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子どもたちとの再会(第28陣参加生徒の感想文4)
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    子どもたちとの再会

    明治学院東村山高校2年 前澤紗良

     

     

     復興が確実に進んでいる。2度目の地に立って私は思った。

     

     私は今年の夏、2回目の東北ボランティアに参加しました。理由は、被災した所が一年を経てどう変わったのか。去年一緒に遊んだ子どもたちと交わした、「また来年会おうね」という約束を果たすためです。また、去年はあまり積極性がなかったので、そこを反省点として克服したいと思ったからです。

     

     

     一日目のフィールドワークでは、去年も行った場所にまた訪れることができました。大川小学校や「がんばろう!石巻」看板などです。大川小学校は去年と特に変わりはなく、少し花がふえているなと思いました。大川小学校の悲惨な跡を見ると、震災を思い出させられます。今でも遺族の方々が、学校側にもっとちゃんとした避難の仕方があったはずだ、と裁判をしているそうです。どんなに裁判をしてもどんなに訴えても、裁判に勝ったとしても、遺族の方々の気持ちは癒えません。亡くなった子どもたちは帰ってきません。命は何にも代えられないのです。この姿を学校のみんなにも生で見てほしいと思いました。

     

     

    「がんばろう!石巻」看板付近は去年と同様「ど根性ひまわり」がありました。何度みてもその力強さに感動します。周りの道路はかなり整備されており、去年はまだ骨組みであった復興住宅は立派な建物になっていて驚きました。周りも少しずつ工事をはじめ、去年よりも思いのほか復旧が進んでいて嬉しかったです。岩沼市の千年希望の丘、名取市の旧鈴木邸、仙台市の荒浜小学校、旧野蒜駅、おのくんハウスは初めて訪れました。どの場所も震災を忘れないでほしいという気持ちが伝わってきました。今回のフィールドワークは2回目ということもあり、去年とは違った角度で考えることができました。

     

     

    また、子どもたちともたくさん遊ぶことができました。去年も会った子どもたちとまた再会することができて、本当に嬉しかったです。向こうも私のことを覚えててくれたりして、来て良かった、約束を果たすことができて嬉しいと心から思いました。子どもたちはいつ見ても元気で一緒にいて楽しかったです。去年よりも何倍も楽しく過ごせました。

     

     

    「命のかたりべ」の高橋匡美さんのお話は心に残りました。実際に震災で両親を亡くした高橋さん。このことをきっかけに毎日の生き方が変わったとおっしゃっていました。今まで16年間、私が家族や友達と一緒にすごせていたことがどんなに幸せだろう。今まで過ごせたことは奇跡だと思います。今すぐ家族、友達に、いつもありがとうという感謝を伝えたいです。

     

     

    写真で伝える被災地にも訪れました。私の一つ上の中村さんと千葉さん。震災がおきた当初から被災地の写真を撮り続け、今でも写真で伝えています。ずっと本部に行ってみたかったので嬉しかったです。年もあまり変わらない中、写真を撮ろう、残そうという考えを持つことがすごいなと思いました。このような活動をしているということを少しでも多くの人に伝えたいと思いました。

     

     

    東松島市のあおい東集会所では、あおい地区に住んでいるお年寄りの方々と交流しました。一緒に素麺を食べながら様々なお話を聞くことができました。ずっと子どもたちと遊んでいたので、大人の方々とこうしてお話をすることは新鮮で、とても貴重な経験になりました。このあおい地区の方々は津波で家が流され、もう住めないことから移住してきた方々がほとんどだといいます。だからこそこのような交流会がとても大切だと思いました。「一緒に話をしてくれるだけでも、十分なボランティアなんですよ」と、地区会長の小野さんがおっしゃっていました。この言葉は私の心に大きな衝撃を与えました。そうか、これもボランティアっていうんだ、と。私はこの言葉を一生忘れません。

     

     

    地域の方々は暖かく、優しい方ばかりでした。多くの貴重なお話を聞けて嬉しかったです。最後に私たちが一人一人挨拶をしている時も、みなさんは真剣に聞いてくれて暖かい目で見ていただいて嬉しかったです。そして、最後に「ありがとう」とみなさんが言いながら、大きな暖かい拍手を送っていただいた時、私は思わず涙がこぼれそうになりました。なんて素晴らしい人がここにいるんだろう、本当に来て良かったと心から思い、感動しました。

     

     

    今回のボランティアの4日間はとても内容が濃く、一つ一つの出来事が今でも新鮮に思い出されます。これからも何度も足を運んで見守り続けて行きたいです。

     

     

     

    posted by: とび | 第28陣(2017年7月) | 10:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    人と人とのつながり(第28陣参加生徒の感想文3)
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      人と人とのつながり

      明治学院東村山高校3年 遠藤梨帆

       

       

       私が今回東北ボランティアに参加した理由は二つある。

        一つ目は、現在の日本の状況を自分の目で見て確かめたいと思ったからである。百聞は一見にしかずという言葉の通り、礼拝での東北ボランティアに参加した友達の話の中で「実際に現地に行って見ないと分からないことがたくさんある」と聞いて、自分に関わりのある場所のことを知りたいと思い、とても興味を持ち始めた。二つ目は、少しの力でも人のために活動したいと思ったからである。「ボランティアは微力だけれど無力ではない」という佐藤先生をはじめ、参加者の言葉から、自分の力はとても小さなものだけれど、少しでも東北の人々の役に立ちたいと強く思った。

       

       

         実際に初めて東北に訪れるまでは、東日本大震災というのはどこか自分の中で他人事みたいな感覚があって、震災の被害をテレビや新聞などで見たり聞いたりしていてもうまく考えることができなかった。現地でのフィールドワークによって、その場所にかつては人が住んでいて唐突にその生活が奪われてしまったんだと痛感した。亡くなられてしまった方々の命を無駄にしないためにも、被害の状況をしっかり把握し、東北だけでなくその他、自然災害にあった地域のことを他人事としないことが大切だと思った。

       

       

        中村君と千葉君たちの「写真で伝える被災地」という活動を知り、本格的なメディアでなくても自分の身近な道具を使って、震災のことを伝える手段があるのだということを学んだ。自分が見てきたことを直接伝える以外にも、SNSに投稿することも力になると聞いた。私にできる数少ないことの一つであるから、二人のような活動をしている人たちを応援し、震災を実際に体験したわけではないけれど、私という立場から現地を捉えて伝えていきたいと思った。

       

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        擬似喪失体験でお話ししてくださった語り部の高橋匡美さんが背中を押してくださったおかげで女川町出身の父と一緒に震災のことを含めて故郷について聞いたり、訪れたいと伝えることができた。私のボランティア活動の話を聞いた祖母も東北に訪れたいと言い、私の進学先が決まって落ち着いたら、家族みんなで東北に足を運ぼうと約束した。

       

       

         私は今まで、震災は人々に悪い影響しか与えないものだとばかり思っていた。しかし、震災に関する資料館や被災した小学校に展示されていた東北の人々のために作った横断幕や、小野駅前仮設住宅集会所でおのくんというぬいぐるみを通して初めて知り合ったという人たちを実際に見て、震災は人と人との繋がりをつくるものだと思った。

       

       

        今回ボランティアに参加したおかげで、今生きているということ、何気なく過ごしてきた毎日がどれほどありがたいことなのか実感することができた。今回の活動を含め震災を通して出会うことができた人たちに感謝して、その人たちとの関わりを大切にしていきたい。そして、また東北に訪れた時は再び会いに行こうと思う。

       

      posted by: とび | 第28陣(2017年7月) | 18:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      6年ぶりに訪ねた被災地(第29陣参加生徒の感想文2)
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        6年ぶりに訪ねた被災地

        明治学院東村山高校2年 清川純生

         

         

         2011年5月、私は父と祖父と共に、岩手県の三陸海岸沿いなど、東日本大震災の被災地を訪れました。父は岩手県盛岡市出身で、祖父は三陸の山田町出身です。祖父の生家があった場所の周囲は全て津波にさらわれ、何もなくなってしまったそうです。当時、小学5年生だった私にとって、被災地の悲惨な状況は目を背けたくなるもので、それでも、その時見た光景は目に焼き付いていますし、海の潮と火災の焦げが入り混じった嫌な臭いや、車で移動しながら感じた、どこまでも続く被害の大きさは、身に染みて残っています。今回ボランティア募集の知らせを聞き、その時に見たがれきの山や壊れた家々が残っていた街はどうなっているのか、そして、被災された地域の人達は今どう生きているのか知りたくなりました。被害の状況が生々しく残っていた当時を見た者の人として、今回のボランティアに参加することは責務であると思いました。

         

         

         ボランティア参加の願いがかない、私は8月3日から6日の日程で、宮城県の被災地を訪れました。仙台市を拠点にして、岩沼市、名取市、石巻市、東松島市、女川町を回りました。6年ぶりに見た被災地は、復興に向けて様々な工夫がなされていました。初日に訪れた沼市の千年希望の丘では、椅子の下に救援物資が置かれていたり、停電が起こった時のために太陽光パネルが設置された灯りがあったりと、名前の通り、千年先にも震災のことを語り継ぐための努力がなされていました。また、震災の悲惨さを後世に残すために、あえて津波で全壊した家が残されていました。

         

         私がこの三泊四日で一番心に残った被災地は、女川町でした。なぜなら、女川町は被災した地域の中で人口減少率が6.54%と全国一高かった場所にもかかわらず、スイスなど他国の協力を得て、震災があった面影が見つからないほどに復旧が進んでいたからです。街並みも被災の記憶を語り継ぐような施設があったり、地元特産の海産物を販売する店があったりと多様で、中でも段ボールでランボルギーニを作った通称「ダンボルギーニ」は最初、被災地を助けるために使っていた段ボールが人を楽しませることにつながっていて、しかも質も高く、感動しました。

         

         

         こうしたフィールドワークの経験が印象的でしたが、もちろん本来の目的である「ボランティア」も毎日やり遂げることができました。同じ作業をずっと続けているうちに、これが誰かのためになるのだと思うと、嬉しさで胸がいっぱいになりました。 

         

         

          5日に開催された祭りでは、手が空いた時に積極的に仕事を求めるようになったので、全てに消極的だった初日から比べると進歩したと思います。最終日に頑張って作った鶴のレイ飾りを、クリスロード商店街で多くの人に渡したとき、みんなが笑顔になってくれことが、一番達成感がありました。

         

        posted by: とび | 第29陣(2017年8月) | 21:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        心に残った言葉(第28陣参加生徒の感想文2)
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          心に残った言葉

          明治学院東村山高校3年 山岸展子

           

           

            私が今回ボランティアに参加したのは、礼拝での活動報告を聞いて「自分もいつか参加してみたい」と思ったことがきっかけでした。2日目に訪れた「写真で伝える被災地」事務所を訪問した際、千葉柊輝くんが「今はまだ復興ではなく復旧だと思う」ということを話して下さいました。復興とはいったん衰えたものが、再びもとの盛んな状態に返ること。復旧とは壊れたり傷ついたものを、もとの状態にすることをいいます。1日目のフィールドワークで移動中のバスから見た風景は、想像していた以上に震災当時の状況を感じさせない街並みでした。その時何も知らない私は、復興が進んでいるのだと勝手に思い込んでしまいました。しかしそれらは被災したほんの一部の地域で、今でも居住制限区域に指定されている場所もあれば、被災した当時から変わりのない場所がまだまだあることを知り、まだ復興ではないのだと知ることができました。

           

           

            今回私達28陣と行動を共にしてくれた末永克さんは、「実際に震災を経験した人としていない人では震災に対する想いに違いがある。そして震災から6年以上が経った今、震災を経験した人、震災当時の状況を見た人がどんなに震災当時の状況がひどく大変だったと言葉で伝えようとしても伝えきれなくなってきている。」と教えて下さった。確かに震災を経験していない私達が当時のことを被災した方と全く同じように理解することは難しいかもしれません。だからこそ私達にできるのは、自分たちが見た東北の現状や感じたこと、想ったことをそのまま多くの人に伝えていくことだと思います。まだ東北に行ったことのない人にもまずは実際に足を運んでもらいたい。ボランティアという形でなくても旅行でもなんでもいい。そこで感じたことを忘れずにまた多くの人に伝えていってほしいと強く思います。

           

           

            私達は何気なく「被災地」という言葉を使ってしまいがちです。しかし「被災地」という場所は存在しません。石巻、仙台、東松島、名取、岩沼。1つ1つの地域には名前があります。「被災地」ではなく「東北」という素敵な場所をもっともっと知りたい。心からそう感じた4日間でした。

           

          posted by: とび | 第28陣(2017年7月) | 16:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          6年後の現状を確認して(第29陣参加生徒の感想文1)
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            6年後の現状を確認して

             

            明治学院東村山高校2年 佐々木あおば

             

             

             私は、去年の夏に続いて、今回は回目参加させて頂きました。私が今回ボランティアに参加しようと思った理由は、第27陣のボランティアを部活の事情で断念してしまったことを後悔していることと、去年フィールドワークで訪れた場所がどんな風に変わったかや地域の方の様子をしっかりと見て、深く知りたいと思ったからです。

             

             実際に行ってみて嬉しかったことは、夏祭りのお手伝いをした時のことで、私が思っている以上に子供たちが楽しんでくれていたことです。私は、主にヨーヨー釣りの係だったのですが、ヨーヨーをふくらましてもすぐに水がぬけてしまったり、輪ゴムがうまく結べずに壊れてしまったりして色々ハプニングがありました。でも、子供たちは笑ってくれて、失敗しても大はしゃぎして喜んでくれたのがとっても嬉しかったです。

             

             悲しかったことは、去年も訪れた老人ホームでのことです。去年とは違うエリアに入らせてもらったものの、そこにあった光景は、去年訪れたエリアとはあまり変わらず、今でも年前の生活感が生々しく残っていて、あの日から時が止まっていました。それを証明するものとして、2011月のカレンダーが未だに壁に掛けられていたことが挙げられると思います。老人ホームのファイルなどがそのまま残されているのを見て、悲しくなりましたし、自然と胸が痛みました。私が抱いた感情をこの場所を訪れていない人にそのまま伝えることはできないけれど、こういう現状があるということを伝えられるようにしたいと思いました。

             


             驚いたことは、子供たちのたくましさです。夏祭りの前に荒浜小学校に訪れたのですが、そこでの説明で屋上からヘリで救出された子供たちも夏祭りに来るということを知りました。でも、震災の被害に遭ったことが子供たちの心の中に隠れているということを夏祭り当日は忘れてしまっていました。私たちと同じくらいの年の子やそれより幼い子たちもあの恐ろしい光景を見て育っているということを忘れさせてしまうくらいに大はしゃぎし、たくさんの笑顔で喜ばせてくれたことに対して、たくましいと率直に感じるとともに、驚きも感じました。

             

             ショックだったことは、大川小学校でのことです。去年もこの場所を訪れましたが、まだ理解していなかったことがたくさんありました。どこに逃げようとしていたのか、どうして津波に飲み込まれてしまったのか、疑問はたくさんありました。避難する場所として、裏山に移動するか、橋のそばの少し高い所にある本の木の近くに移動するかの択でした。裏山の方がもちろん安全でしたが、先生方が選んだのはケガをする生徒が出ないだろうという理由で本の木の近くでした。また、避難を開始するのにも時間がかかりました。それにより、たくさんの児童と先生の命が奪われました。これらのことは、日頃からの避難訓練でしっかりと対策できた部分もあると思います。私たちも日頃の避難訓練をしっかりと行なわなければならないんだということを学ぶことができました。

             

             感動したことは、震災で被害に遭ったからこそ活かせる工夫がしてあったことです。千年希望の丘は、実際に丘の上に避難して津波に流されないで済んだという経験から、人工の丘をいくつか作って、いつでも携帯の充電ができるように太陽光パネルが設置されていたり、最低限の暮らしができるようにベンチがかまどになったり、風をしのげるようにあずま屋がテントになる工夫がされていました。

             


             4日間、たくさんの場所を見てきたけれど、どこも復興しているとはいえ、今まであった道が無くなっていたり、以前は田や畑だった場所に道路がつくられていたり、かさ上げをした所に新しい住宅が建っているのを見て言葉を失いました。被害をあまり受けていない私にはまだまだ分からないことがたくさんあるけれど、現状は確認することができました。だから私は、小さなことかもしれないけれど、こういう被害があったんだということを伝えていきたいです。

             

            posted by: とび | 第29陣(2017年8月) | 10:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            当たり前だと思っていることが当たり前ではないということ(第28陣参加生徒の感想文1)
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              当たり前だと思っていることが

              当たり前ではないということ

               

              明治学院東村山高校1年 田崎 結菜

               

               

               今回初めて東北ボランティアに参加しました。私がこのボランティアに参加したいと思ったきっかけは、朝の中学礼拝で高校生の先輩方がボランティア報告をしている時に皆さんが口を揃えていう言葉です。

              「実際に被災地に行ってみないとわからないことが沢山ある。」

              この言葉を聞いて、「確かに私はテレビなどで被災地の映像を見ているけれど、本当は分かっていないのだなぁ」と思ったのです。今年度、高校生になり、ボランティアに参加するチャンスが与えられました。私は現地の様子を実際に自分の目で見て感じ、沢山の人との交わり、自分のほんのひと握りの力が被災地の方々の助けと励ましになったらいいなと思い、このボランティアに参加しました。

               

               

               実際に被災地に行って、6年経った被災地を目にしました。そしてまだ復興していないことがわかりました。私もニュースなどで目にしていた大川小学校にも行きました。大川小学校からは海も見えないし、私があの場所にいたとしても、津波が来るなんて思わなかったと思います。そして、誰も想定できない波の流れから沢山の児童と職員が亡くなりました。教室も壁が破られ中身が丸見えでした。連絡通路の部分は波が来たとわかるくらいに折れ曲がっていました。ほんとに自分の目で見ないとわからないのだな、今まで復興してきているという大きな勘違いをしていたのだなと思いました。

               

               

               旧鈴木邸では人が住んでいたことが生々しく傷跡として残っていました。一階部分はぐちゃぐちゃに壊されていて、家の組み立て部分が見えていました。また、皿の破片なども落ちていて、津波の力の強さを肌で感じることが出来ました。

               

               

               いしのまきっこ広場では石巻の子供たちと遊ぶことがボランティアのメインでした。最初に子供との触れ合い方の説明を聞いた時、私は一緒に仲良く出来るかとても不安でした。でも、流し温麺や水遊びをして仲良くなることが出来ました。最初は戸惑って自分から話に行くことが出来なかったけど、子供たちがいっぱいお話してくれて最終的に仲良くなることができたと思います。たった1回で出会いを終わりにしたくなくて、またみんなに会いたいなと思いました。その時は覚えてくれてたら嬉しいです。

               

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               3日目に私は今までしたことのないような経験をしました。それは擬似喪失体験というものです。実際に被害にあわれた方からお話を伺いました。話自体を聞いていろいろな姿を想像して自分と当てはめながら話を聞いていました。その当時の画像を見た時、私は「戦争の後のようだ」と思いました。研修旅行で広島に行った時とはまた違うリアルな感情に溢れて苦しかったです。擬似喪失体験では大切なものや人を自分の手で切り裂くという残酷なことを自分で犯した辛さとともに無くなってしまうという喪失感に襲われました。

               

               

               また、「写真で伝える被災地」事務所では、震災を体験した高校三年生の方からお話を伺いました。そこでわかったことがあります。それは復興したわけではなくまだ復旧状態であるということです。実際に私が目で見たのは6年経った被災地の姿です。だけど、写真があれば当時の様子が少しでも伝わると思いました。高校三年生とは思えないほど強い志を持っているということに感動しました。

               

               

               私が色んな人に伝えることが出来るのなら、「行ってきます」「行ってらっしゃい」などの挨拶、当たり前のようにしていることが本当は当たり前ではないこと、を伝えたいです。このボランティアをすることが出来たのはエマオの皆さん、先生方、両親、現地の方々...沢山の方達のおかげです。私たちに関わってくださった方々にたくさんの感謝の気持ちを忘れずにしたいなと思います。ありがとうございました! また絶対にボランティアに参加したいなと思います。

               

              posted by: とび | 第28陣(2017年7月) | 16:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              8月6日、折り鶴の吹き流しを飾り、折り鶴のレイを配りました
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                8月6日、広島に原爆が投下された日です。平和への願いを込めて、クリスロードのジョリビル前に20万羽の折り鶴の吹き流しを飾りました。

                 

                 

                10時半から宮城野愛泉教会の礼拝に出席し、14時からは折り鶴のレイ配りをしました。4500本のレイを33名の高校生(明治学院東村山高校・会津北嶺高校・尚絅学院高校)と大人25名でレイを配ることができました。

                 

                レイを配り終え、教会に戻って、会堂の清掃と最後のシェアリングをし、会津北嶺高校の皆さんとの再会を約束して、仙台をあとにしました。

                 

                 

                明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム第29陣は4日間の活動を無事に終え、東京に帰着しました。微力な高校生ボランティアを温かく迎え入れてくださった現地の皆さんと、送り出してくださった皆さん、そして4日間一緒に活動した会津北嶺高校の皆さんに感謝します。ありがとうございました!

                 

                posted by: とび | 第29陣(2017年8月) | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                8月5日、津波被災地域の夏祭りのお手伝いをしました。
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                  8月5日の午前中は東松島市を訪ねました。大曲浜にある慰霊碑の前で黙祷をささげたあと、津波がどこまで来たのかを確認しました。

                   

                  大曲浜の住民の多くが集団移転された、あおい地区も訪ねました。先週第28陣がイベントを開かせていただいた地域です。まちを一周して、新しいまちづくりの試行錯誤について学びました。

                   

                  次に小野駅前応急仮設住宅の集会所「おのくんハウス」を訪ねました。自治会長の武田さんから、おのくんが生まれた経緯や、おのくんの里親を通して全国につながりができたこと、命の大切さなどを語っていただきました。

                   

                  (私たちもおのくんの里親になりました!)

                   

                  東松島から大崎に移動し、NPO法人ゆつけっちゃの末永克さんと合流し、末永家の竹林で流し素麺用の竹を切る作業と、周辺の草刈りをしました。

                   

                  ナタやノコギリなど慣れない工具に苦戦しながらも、なんとか調達することができました。

                   

                  (素麺とツユをいれる器も竹を切って作りました!)

                   

                   

                  その竹を持って仙台市若林区笹屋敷地区の盆踊り会場へ。急いで流し素麺のセッティングをし、スーパーボールすくいとヨーヨー釣り用のプールに空気と水を入れ、ヨーヨーを作って、素麺をゆで、いよいよ夏祭りが始まりました!

                   

                  (楽しくて美味しいのでたくさん取っちゃいました!)

                   

                  流し素麺は、小さい子どもからお年寄りまで、たくさんの方が食べに来てくださいました。東松島市大曲浜でとれた海苔を使った「のりうどん」や、石巻市十三浜でとれたワカメをつかった「わかめうーめん」も流しました。他にも枝豆やミニトマトやブドウ、ブルーベリーやミカンやパイナップルなども流し、大好評でした。

                   

                  ヨーヨーは最初50個ほど用意していたのですが、あっという間に足りなくなってしまい、大急ぎで50個増産しなければならなくなるほど好評でした。

                   

                  スーパーボールすくいも「一人5個までだよ」と言っていたのですが、何個も何個も夢中になってすくい取る子どももいました(5個以上取った分はプールにもどしてもらいましたが・・・)。

                   

                   

                  「最後の盆踊りはボランティアの皆さんも一緒に踊りましょう!」とのことでしたので、私たちも地域の皆さんの踊りを見よう見真似で一緒に踊り、楽しい夏祭りはおひらきとなりました。

                   

                  「のりうどんは初めて食べたけど美味しいね〜」と声をかけてきてくださった方は、津波で家も家財道具もすべて流されてしまい、最近この地域に移り住んで来られたそうです。近くの公園で祭囃子が聞こえてきたので行ってみたら、子どもたちが流し素麺をしているのを見かけて、参加してくださいました。「来年は孫を連れてくるからねー」とおっしゃっていました。来年もぜひ夏祭りのお手伝いに参加させていただきたいと願っています。

                   

                  後片付けを終えて宿舎に戻り、末永克さんが震災後に東北で起きた色々なことを教えていただきました。その後のシェアリングでも色々なことが話し合われ、最後のお祈りが終わったのは午前1時を過ぎてしまいました。

                  3日間の活動を終え、残るはあと一日です。生徒たちは疲れをおぼえていると思いますが、最後まで充実した活動が出来ればと願っています。

                   

                  posted by: とび | 第29陣(2017年8月) | 18:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  8月4日、被爆者の方から証言を聞きました。
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                    8月4日の午後は仙台YMCAに移動し、尚絅学院高校の生徒15名・会津北嶺高校の生徒6名と一緒に、宮城県原爆被害者の会(はぎの会)の炭谷会長から、広島での被爆体験談を伺いました。明学東村山では、中3で広島、高2で長崎を訪問して平和学習をおこなっています。そのこともふまえて、炭谷さんの証言をどう聞いたのか、感想を分かち合いました。

                     

                     

                    <参加者の感想>

                    私は実際に被爆した方のお話しを聞くのは今日が3回目で、広島・長崎で聞いたお話しと共通している部分は「核は使用してはいけない、なくすべきである」ということです。核兵器禁止条約に日本が参加せずにだまっていたことに対し、1番怒っているのは被爆者の方々だと思います。被爆者の方々のお話を実際に聞けるのは私たちが最後の世代だと言われているので、この機会を大切にして、あとの世代に伝えてゆきたいです。(中村楓)

                     

                    一番心に残ったのは、炭谷さんが妹を探して広島市内の様々な所を歩き回ったという所です。原爆で重症を負わなかった人も様々な苦労があったのだなと思いました。また、被爆者であることを最初は会社の人に言えずに隠していたとおっしゃっていました。それを堂々と言える、ちゃんとすぐに後世に伝えられる社会であるべきだと思いました。(清川純生)

                     

                     

                    被爆体験講話後は、平和七夕の準備作業に参加しました。レイ作りに加えて吹き流しの飾りつけ作業もしました。折り鶴の吹き流しは8月6日の早朝に、クリスロードに飾りますので、みなさんぜひ見にきてください!

                     

                    posted by: とび | 第29陣(2017年8月) | 06:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    第29陣2日目、石巻と女川を訪ねました。
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                      第29陣の2日目の午前中は宮城県石巻市と女川町の被災状況と復興状況を視察しました。
                      最初に訪問したのは石巻市立大川小学校。多くの児童と教職員が津波の犠牲となった学校です。慰霊碑の前で黙祷し、各自が事前に調べてきたことを報告し合い、現地を歩きました。

                       


                      大川小から女川町に移動し、女川町まちなか交流館で震災直後の画像を見て、女川の新しいまちづくりについても学びました。そして地域医療センターに登り、津波記憶石や慰霊碑などを見学、津波の高さと恐ろしさを実感しました。

                       



                       

                      最後に石巻市門脇町・南浜町へ行き、「がんばろう!石巻」看板とその周辺を視察しました。

                       

                       

                      <参加者の感想>
                      女川のまちなか交流館で震災当時の写真を見ました。津波によって女川町のほとんどが壊滅的な被害を受けたことを確認することができました。しかし、町に飾ってあった垂れ幕には、
                      「女川町は壊れてしまったのではない、新しく生まれ変わるんだ」と書いてありました。私は、その言葉に胸を打たれました。女川町は、町全体を作り直しています。小中学校や家などを高台に建てたりして、独自の対策で町づくりがおこなわれていました。昨日のフィールドワークでも、丘を作ったり、かさ上げをした上に住宅を建てたりなど、次の震災に備えていました。それぞれの市や町が独自の方法で新しく生まれ変わろうとしていることを実感できました。(佐々木あおば)

                       

                      posted by: とび | 第29陣(2017年8月) | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |