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本当の復興とは(第26陣参加生徒の感想文7)
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    本当の復興とは

     

    明治学院東村山高校1年 橋本汐理

     

     

     私がこの東北ボランティアに参加しようと思った理由は、2011年3月11日東日本に大きな被害をもたらした東日本大震災が起こった際にテレビで何度も何度も連日流されるニュースを見て、衝撃を受けたからです。私たちが今、テレビを見ているこの瞬間に同じ日本でこのようなことが実際に起きているのだと考えると目が離せませんでした。ヘリで上空から撮影された津波の映像や、崩壊した建物、火事で燃えているガレキなどは見ている人にも強いショックを与えました。

     そして、今もなお自分の家に戻れず大変な生活を送っている人もいるのだということも知り、今の自分に何ができるのかを考えたときにこのボランティア活動のことが浮かびました。私が行って、何か大きな変化がもたらされるとは思いませんが被災した方々の話を聞き、自分ができることを精いっぱいすることで力になれることは沢山あるんだという気持ちで参加しました。

     

     

     実際に参加して、現地でたくさんの慰霊碑を見ました。そこにはたくさんの人の名前が書いてあり、その中には私たちと同じ年くらいの人やまだまだ幼い人の名前も書いてありました。あの一瞬で多くの人が犠牲となり未来を奪われてしまいました。時間が経過すれば、いずれ「過去」になってしまいますが多くの犠牲者を忘れてはいけない、彼らが生きていたことを過去にしてはいけないと感じました。あの日、あの時なにがあったのかを理解し後世に伝えていかなくてはならないと思います。

     

     

     また、現地の方とお話をさせていただく機会がありました。みなさん明るくて、優しくしていただきました。そこで改めて、この人たちが便利で安心できる生活が送れるようになって欲しいと強く思いました。

     

     

     今回のボランティア経験でたくさんのことを学びましたが、1番知って驚いたことは、現地の方が感じる「復興」に対する気持ちの違いです。私は復興することは皆にとって良いことなのだと思っていましたが、倒壊した建物を取り壊して新しい建物に建て替えても、そこで亡くなった方は戻ってこないし、遺族の方は会えなくなってしまうと感じるということを知り、「本当の復興」とは何か考えさせられました。復興は目に見えるものだけが復興なのではないということを知り、その言葉の重みを感じました。

     

     

     今回、このボランティアに参加しただけで全てを分かったつもりにならず、継続的に参加して少しでも色んな人にあの日なにがあったかを自分の言葉で伝えていかなくてはならないと思います。

     

     

    posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 17:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    一度だけで満足をしないこと(第26陣参加生徒の感想文6)
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      一度だけで満足をしないこと

       

      明治学院東村山高校1年  佐々木あおば

       

       

       私は、今まで人の役に立てたことがありませんでした。それどころか、人に助けてもらうことばかりでした。私がこのボランティアに参加した理由は、人の役に立ちたいからというのもありますが、本当に東北の人達を震災から救いだしたいという強い願いがあったのもありました。私は、父が岩手県出身なのでよく岩手に遊びに行ったりします。岩手に行く途中で仙台に寄っていたりしていたので、仙台はほとんど元通りになっていることは知っていました。でも、宮城県内で仙台以外の地域にはほとんど行ったことがなかった私は、まだ全然復興が進んでいない地域があることを知りませんでした。

       

       

       実際にフィールドワークでまだ復興が進んでいない場所に足を運んでみると、津波で流された家具がそのままだったり、片付けたとはいえまだまだ震災当時のままの老人ホーム、さらには未だに仮設の神社やお寺など震災当時から何も復興が進んでいないも同然のような建物がまだまだたくさんありました。

       

       

        あの時この場所で辛い思いをして亡くなった人がいると考えると涙がこぼれそうになりました。自分を含め、震災の影響を受けていない人には分かることのない辛さだったと思います。でも、実際に行ってみないと分からないことだらけで、知っていたつもりだっただけで、自分の甘さを改めて思い知らされました。

       

       

       また、子ども達とは流しうーめんやヨーヨー釣りをして一緒にふれあい、楽しむことができました。震災を少しでも忘れて楽しんでくれていたようでとても嬉しかったです。

       

       

       しかし、私は今回のボランティアで一度だけで満足をしないということを学びました。確かに今回のボランティアで少しでも被災者の方達の役に立てたかもしれません。でも、一度ボランティアをしたからもういいやという訳ではないし、何度も訪れてボランティアをすることに意味があると思います。そして何よりもまた会おうねという子ども達との約束を破る訳にはいきません。だから私は、来年もそしてこれからもボランティアに参加したいと思います。私にできることは、ほんとに小さなことかもしれません。でも、それがたくさんの人の役に立てるのならこんなに嬉しいことはありません。ボランティアは当たり前のことで、そして復興はこれからも続いていきます。それを支えられるように今回の体験を生かして次につなげられるようにしたいと思います。

       

      posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 18:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      ボランティアとは何なのか(第26陣参加生徒の感想文5)
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        ボランティアとは何なのか

        明治学院東村山高校1年 上田裕未

         

         

         私は今回、初めてボランティアというものに参加しました。震災を体験したのも東京で、東北にもあまり行ったことがなく、東日本大震災についてもマスメディアでの情報しか知識がありませんでした。そんな私がボランティアに心惹かれた理由は、朝の礼拝でのボランティア・チームの活動報告を聞いたときでした。先輩方の多くが、「震災の爪痕というものは、自分で見ないとわからない」と言っていて、その言葉が心に残り、参加を決意しました。

         

         

         実際の被災地は、想像していたものと大きく違っていました。私の中には、5年もたてばほとんど復興していて、みんな震災前のように生活しているのだろうという甘い考えがありました。しかし、実際はまだまだ復興が終わっているとはいえない状況でした。放っておいた草花はぼうぼうにのび、津波の被害を受けた建物が残っている場所もありました。これでも全く手をつけていないわけではなく、片付けが済んだところだというお話を聞き、震災が起こった当初は本当に想像もできないくらい大変だったのだなと思いました。

         

         

        写真や動画でその地域の状況は知ることができます。しかし、訪れてみないと感じられないことはたくさんあります。朝の礼拝での活動報告の先輩方の言葉が印象に残り参加したのは事実ですが、本当にそうなのかという思いも心の中にありました。しかし、その言葉は本当だったのだなと今回感じました。実際に行ってみないとわからないこともあるし、いろいろな話を聞くこと、いろいろなものを見ることが大切だと思います。復興には時間がかかると思いますが、地道にでも震災前の姿に少しでも早く近づいていってほしいです。

         

         

         今回のボランティア活動で心に残ったことがあります。それは被災者支援センター・エマオでお話を伺ったときの「本当の復興は心の中、目に見えない部分」という言葉でした。今まで住んでいた場所には住めなくなってしまい、仮設住宅から集合住宅に移ることができても、孤独死をしてしまう高齢者の方も多いそうです。目に見えない精神的な部分などの、被災者の方の思いも大切にすることがボランティアなのだと学びました。

         

         

          しかし、ボランティアをしているつもりでも、他の人にとっては迷惑になっているかもしれません。そのようなことを考えると、ボランティアは難しく、とても奥が深いものだなと痛感しました。私は今まで、なにかを手伝ったらボランティアだと思っていました。しかし、ボランティアとはそんな軽いものではなく、他の人のことも考えて行動しなくてはいけない大変なものだとわかりました。また1度のボランティアで満足をしてはいけないことを学びました。1回来ただけですべてを知れたわけではありません。1回で自己満足をせず、何度も自分のできることを続けていきたいです。

         

         

         震災から約5年という月日がたちました。わたしは、東北を訪れるまで震災についてほとんど頭の中にありませんでしたが、まだ苦しんでいる人がいると知り、忘れてはいけないことだと思いました。わたしにできることがあるかはわかりませんが、少しでも周りの人に自然災害の脅威を伝えていきたいです。

         

        posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 19:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        忘れてはならないこと(第26陣参加生徒の感想文4)
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          忘れてはならないこと

                                明治学院東村山高校2年 黒崎 夏帆

           

           

           私が東北ボランティアに参加したのは、昨年の夏に続き2度目です。ボランティアを志望した理由は2つあります。まず一つ目は、小学校に入学するまでの4年間を過ごした仙台で、少しでも被災地や被災者の力になりたいと思ったから、そして、二つ目は、昨年のボランティアで出会い「またね」と言って別れた子ども達との再会を果たすためです。佐藤先生から、「『またね。』というのは、『また会おうね。』と言う意味なのだから、それを守れる大人になりなさい。」と言われました。一度きりで来なくなるボランティアが多いのだそうです。私は、このような大人にはなりたくないと思い、昨年のうちから、来年も参加しようと決めていました。

           

           

           

           フィールドワークでは、昨年と同じ場所も訪れたのですが、1年前とは違うと感じることがありました。震災後、防風林が倒れ、辺り一面草だらけになっていた荒浜には、昨年ボランティアで訪れた時、木や棒に黄色いハンカチが結ばれていました。黄色いハンカチは、荒浜の住人の方々が、「また荒浜に戻ってくる」との願いを込めて結んだものです。しかし、今回行ってみると、たくさんあった黄色いハンカチが3ヵ所ぐらいにしかありませんでした。ハンカチはどこにいったのか尋ねると、「結んだ本人が、ここにもう一度住むことをあきらめて、取ってしまった可能性が高いだろう。」ということでした。私は、その話を聞いて、またいつか震災がおき、津波がくることを考えると、海の近くよりも、安全な所で暮らした方がよい気がしました。しかし、住み慣れた土地を離れなければならない辛さを思うと、胸が苦しくなりました。『天災には人の力は無力』と、現地の人から何度も言われました。津波は一瞬で私たちの生活を奪ってしまう、本当に恐ろしいものです。

           

           

           現地の人から言われて一番心に残っているのは、『ボランティアの人がしてくれることが、必ずしも現地の人が求めていることとは限らない。』という言葉です。ボランティアの人がやりがちな行為で一番困るものは、花を植えることだそうです。花を植えて、それに満足し、世話をしに来ないボランティア。花にお水をあげにいくのも、枯れた時、処分をしに行くのも現地の人だそうです。やりっぱなしでは、ボランティアとは言えません。一度訪れただけで満足してしまうような人にならないように気をつけようと思いました。

           

           

           今回のボランティアで一番嬉しかったことは、昨年会った子どもたちと再会できたことです。私のことを覚えていると言ってくれた子もいて、それだけでも嬉しかったのですが、「また来てくれてありがとう。」と、言われた時は、涙が出そうになりました。今回初めて一緒に遊んだ子もいましたが、たくさんの笑顔を見せてくれました。

           

           

           私は、今回ボランティアに参加したことで、昨年よりさらに東日本大震災について知ることが出来ました。閖上の記憶という場所で見せてもらった映像は、5年たった今も、鮮明に覚えている津波が映しだされました。YMCAの油谷さんが、「8月6日、9日に起きた広島、長崎への原爆同様、3月11日に起きた東日本大震災のことを忘れないでほしい。そして私は若者に伝えていきたい。」と、おっしゃっていました。

           

           

           私達に出来るボランティアは限られています。毎回、現地に行って活動出来るわけではありません。しかし、私達が今回見て学んだ被災地の様子を、周りの人達に伝えていくことは可能です。少しでも多くの人に被災地のことを知ってもらいたい。そしてボランティアに参加しようと思ってくれたら嬉しいです。私は、来年も東北ボランティアがあるのなら参加したいと思います。大人になったら、自分でお金を貯めてでも行きたいです。今年も色々なことを学べた4日間でした。今後も「またね」の約束をした子ども達に会いに行きたいと思います。

           

          posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 21:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          「スローワーク」ということ(第26陣参加生徒の感想文3)
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            「スローワーク」ということ

             

            明治学院東村山高校2年 川嶋夏月

             

             

             私は、去年の夏に初めて東北へ行きました。そこで見たこと、感じたことは、私にとってとても大切なものです。だから、また必ず行き、去年出会った人たちと再会したいと思っていました。しかし、今回私は去年とは少し違う場所、宮城県仙台市とその周辺で活動しました。去年とは全く違う活動や場所で、想像がつかず、少し不安もありましたが、一日目の現地でのフィールドワークの中で、昨年訪れた場所もあり、昨年との変化を感じ、さらにじっくり見て回ることもできました。

             

             

             去年も「がんばろう!石巻」看板に行きましたが、まわりを歩いて回るのは初めてでした。一見すると周りは背の高い草に囲まれているだけに見えます。しかしそこには、生活していた人たちの証拠がありました。横倒しになった電化製品や片方だけの上履き、家の基礎、かつてあった自分たちの家であることを示すのであろう印が風に揺れていました。震災直後は近くにある工場の原料である紙パルプや肥料が大量に流れてきて、水を含み、悪臭が立ち込めていたそうです。五年たった今、その匂いを感じることはできないけれど、今だからこそ感じること、見ることができた部分があったと思います。

             

             

             その場所に立った時、ああ、去年もここに来て、こういう話だったな、とか、ああ、そういえばそうだった、などという風に、見たり、聞いたり、訪れた瞬間に思い出すことが多かったです。

             「人は必ず忘れてしまう」 本当にそうであるな、と実感した4日間でした。

             

             

             閖上地区にある「閖上の記憶」は遺族の方たちが、伝えていこうとして立ち上げた場所です。私はそこで、映像でしたが、はじめて人が流されていく瞬間を見ました。津波の映像はあれから何度も見ましたが、今までこんなに見ていて辛くなるような、緊張するものは初めてでした。車に乗っている人たちが津波に気づいていないということにも驚きました。道路を走る車は、津波が来るぎりぎりまで気づくことは少なく、実際、映像でも津波が来ているのに逃げる様子がない車や、海に向かうものさえありました。「閖上の記憶」には映像だけでなく、震災後に子どもたちが作った町の模型や写真をはじめとする、たくさんの人の思い出とぬくもりがありました。建物の横にある慰霊碑はたくさんの人に触られ、そのぬくもりを私に与えてくれたように感じました。

             

             

             今回、一年ぶりに宮城を訪れて、復興に大きな「差」があると感じました。仙台駅の周辺は地震や津波のことを感じさせるものはほとんどなくて、復興したように見えました。しかし、仙台駅から2、3駅しか離れていないところでも、地震によって崩れたところがそのままだったり、石巻市内はあまり風景が変わっていなかったりと、こんなにも差があるのだと驚きました。

             

             

             また、町の復興における問題点だけでなく、5年たった今だからこそ起きる問題も今回知ることができました。仮設住宅というと、生活のなかでの音が気になったり、十分な部屋が確保できなかったり、暑さや寒さが厳しかったり、マイナスのことばかりというイメージを持っていましたが、実際には、距離が近いからこそのメリットもありました。5年たつと、仮設住宅を出て多くの人が新しく建設された復興住宅に住むそうです。それは、快適な環境で安心して暮らせるかもしれないけど、5年かけて作って来たコミュニティーをすべて壊して、また一から始めなくてはならないということを意味しています。そう聞いたとき、私は人と関わるのがとても苦手なので、もし自分だったら、つらくて、つらくて、どうなるかわからないと思いました。

             

             

             5年たっても解決しない問題もたくさんあるし、新たに出てくる問題もあって、本当に終わりがないと思いました。でも、だからと言って、いきなり何かを変えるのもよくないと思います。被災者支援センター・エマオが心がけている「スローワーク」がボランティアをする上で、最も重要なことで、自分も意識していきたいと思いました。ボランティアをする時、自分の力以上のことをしたいと思ったり、空回りしてしまうことがあります。どうしていいかわからないときもあります。でもそうじゃなくて、相手に合わせて、ゆっくり着実に進む、ということ。現地の人たちにとっては、どんなボランティアよりも「ずっとそばにいますよ」という支援が何より必要なのだと思いました。

             

             

             

            posted by: とび | 第26陣(2016年8月) | 16:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            2016年ヘボン祭報告
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               2016年11月2日(水)〜3日(木)、ヘボン祭が開かれました。有志ボランティア・チームは、活動報告会と活動報告パネル展示、仙台平和七夕の吹き流し展示、東北復幸市をおこないました。

               

              (第26陣の上田さん、佐々木さん、川嶋さん、黒崎さんが吹き流しを飾りました)

               

               準備日の10月31日、仙台から届いた平和七夕の折り鶴の吹き流しを管理棟2階〜3階の吹き抜けに飾りました。今年の仙台七夕祭りで飾りつけに参加した第26陣の4人が協力して飾ってくれました。吹き流しをヘボン祭で飾るのは今年で6回目です。今年も「すごい!ぜんぶ鶴で出来てる!」と歓声があがりました。

               

              (吹き抜けに活動報告パネルを展示しました)

               

               11月3日のヘボン祭公開日には、ボランティア・チームがこれまでの活動を通して関わりができた被災企業の復興商品(木の屋石巻水産の缶詰や山形屋商店のわかめ用ドレッシングなど)の販売をしました。おかげさまで今年も売れ行きは順調でした!

               

              (若松第一高校の皆さんと一緒に東北復興市を開きました)

               

               午後はMM教室でボランティア報告会を開きました。東北第25陣に参加した前澤さん、須田さん、杉原くん、佐藤くん、東北第26陣に参加した佐々木さんと上田さん、常総ボランティアに参加した千葉くん(1陣)、児玉さん(2陣・5陣)、松崎さん(4陣)、白井さん(4・5陣)に報告発表をしてもらいました。

               

              (東北第25陣の報告をする須田さん、前澤さん、佐藤くん、杉原くん)

              (東北第26陣の報告をする佐々木さんと上田さん)

               

              (常総ボランティアの報告をする松崎さん、児玉さん、千葉くん、白井さん)

               

               報告会には第26陣が一緒に活動した若松第一高校(福島県)の生徒5名と引率の新田先生・黒金先生も来校し、感想を述べていただきました。「来年の夏も一緒に宮城でボランティアをしよう!」と約束してくれました。報告会に参加してくださった皆様、物品販売に協力してくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました!

               

              (ヘボン祭に応援に来てくれた若松第一高校の皆さん)

               

               来年の春休みには東北第27陣の派遣を計画しています。また、今後は熊本などでも活動したいと願っています。これからも微力ながらも継続して活動をしてゆきたいと願っています。今後とも応援よろしくお願いいたします!

               

              posted by: とび | ヘボン祭 | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              11月3日のヘボン祭でボランティア報告会を開きます!
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                明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム 

                ボランティア報告会のお知らせ

                 

                明学東村山有志ボランティア・チームでは、2011年5月から現在まで計26回、のべ200名以上の生徒・卒業生・教職員を東日本大震災の被災地・復興地へ派遣して来ました。2015年からは茨城県常総市でも活動をしています(計7回、生徒52名が参加)。

                 


                 

                今年も11月3日の文化祭でボランティア報告会を開催しますので、ぜひ多くの皆様にご出席あたまわりたいと思います。

                 

                東北25陣〜26陣・常総1陣〜6陣 ボランティア報告会
                 11月3日(木・祝)12:30〜13:30

                 
                *一般公開日ですので、どなたでも参加できます。事前申し込みは不要です。ぜひご出席ください!


                場所:明治学院東村山高校 管理棟3階MM教室にて





                (東北第25陣は2016年7月27日〜30日、石巻で活動。仮設住宅での子ども会や石巻の子ども教育支援などに参加)


                (東北第26陣は2016年8月3日〜6日、仙台と石巻で活動。仙台平和七夕のお手伝いや仮設住宅での炊き出し、若林区の子ども教育支援などに参加)

                 

                (常総第1陣・田んぼのガレキ撤去作業)

                (常総第2陣・被災したボトルの洗浄作業)

                (常総第5陣・被災家屋の泥だし、ねじ抜き・くぎ抜き・タイルはがし)

                (常総第7陣・納屋の被災家財の整理作業)


                *今年も石巻の被災企業の復興商品(山形屋商店のわかめ用ドレッシングやフリーズドライ味噌汁、木の屋石巻水産の缶詰など)の販売をおこないます。ぜひお買い求めください!




                *また、8月6日〜8日の仙台七夕祭りで飾られた、「平和七夕」の折り鶴の吹き流しもお借りして、展示します。ぜひ見に来てください!

                 

                東北第26陣で一緒に活動した若松第一高校(福島)の皆さんも報告会に参加する予定です!


                 

                posted by: とび | ヘボン祭 | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                伝えなければいけないこと(第25陣参加生徒の感想文6)
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                  伝えなければいけないこと

                   

                                明治学院東村山高校1年 前澤紗良

                   

                   

                  私は今回、第25陣の東北ボランティアに参加しました。参加した理由は、以前からボランティア活動に興味があり、朝の礼拝での佐藤先生のお話などを聞いて、私も参加したいと思ったからです。実際に被災地へ行ってみて、感じたことがたくさんありました。驚き、悲しみ、苦しみなど数え切れないほどでした。

                   

                   

                  一日目は、フィールドワークで様々な被災地を回りました。閖上地区では周りは何もなく、向こうの方に木が数本、懸命に立っているだけでした。現地の方々のお話しを聞くと、元はこの場所は、多くの家が建っていたそうです。全て、津波に流されてしまいました。「今までずっと隣にいた人が、気がついたらもういない。来ると思っていた明日は来なかった。亡くなった人々が1、2と数になっていくむなしさ。」と現地の方は、熱い口調で語っておられました。

                   

                   

                  被害が大きかった大川小学校にも行きました。信じられない光景でした。コンクリートは津波に流され、大きな柱も倒れており、津波の恐ろしさを感じました。実際の津波の到達地点の印を見た時、何も考えられませんでした。あまりにも高くて全く想像ができませんでした。この津波で多くの方々が犠牲になったと思うと、辛くて胸が痛かったです。慰霊碑に記されている一人一人が大切な命を落としたのです。中には幼い子もいました。1歳の子や3歳と5歳の兄弟など、慰霊碑のこの年齢を見たとき、この子たちは、まだこれからの人生が待っていたはずなのに、一瞬にして奪われてしまったんだと思いました。私はこの時、津波への怒りを覚えました。

                   

                   

                  女川町では、20m以上の津波が来たと聞きました。それなりに高い所にある小さなお店を伺いました。さすがにここまでは津波は来なかっただろう。そう思っていました。しかし、津波はこんなにも高い所まで襲ってきたのです。しかも、近くの病院の1階まで浸水したといいます。もうそれは恐ろしいぐらいの高さでした。女川町には、津波が何度も町をのみこんでいったのです。女川中学校の生徒が残した石碑の言葉は心に残りました。「この石碑より上へ逃げること。逃げない人がいても絶対に連れ出すこと。絶対に家に戻らないこと。」千年後の人達へ伝えようという意思が突き刺さってきました。絶対に忘れてはならないと思いました。

                   

                   

                  石巻市の門脇町・南浜町では、元は多くの家があった所も一面雑草で覆われており、冷たく、むなしい風ばかりが吹いていました。草むらには、お風呂や冷蔵庫、湯呑み、ボロボロになった上履きなどが生々しく残っていました。亡くなった方々の分まで生きなければいけない、と強く思いました。5年たった今、まだこのような状況だということ、復興は本当に大変なことで、とても時間がかかるということが分かりました。それでも、みんな前を向いて復興に向けて頑張っていました。

                   

                   

                  2日目から4日目は、石巻の子どもたちと一緒に遊びました。初めは子ども達と上手く馴染めるか不安でしたが、自分から話しかけないと何も始まらないと思い、勇気を出して話しかけました。子どもたちも自分から話しかけてくれるような元気で明るい子ばかりで、その場の雰囲気も明るくなりました。

                   

                   

                  ゲームをしたり、流しそうめんをしたり、ヨーヨーすくいや水遊び、水族館へ行ったりなど、たくさん遊びました。初めて会った子たちなのに、お互い容赦なく水をかけ合う仲となりました。とても仲良くなれて嬉しかったです。しかし、子どもをうまく注意できなかったなど、反省点も多くあります。一緒に遊んだこどもたちのキラキラとした笑顔は忘れません。

                   

                   

                  今回、ボランティアに参加して伝えたいことがたくさんあります。様々なことを感じることができ、本当に良い経験になりました。少しでもボランティアに関心を持ってもらいたいです。また機会があったら参加したいです。

                   

                   

                  posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  問い続けること(第25陣参加生徒の感想文5)
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                    問い続けること

                    明治学院東村山高校2年 佐藤吉孝

                     

                     

                    私がボランティア活動に参加しようと思ったきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災の傷跡がまだ残りつつあると新聞やニュースサイトなどで知ったことでした。しかし、そのことが書かれている記事はとても小さく、あまり大きな話題ではないのだとその時感じました。“あの日”から約5年がたち、まだ仮設住宅に住んでいる人たちや復興作業がまだまだ行き届いていない被災地があるという現状。

                     

                     

                    私は被害を受けた人たちや地域は、どの段階まで復興したのか。まだ仮設住宅に暮らしている人はどのくらいいるのか。肉親や友達、仲間を亡くした人たちは、どう日々を過ごし生きているのか。そこにある事実を知ったり感じたり、伝えたい。メディアを通してからの視点ではなく自らの目で現実を見たいと思ったので、このボランティア活動に参加しようと決意しました。それと、自分がこれからの人生を選択していく中で、良い経験になったらと思ったのもありました。

                     

                     

                    実際に参加してみて私が感じたのは、メディアを通して伝えられる情報なんかよりも、その場所に行き、実際に自分で見たり、聞いたり、触れ合ったりして感じたことの方が、とても価値があると思いました。どうしても私はいつもそういった記事の情報の事実を知ろうとせずに自分で勝手に思い込んで終わらせてしまっていました。しかしこのボランティアという経験を通して、うわべだけで決め付けてはいけない、その本質を知ることがなによりも大切だということを知りました。

                     

                     

                    このボランティアの中で私が思った本質といえるのは、この活動をして自己満足で終わるのではなく、活動をし続けることなのだと思いました。自分が他の人の助けになった、とても楽しかった、それだけの気持ちや考えではいけないような気がします。自分の取った行動は、本当に相手のためになったか、心を読み取ることはできたのか。答えのない問いをずっと繰り返し、手助けをする意味を理解していくのだと思います。

                     

                    私はこれからもこの活動に対して問いを繰り返し続けていこうと考えています。

                     

                    posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 22:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    平成の巨大津波と向き合う(第25陣参加生徒の感想文4)
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                      平成の巨大津波と向き合う

                       

                      明治学院東村山高校1年 木村風香

                       

                       

                       ボランティアに参加するのは2回目で、今回は、1回目の常総ボランティアとは全く異なる活動内容だった。普段わたしが新幹線に乗ることはめったになく、宮城県には足を踏み入れたことすらなくて、珍しいことでいっぱいの4日間を過ごした。

                       「復興していると思ったけれどしていない」礼拝でボランティア報告を聞くたびに、先輩方はそう言う。そのとき、わたしが感じるのは、「悲しい気持ち」と「信じられない気持ち」。だから、本当に復興が進んでいないのか、自分の目で確かめたいと思った。

                       

                       

                       仙台駅から近い場所は、5年前に大地震が来たことなんて忘れるくらいに復興しているように見えた。でも、少し奥に入ると、先ほどとはうってかわって、5年前から大して変化していないような景色が広がっていた。驚いたのは、大川小学校の近辺。震災から5年以上たったいま、やっと遺体の捜索が始まったというのだ。山盛りの土、何台ものブルドーザーを見て、唖然としてしまった。

                       

                       

                       「がんばろう!石巻」の看板の近くを歩くと、靴底やぬいぐるみなど、その瞬間その場所に人がいた痕跡がたくさん残っていた。まるで放ったらかしにされているようで、本当にこれでいいのか疑問に思った。

                       

                       

                       「閖上の記憶」で案内をして下さった男性の「1000年後には私の言葉は届かないけれど、土地が伝えてくれる」という言葉を聞いて衝撃を受けた。自分にできることを見つけて、些細なことでもいいからお手伝いさせていただく。それが被災者の方の元気に繋がるなら、いくらでもできると思う。津波の被害は、自分が思っていた何十倍、何百倍も大きくて怖くて、自分の被災地に対する考えの甘さを実感した。

                       

                       

                       いしのまきっこ広場には、たくさんの子が参加してくれた。最初はお互い距離を感じていた子と、同じ時間を共有することでいつの間にか打ち解けられていて、言葉はなくても絆は深められることを教えてもらった。手を繋いだり、隣に座ったり、名前を呼び合ったり、子どもたちと一緒に過ごす時間は笑顔で溢れていた。

                       

                       

                       でも、楽しいことだけではなく反省することのほうが多かった。危ない行動をとる子に注意すること、子どもから目を離さないこと。ボランティアは集団行動なのに、自分のことばかり考えてしまった。指示を待たず、視野を広くし、先の先を見通して、自分から行動すること。子どもと一緒にいる間は、その子の命を預かっているのは自分だから、その自覚を持つことが大事だと知った。

                       

                       

                       石巻へ行って感じたことは、もちろん土地の復興も大事だけれど、被災した方の心の復興も大事だということ。人は、辛い思い出に背を向けて忘れようとする。でも、背を向けたらいつまでも辛い思い出に追いかけられてしまう。だから向き合って、改めて、あの日に起きたことを考えることが、心のケアに繋がることを学んだ。

                       

                       

                       5年前の3月11日。わたしが行った場所でたくさんの人が亡くなった。その場所には津波というとても怖いものがやって来て、街をぜんぶ飲み込んで、なにもかもさらっていった。今夏、その場所に行くことができたのは、わたしが生きているから。5年前に海底と化した場所を歩いて、生きていられることの幸せを痛感した。

                       

                       

                       被災地のことを、被災地の方の想いを背負って、しっかりと伝えていかなければならない。ボランティア参加者にはその使命がある。それから、また被災地へ足を運ぶこと。もし有志ボランティアチームが解散してしまっても、わたしはきっと被災地ヘ向かう。完全な復興までまだ時間がかかる場所もあるかもしれないけれど、被災地は確実に復興への道を進んでいる。だから何度も何度も足を運んで、その度に変わっていくところを見つけられたら嬉しい。

                       佐藤先生、現地の方々、たくさんの方にお世話になって、またボランティアに行って帰ってくることができました。関わってくださったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!

                       

                      (2016年9月10日、明治学院東村山高校の礼拝でのボランティア報告会)

                       

                       

                       

                       

                       

                      posted by: とび | 第25陣(2016年7月) | 16:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |