

            (現在は解体された雄勝公民館・2011年11月撮影)

            (現在は解体された雄勝病院・2011年11月撮影)

             

             雄勝町へは初めて訪れました。海のすぐそばにあった病院は津波の被害に遭い、病院にいた全ての患者の方が亡くなってしまったと聞きました。かさ上げされた高台から見た海の姿はとても穏やかで、津波など予想ができないくらい綺麗でした。しかし、どこかで大丈夫だろう、という安心は決してしてはいけないことなのだな、と思いました。周りも工事をしており、町は変わりつつあるのだなと感じました。

             

             

             二日目、三日目に開催されたいしのまきっこ広場は、一昨年・去年ともに同じ子が来てくれたので、またこうして再会し、一緒に遊ぶことができてよかったです。驚いたことは、子どもたちの成長です。去年の勉強タイムでは、すぐ飽きてしまって、走り回っている子がいましたが、今年は皆真面目に取り組んでいて、成長を感じました。初めてきた子もその空気を読んで一生懸命やっていました。いざ遊びとなると子どもたちも私たちもはじけて共に楽しめました。また、私自身、子どもたちと接することに慣れてきたので、いつもは自分のことで必死でしたが、周りのことも視野に入れながら行動することができました。

             

             

             福島県の沿岸部には初めて足を運びました。車から目にした町の光景は衝撃の連続でした。倒れたままのお墓、壊れた家、中がぐちゃぐちゃになったままのお店。忘れられません。地震と津波に加えて原発事故にあったこの地域には、あの時のまま残っている場所が多く存在していました。まだ入れないところもあります。その事実を受け止めることはとても苦しいことだと思います。帰還困難になっている方々の気持ちを理解することは難しいですが、もし私だったらとても辛いです。現地の方々はそれ以上だと思います。今でもなおこのような状況に置かれている方々がいるということを頭に残しておかなければいけないと思いました。

             

             今回経験したことは決して無駄なことではなく、私の人生の中で貴重な体験ができたと思っています。これからどんどんと復興が進んでいき、今目にできている光景はもう見られなくなるかもしれません。だからこそこの貴重な時期に参加することができて良かったと心から思っています。

             

            posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 19:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            仙台市若林区の沿岸部をフィールドワークしました。
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              第32陣の最終日、仙台平和七夕の飾りつけとレイ配りの空き時間に、仙台市若林区の沿岸部をフィールドワークしました。

               

               

               

               

              笹屋敷地区の方々が避難をされていた七郷小学校、第4陣(2011年8月)が草刈りをした田んぼ、第9陣(2012年8月)がガレキ撤去作業をした畑、第9陣と第11陣(2012年12月)と第14陣(2013年8月)と第19陣(2014年8月)と第22陣(2015年8月)と第23陣(2015年12月)と第26陣(2016年8月)が「ささっこクラブ」の子ども会をした笹屋敷町内会館、津波で被災した旧荒浜小学校、深沼海岸などを回り、最後に荒浜に新しく作られた「避難の丘」に登りました。荒浜と笹屋敷を望むことができるその丘で最後のシェアリングをして、4日間の感想と今の思いを語り合いました。

               

               

              明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第32陣は4日間の活動を終え、東京に帰着しました。微力な私達を暖かく迎え入れてくださった皆さまと、送り出してくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました!

               

               

               

              posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 20:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              2018年8月6日、折り鶴の吹き流しを飾り、折り鶴のレイを配りました。
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                8月6日は広島に原爆が投下された日です。この日から始まる仙台七夕祭りで、18万羽の折り鶴で作った吹き流しを飾りました。

                 

                 

                この仙台平和七夕の吹き流しは、8月6日から8日までクリスロード商店街のイオン前で飾られ、秋には仙台市内のいくつかの高校で巡回展示された後、11月2日(金)〜3日(土)の明治学院東村山高校の文化祭でも展示される予定です。

                 

                 

                午後からは尚絅学院高校(宮城)と若松北嶺高校(福島)の生徒の皆さんと一緒に折り鶴のレイ(首飾り)を配りました。レイの一部は、明治学院中学校の生徒達が昨年つくって仙台に送ったものです。後輩の中学生達がつくったレイを、高校生の先輩達が配りました。

                微力な私達ですが、これからも世界平和と核廃絶を訴えてゆきたいと思います。

                 

                posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 18:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                8月5日、名取市と東松島市を訪ねました
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                  (礼拝前に教会周辺の草取りをしました)

                   

                   明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第32陣の3日目は、宿泊先の宮城野愛泉教会の礼拝に出席後、名取市と東松島市へフィールドワークに行きました。

                   

                   

                   名取市では「閖上の記憶」の語り部の会に参加、震災当時は閖上中学校3年生だった吉田耕貴さんのお話しを聞きました。証言を心に刻み、まわりの人達に伝えてゆきたいと強く思いました。

                   

                   

                   その後、名取市内にある仮設商店街や仮設住宅などを視察し、東松島市の防災教育体験宿泊施設「キボッチャ」を訪問しました。旧野蒜小学校の校舎を改装して作られた施設で、防災知識を体感して学ぶ室内パークや体験ゾーン、デジタル資料館、シアタールームなどがあり、宿泊や日帰り入浴も可能です。室内パークでは現地の子どもたちと楽しく交流することもできました。

                   

                   宿舎に戻り、今日一日の反省や感想を語り合いました。2日間フィールドワークの案内をしてくださったNPO法人ゆつけっちゃ理事長の末永克さんに感謝いたします。

                   

                   

                   最終日の明日(8月6日)は仙台平和七夕の吹き流しを飾る作業と、折り鶴のレイ(首飾り)配りをさせていただく予定です。

                   

                  posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  8月4日、津波被災地域の夏祭りのお手伝いをしました。
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                      明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第32陣の2日目は仙台市若林区の津波被災地域の夏祭りのお手伝いをさせていただきました。私たちは2011年8月の第4陣からから継続してこの地域の復興支援活動(田畑の整備作業や津波被災家屋の清掃など)に関わらせていただいています。また、この地域の子ども会のお手伝いにも参加してきました。かつてボランティアでお世話になった皆さんともこの夏祭りで再会することができました。

                     

                     今回の夏祭りではスーパーボールすくいとヨーヨー釣りを担当したのですが、それ以外にも焼きそば作りやカキ氷、綿あめなどのお手伝いもさせていただきました。

                     

                     

                    地域の方々と交流しながら、楽しい夏祭りとなりました。

                     

                    posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    8月3日、仙台平和七夕のお手伝いをしました。
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                      第32陣の初日は会津北嶺高校のボランティア・チームと合流後、現地をフィールドワークしました。

                      夕方から仙台YMCAへ移動し、仙台平和七夕のお手伝い(折り鶴の首飾り作りや、吹き流し用の花作りなど)をしました。

                       

                      8月6日〜8日に開かれる仙台七夕祭りで、折り鶴の吹き流しをクリスロードに飾りますので、皆さんぜひ見に来てください!

                       

                      posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 07:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |