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新たに学んだこと(第31陣参加生徒の感想文8)
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    新たに学んだこと

    明治学院東村山高校2年 松澤 直樹

     

     

     私の東北ボランティアへの参加は2回目となり、前回と比べて新たに学んだことも増えたように感じました。まず最初にこの東北ボランティアの参加の志望動機としては変わりゆく東北の地を見ていきたいといった点が大きいかと思います。というのも地震から既に7年以上も経過していてその間に当然大きな変化を遂げてきたはずです。その中でその地は元あった姿になろうとはしていない訳であって、災害などに対する対策を強化しつつ新たな街づくりを進めているはずです。その変化を遂げる街を見ていきたいと思ったというのが大体の理由です。今となっては我々が地域再建に役立つほどの力を持っているのかと言うと、ほぼないと言っても過言ではないのではないだろうかと考えています。従って、今私に出来ることはそれくらいしかないのだろうと考えています。

     

     

     例によってこの参加は2回目であるため、いしのまきっこ広場での子どもたちとの交流も2回目になります。昨年度も来て今年度も来たと言った様な子どもは当然お互いに知っているまたは覚えていないが少なからず1度あっているのは確かだと思われました。更に今回初めていしのまきっこ広場に参加した子もいるという点で前回とまた異なった対応をとる必要があり、また1つ新たな経験となりました。彼らにもそれぞれ好みがあり、食べ物の好き嫌いから接し方まで気を使う必要がありました。これを食べられないなら代わりにこれをといった形で色々試みたり試行錯誤の繰り返しでした。

     こういった経験もまた必ず何かに役立つと考え、いつかこの経験を活かせたらなと思います。そしてまた機会があるようならば是非東北に足を運ぶことができればなと心から思います。

     

    posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 16:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    ボランティアに行って成長したこと(第31陣参加生徒の感想文7)
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      ボランティアに行って成長したこと

      明治学院東村山高校3年 齋藤真彩香

       

       

       私はボランティアに行くまで、と行ったあとで自分自身大きな成長をしていることを実感しました。大きく2つあります。

        まず1つ目は子供との接し方についてです。私は三人兄弟の末っ子で、下に兄妹や、従兄弟などはおらず、自分よりも歳が下の子と話す機会が全くなく、最初は子供たちを前にして、強張ってしまい、子供たちに避けられがちになってしまいました。しかし、今回の目的として、子供たちと楽しい夏の思い出を一緒に作ろうということだったので、楽しい思い出作りにはまず自分の笑顔が大切だと思い、緊張を隠し、子供たちに笑顔で接することができました。このことをきっかけとして、だんだんと慣れて、一人一人の子の様子をしっかり見て、どう接してあげたら良いのかを見極めて上手く仲良くなり、はじめに避けられていたことが嘘だったかのように、近寄って来てくれるようになりました。

       

       

       2つ目は、実際に目で見る大切さです。ボランティアに行った先輩方が口を揃えて言うように、実際に行って見ないとわからないことだらけだということは、参加したことで改めて認識させられました。たったの四日間なので、完璧に状態を知ることなどは全くできてはいませんが、行く前の自分の想像していた現状とは全く違くて、建物が多く建っているところもあればまだ全く住むことすら許されていないところもあるという現実を知りました。

       

       

        今回、私が参加したことで、学んだ中で言えることは、結局は本当に行って見ないとわからないということです。全ての状態を知ったわけではありませんが、行った事により、自分までもが大きく成長ができたことを感じました。なので、まだボランティアに参加したことのない人や、東北の状態を知らない人に、確実に言いたいのは、是非必ず行って欲しいという事です。ボランティアという形で、なにか復興を手伝ったわけではありませんが、現状を知る、ということだけでもどれほど大切かということが必ずわかります。

       

      posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      心に決めたこと(第31陣参加生徒の感想文6)
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        心に決めたこと

        明治学院東村山高校2年 坂井舜空

         

         

         今回僕がボランティアに参加しようと思ったきっかけは、震災から7年たった今、被災地はどのようになっているのか、被災者たちはどんな気持ちで暮らしているのかを自分で実際に目で見て確かめたいと思ったことです。最近、ニュースなどでは被災地についての話題はあまり取り上げられておらず、被災地の現状を知る機会が少なくなりつつある中で、実際に訪れないと分からないこともまだまだあると思ったのです。そこで僕は、今回初めてですがボランティアに参加しました。

         

         

         実際に訪れて嬉しかったことは、石巻や女川町の復興が進みつつあるということが分かったことです。あの日、大きな津波が襲い、何もかもが流され、変わり果ててしまった上に、人々も避難を余儀なくされていた町が、今では人々が住めない区域はできたものの、新しい建物が建って、にぎわいを取り戻しつつあるということが分かりました。しかし、津波が来た時のまま残っている大川小学校などもあり、改めて津波というものの恐ろしさを身に感じました。

         

         

         そして、被災地の子どもたちとふれあって、震災によって様々な事情を抱えていたとしても、元気に暮らしているということが分かって、安心しました。いしのまきっこ広場では、子どもたちが元気よく遊ぶ姿に、僕は感銘を受け、元気をもらうことができたと思いました。また、遊びだけでなく学習にも真面目に取り組んでいて、僕は驚きました。

         

         

         一方でショックだったことは、石巻や女川などとは逆に、福島第一原発の事故によって被害を受けた地域は、7年たっても復興どころか復旧すらも進んでいない状況だったということです。浪江町では、避難指示が解除されたとはいえ、人々が戻ってきていないせいか道を歩く人はほとんど居らず、店も閉まったままで所々に草が生えはじめている、寂れてしまった町の姿を目の当たりにして、悲しくなりました。この地域の様子を見ていると、今は線量の高さで区切られているけれども、その区切りというものがあまりにもしっかりしていなくてびっくりしました。簡素な柵でしか区切られておらず、人体に影響を及ぼしかねない放射線の量で区切っているのに、その区切りが簡素なものであったら、そもそも区切ることの意味がなくなってしまうのではないか、と僕も実際の現地の様子を見て思いました。

         震災、原発事故から7年たった今、被災地には復興が着実に進んでいる所と、そうでない所があり、その差ははっきりと表れているように感じました。それに伴って、被災地の人々の気持ちにも、違いがあるように感じました。今、被災地はそのような状況にあるということを忘れてはならないと思いました。そして震災、原発事故のことや、それによって被害を受けた人々の気持ちを、決して風化させることのないようにしていきたいと心に決めました。今後に向けては、被災地は今どのような状況にあり、そしてこれからどうしていくべきなのかを一緒に考えていけるようにしていきたいと思います。そのためには、僕たちボランティアが被災地についてしっかり伝えなければならないと思っています。そのようにして、被災地や被災者の心に寄り添うことができたらな、と思いました。

         

        posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 18:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        今の私にできること(第31陣参加生徒の感想文5)
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          今の私にできること

          明治学院東村山高校2年 杉山 碧

           

           

           私が今回このボランティアに参加したのは、前々から話で聞いていた「行ってみないと分からない」という東北の現状について、私も知りたいと思ったからです。「行かないと分からない。」毎回礼拝時の発表の締めくくりとして聞く言葉ですが、参加する前は少し違和感を覚えていました。実際に現地に赴いてみて、その違和感は何によるものなのか、そして行ってみないと分からないものとは何なのか、そういったことを知れたらいいなと思ったのが、参加を決心したきっかけです。

           

           

           1日目の宮城でのフィールドワーク。はじめて知ったこと、見たもの、聞いたこと、そのすべてが衝撃的でした。例えば津波の高さを表す柱。いたるところにたてられていたこれは、震災当初自分で想像していた高さよりずっとずっと高く、改めて当時の光景を思い浮かべると胸に刺さるものがありました。また、大川小学校では、逃げきることもできずただ波にのまれてしまったたくさんの児童、教員たちの命をおもいながら、最善を尽くすことの難しさを感じるとともに、残された方々の精神的な復興というのは、ともすれば一生という時間をかけてもなし得ないものなのだということを体感しました。

           けれど、宮城は、確かに復興に向かって進んでいました。テレビで見たことのある瓦礫の山は撤去され、にぎやかで新しい街に変わっていっています。漁のできなくなった漁港には重機が行き交い、希望という二文字が胸をよぎりました。

           

           

           2日目、3日目に開催されたいしのまきっこ広場では、初めこそ距離感を掴みかねたけれど、みんなで遊ぶうちに距離が縮まっていることを感じました。こどもたちの素直さや明るい笑顔、また遊ぼうねの言葉が印象に残りました。2日目に佐藤先生がおっしゃっていたことのひとつに、石巻のこどもはこれまでたくさんの人とふれ合ってきているから人慣れこそしているけれど、「また来るね」と言い残して帰っていったままもう来ないような人も多いのだというお話がありました。私はそれをきいて、絶対にまた来よう、と思いました。仲良くなったみんなにとって信じられない大人になりたくないし、なにより、まきっこの皆が大好きで、また会いたいと思うからです。

           

           

           最終日、明治学院東村山のボランティア・チームとしては初めてとなる福島でのフィールドワークがありました。震災から7年。私の生きてきた年数のおおよそ半分という長い年月を経て今、どんな風に復興してきているのだろうか、どういった形の復興なのだろうか、早く知りたい、知ってたくさんの人に伝えたいという思いが芽生えていました。最近やっと避難指示が解除された地域、車で通り抜けることしかできない区域、たくさんの場所がありました。また、大通りから枝分かれしている側道へは、場所によっては許可がないと入れないことがある、ということもうかがいました。ガラスが割れて散乱したままのコンビニ。7年間誰も来なかったのか、玄関までも蔦で覆われた家。道路を走るのは工事のための重機がほとんど。テレビでも耳にすることが少なくなった福島はまだ7年前のままだけれど、少しずつ少しずつ復興に向かって確かに進んでいるんだなと思いました。震災が忘れられかけている今だからこそ、知ってほしいことも多くあります。私は、日常を営むだけでは決して知り得なかったことをたくさん知りました。

           

           

           福島の復興が進んでいる。たしかにそうかもしれない。けれど、点在する壊れた家屋しか見えない遠くまで広がる地面を、昔はたくさんの建物があったであろうその場所を、今思い浮かべることができますか。人が誰もいない、捨て去られたような街を想像できますか。それを知ってほしい、写真でもいいから見て、知ってほしい。あたかもそうであるように報道されているけれど、復興しきっているわけではないのです。むしろ、まだ復興の第一歩を踏み出したばかりなのです。

           

           

           行ってみなければ分からない。その通りでした。このボランティアに参加して、本当にたくさんのことを学びました。写真で見るのとは比にならないほどの衝撃、容易には想像し得ないようなことが今立っている場所で起こったのだという現実。想像したときの、刺すような胸の痛み。これらは、実際に見なければ絶対に分からないことでした。

           

           

           これらをふまえて、今の私にできることは、より多くの人に東北の現状を知ってもらうこと、自分自身でもまた足を運ぶこと、見たもの聞いたもの感じたことすべてを忘れないようにすることだと思います。そして、少しでも復興のためになにかしたい、という気持ちを持ち続けることが、いちばん大事なことなのかなと思いました。また、いつか。できるだけ早くに、もっとたくさんのことを学びに東北に行きたいです。

          posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 16:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          自分の目で見ることの大切さ(第31陣参加生徒の感想文4)
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            自分の目で見ることの大切さ

            明治学院東村山高校1年 吉岡蕗乃

             

             

              私がなぜこのボランティアに参加しようと決断したのか、理由は大きく分けて以下の2つである。

               第一に、私の心の中にはいつも「他人のためにできることがあるならばしたい」という思いがある。このように考えるのは、私が幼い頃からのことだが、そのような中、明治学院に入学し、中学時代の礼拝で度々紹介されていたボランティアにはとても関心を寄せていた。自分が高校に入学したら、絶対に参加しようと決意していた。ボランティア活動をすることは、私自身に与えられた「ミッション」であると、私は感じている。

              第二に、私は震災が起きた2011年から、尚且つ生まれてから1度も東北を訪れたことがなかった。震災当時小学生だった私の記憶は、段々と薄れてきているような気がする。都内ではあるが震災を実際に経験した1人として、そして日本人として、東北がこれまでどのような道を歩んできたのか、テレビや新聞といったメディアを通してではなく、自分自身の目で見て知りたかったし、知る必要があると考えた。これらの理由から、私は参加を志望した。

             

             

              1日目の宮城でのフィールドワーク、私の中で特に心に残った見学地は2つ。まず1つ目は女川いのちの石碑である。「無理矢理にでも連れ出してください」という言葉はとても印象的であり、また衝撃的でもあった。これから先に生まれてくる人たち、あのときその地にいなかった人たちは経験をしていないから想像しかできない。だから経験をした人たちが助かる方法を知っている。悲しみにくれる人が1人でも減るように、もう苦しまないようにしてほしいという石碑を建てた彼らの強い意志と思いがひしひしと伝わって来た。

             

             

              そして2つ目は大川小学校。有名な場所だから、メディア等を通してなんとなくは知っていたが、まるでその場所は元からそうであったように感じられて、実感が湧かなかった。跡形もなく原型を留めていない建物を見て、その時そこに来た津波を想像してみた。波に飲み込まれて亡くなった児童は、どうして間違った方向へ逃げてしまったのか、なぜ防げなかったのか、それを知った私は、話を聞くだけでもうどうにもできないその事実に虚しさと無力感、もしも自分だったらと置き換えてみて、なんとも言えない不思議な、悲しい感じ、虚しい感じ、どうしようという焦りや恐怖を感じた。

             

             

              一方、2日目・3日目の現地の子供たちとの触れ合い、いしのまきっこ広場はとても楽しい時間だった。最初は、とにかく初めてだしどの子がどんな性格でどのようなコミュニティをもっているのかわからなかったので苦労した。だがそういった部分を見て、全員を平等に仲良く遊ばせるには、まずは自分が緊張している姿を見せず笑顔で話しかけてあげることが大切だと気付かされた。子供というのは案外素直でまっすぐで、彼らはそれぞれ自由にする部分もあれば、静かにしてきちんと話を聞く場面、集中して勉強するとき、全てが彼らの思い通りにいかない部分もあっただろうと思うけれど、でもそこはぐっと我慢して、「自分だけ」ではなく周りを気にかけられていることに感心した。次の日となればもう慣れているので、まるで10年前から友達だったみたいに仲良くしてくれて、私のことを誘って一緒に見学しようと言ってくれたり、貴重な繋がりができた。先輩から教わった3つの原則、「積極的に話しかける」「待ってても話しかけてこない」「活動の数を重ねること」をこれからも大切にしていきたい。

             

             

              最終日の福島県でのフィールドワーク、この日はボランティア期間で私にとって最も衝撃的だった。元々街があった場所は背の高い草が隙間なく生え、一見するとまだ未開拓の地のような感覚になった。でも車から降りて、自分の足で歩いた時に見た一軒の家は、私は予想もしなかった。家の壁や屋根は全然ないけれど、落ちていたものはそこに住んでいた人のものであろう靴、急須、ビデオデッキ、空き缶、それから形だけ残った電気のスイッチがあった。それは確実にそこに人が住んでいた、街が存在していた証拠だと強く思わされた。また、建物が多く残っている区画でも、草で半分隠れた看板、逃げた当時のまま残ったと思われる棚の中に入った本や資料が見えた。まだ帰ることができない方たちのこのような現実があることを今まで全く知らなかった自分が情けなかったし、悲しい気持ちになった。これらのことは、行かなければ絶対に分からない。そう改めて思わされた。

              参加してみて初めて知ることだらけだった。震災当時から東京にいた人たちの中には、参加前の私のようにまだ東北に行ったことがない人も多いだろう。後輩・同級生をはじめとするそういった人たちに、この現状を伝えること、自分の目で見ることがどれだけ大切なのか、私はこれからも訴えていきたい。

             

            posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            2018年ヘボン祭報告
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              2018年11月2日〜3日にヘボン祭が開かれました。有志ボランティア・チームは、活動報告会と活動報告パネル展示、仙台平和七夕の吹き流し展示、東北復幸市をおこないました。
               

               

              準備日の11月2日、仙台から届いた平和七夕の折り鶴の吹き流しを管理棟2階〜3階の吹き抜けに飾りました。今年の仙台七夕祭りで飾りつけに参加した第32陣の生徒たちが協力して飾ってくれました。吹き流しをヘボン祭で飾るのは今年で8回目です。今年も「すごい!ぜんぶ鶴で出来てる!」と歓声があがりました。展示された吹き流しは明治学院中学校1年生と2年生の生徒たちがレイ(首飾り)にして仙台に送りました。レイは来年の仙台r七夕祭りで配られる予定です。

               

               
              11月3日には、ボランティア・チームがこれまでの活動を通して関わりができた被災企業の復興商品(木の屋石巻水産の缶詰や山形屋商店のわかめ用ドレッシングなど)の販売をしました。おかげさまで今年も売れ行きは順調で、完売することができました!

               

               

              午後はMM教室でボランティア報告会を開きました。第30陣に参加した渡辺さんと高橋さん、第31陣に参加した田崎さんと坂井くん、第32陣に参加した岩田くんと横倉さんに報告発表をしてもらいました。
               

               

              報告会には第32陣が一緒に活動した会津北嶺高校(福島県)の新田先生も来校し、感想を述べていただきました。報告会に参加してくださった皆様、物品販売に協力してくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました!

              今年の冬には東北第33陣の派遣を計画しています。これからも微力ながらも継続して活動をしてゆきたいと願っています。今後とも応援よろしくお願いいたします!

               

               

               

              posted by: とび | ヘボン祭 | 19:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              11月3日(土)のヘボン祭でボランティア報告会を開きます!
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                明治学院東村山高校有志ボランティア・チーム 

                ボランティア報告会のお知らせ

                 

                明学東村山有志ボランティア・チームでは、2011年5月から現在まで計32回、のべ250名以上の生徒・卒業生・教職員を東日本大震災の被災地・復興地へ派遣して来ました。2015年からは茨城県常総市でも活動をしています。

                 

                 

                今年も11月3日の文化祭公開日にボランティア報告会を開催しますので、ぜひ多くの皆様にご出席たまわりたいと思います。

                 

                東北第30陣〜第32陣

                ボランティア報告会
                   11月3日(土)

                13:30〜14:00
                 
                *一般公開日ですので、どなたでも参加できます。事前申し込みは不要です。ぜひご出席ください!


                場所:明治学院東村山高校 管理棟3階MM教室にて





                (東北第30陣は2018年3月27日〜30日、石巻で活動。津波被災地域での子ども会に参加)
                 


                (東北第31陣は2018年7月26日〜29日、石巻で活動。津波被災地域での子ども会と遠足に参加)

                 

                 

                (東北第32陣は2018年8月3日〜6日、仙台で活動。仙台平和七夕のお手伝いや津波被災地域の夏祭りのお手伝いなどに参加)
                 

                *今年も石巻の被災企業の復興商品(山形屋商店のわかめ用ドレッシングや木の屋石巻水産の缶詰など)の販売をおこないます。ぜひお買い求めください!

                *復興商品販売(東北復幸市)は11月3日(土)10時〜13時30分

                 管理棟3階MM教室前廊下にて



                *また、8月6日〜8日の仙台七夕祭りで飾られた、「平和七夕」の折り鶴の吹き流しもお借りして、展示します。ぜひ見に来てください!

                posted by: とび | ヘボン祭 | 08:34 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
                自分のもてる力を(第32陣参加生徒の感想文4)
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                  自分のもてる力を

                  明治学院東村山高校2年 稲田優真

                   

                   

                   私は今回初めてこの東北ボランティアに参加しました。中学生の時に礼拝で高校生がボランティアの報告を話しているのを見て、自分も高校生になったら参加したいと思いました。私は将来、福祉関係の仕事をしたいと思っています。この東北ボランティアに参加し、ボランティアについてしっかりと詳しく学びたいと思い、今回の東北ボランティアに参加しました。実際に東北に足を運んだ事が大震災の起こる前だったので、現状はどうなっているのかを知りたいというのもこのボランティアに参加した理由の一つです。最近のニュースではあまり東北の現状を伝えるようなものはやっていないので、実際に自分の足を運んで自分の目で見ることが一番だと思いました。

                   私が参加した第32陣は、現地のフィールドワークや笹屋敷夏祭りのお手伝い、仙台七夕祭りのお手伝いを中心として活動しました。

                   

                   

                   フィールドワークでは多くの所に行き、自分の目で現状を確認しました。最も印象に残っているのは、やはり大川小学校です。震災当時、ニュースや新聞で多くの映像や写真を見ていたので、行くとすぐに「あ、写真で見てた所だ」とわかりました。当時の写真は、そこら中が泥だらけで瓦礫が転がっていたのを覚えています。その中でも、校舎と体育館を結ぶ渡り廊下は、実際に現地に行き自分の目で見て話しを聞くことで、なぜこのような倒れ方をしたのかがよくわかりました。「百聞は一見にしかず」この言葉がとてもあっていると思います。どれだけニュースを見たり聞いたりしていても、実際に足を運んで見てみなければわからない事がたくさんあるということを学びました。

                   

                   

                   しかし、そのようなつらい事に向き合って立ち直ろうとする人達を沢山見てきました。自分たちの地域を取り戻そうと近隣住民で手を取り合い、コミュニティを崩さず固い絆で地域活動をする人達、自分たちに起こった事を勇気を出して私達に広めようとする人達、再び災害が起こっても対応が出来るように新しい施設を作る人達など、つらい事に立ち向かい頑張る人達を見て、自分が元気をもらいました。このような方達と今回交流することができたことは、とても素晴らしいことだと思います。

                   

                   

                   ボランティアから帰った私は、まず家族に自分の目で見てきた事を伝えました。そして避難バッグの再点検をしっかりしました。これからは、ボランティアに積極的に参加し、地域活動をもっと活性化させるように努力をし、自分のもてる力を存分に使っていきたいと思います。

                   

                  posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 16:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  心に重く受け止めた4日間(第32陣参加生徒の感想文3)
                  0

                    心に重く受け止めた4日間

                    明治学院東村山高校3年 佐々木あおば

                     

                     

                     私は、今回3回目のボランティアに参加させて頂きましたが、私が今回志望した理由は、今までのボランティアでやりがいを感じたからであり、人に喜んでもらえる嬉しさを知ったからです。それ以外にも、1年ぶりに訪れる場所がどれほど変化があったのかを自分の目で確認したいという目的がありました。

                     

                     

                     実際に参加してみて嬉しかったことは、感謝されたことです。笹屋敷の夏祭りでは、子どもたちや地域の方ともたくさん交流することができました。子どもたちの楽しそうな表情を見てパワーをもらいましたし、ありがとうと言われた時は、何か優しさのようなあたたかな気持ちを抱き、微力かもしれないけれど、無力ではないということを改めて知ることができました。

                     

                     

                     悲しかったことは、福島県の沿岸部を訪れた時のことです。私は初めて行ったのですが、震災の影響を受けたままの建物がたくさんありました。言葉の表現は良くありませんが、以前はたくさんのお店が建ち並び、賑やかであったであろう場所が廃れていて、廃墟街のようでした。町が隣であるだけで、人が住めるかどうかが違ったり、復旧に大きな差があることを、この地域を訪れるまでは知りませんでした。また、津波で壊されたお墓は、すでに7年経った今でもそのままであるのに思わず言葉を失い、佐藤先生に「これが今の現状だ」と言われて、表現できないほど悲しくなりました。同じ日本に住んでいるのに、東京で過ごす私たちと比べて、不自由な生活を送っているのにも関わらず、その状況を知らずにのんのんと日々を過ごしてきた自分に怒りをも覚えました。

                     

                     

                     驚いたことは、仮設住宅の環境の悪さです。仮設住宅の作り的に夏は暑く、冬は寒い、しかも湿気がこもるので、カビもはえやすい、ただでさえストレスが溜まっているのに、隣の人を気遣って日々生活していかなければならず、もっとストレスが増していく、見た目からでは分からない劣悪な環境があることを私はあまり理解していなかったので、このことについても新しい発見でした。特に驚いたのは、やはり外面から分からないことで、コミュニティが絶たれるということです。最初はどこかの体育館などで、ダンボール1つの仕切りがあるだけ、でも仮設住宅に移動すれば一応1つの仕切りがあり、部屋があり、最低限の生活はできるようになっています。しかし、人間関係を考えてみれば、周囲にいる人がどんどん変わっていくので、また1から人間関係を築いていかなければならないという、仲良くなった人とのコミュニティが1つずつ失われていく辛さを知りました。

                     

                     

                     1番心が傷んだのは、石巻市立大川小学校でのことです。この場所を訪れたのは3回目でしたが、なぜか今までの中でも1番心が傷みました。NPO法人ゆつけっちゃ理事長の末永さんの話の中で、7年経っても「かえってこない命はかえってこない」という言葉を聞き、また、震災直後の写真を見て、今自分たちが立っている場所で亡くなった人がいると思うと、思わず涙がこぼれました。それも、当時同じくらいの学年の子が亡くなっていたり、大切な人を失っていると思うと、感情は悲しいの枠を遥かに越えていました。

                     

                     

                     今回は、3回目だったけれど、初めて知ったことがたくさんあったボランティアでした。また、7年経った今でも復興したとは言えない現状があることを、心に重く受け止めた4日間でした。私たちが今回撮影してきた場所を見て、その場所を知っている人は何人いるでしょうか。恐らく、数えられるほどしかいないと思います。残されることになっている被災後の建物があることや実際に地震が起きたり、津波が来たという事実がある以上、私たちにはたくさんの人に伝えるという使命があると思います。だから私は、もっと深く理解してもらうために、写真を活用するといったような工夫をした伝え方をしていきたいです。そして、必ずまた訪れたいです。

                     

                    posted by: とび | 第32陣(2018年8月) | 16:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    大事なこと(第31陣参加生徒の感想文3)
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                      大事なこと

                       

                      明治学院東村山高校2年 田崎結菜

                       

                       私は今回夏の東北ボランティア2回目の参加となりました。なぜ参加しようと思ったかと言うと1つ目は「再会」です。昨年のボランティアでいしのまきっこ広場の子どもたちと一緒に過ごしました。その時、私は仲良くなれるか不安で、あまり積極的に遊ぶことが出来ませんでした。帰ってから、仲良く遊んでいた先輩の姿を思い出しては、後悔していました。なので今回もみんなと会って、もっと仲良くなって忘れられない夏の思い出になってくれたら、という思いで参加しました。

                       次に「変化」です。私が初めて見た景色は震災から6年半経った場所です。それから1年。どのような変化があり、また何を残していっているのか知りたいと思ったからです。

                       

                       

                       まずボランティア1日目は主に石巻、女川でのフィールドワークでした。初めて見て大きな刺激をもらったのが「女川いのちの石碑」です。春のボランティアに行った人達が礼拝で話していた俳句がそのままありました。「逢いたくて でも会えなくて 逢いたくて」この短い言葉だけで切なさと寂しさ、苦しさがすごく伝わってきて、胸がいっぱいになりました。そしてもうひとつの津波記憶石には心に残る言葉がありました。「無理矢理にでも連れ出してください」今この言葉を聞いたら何を思いますか? みんな同じだと思います。必死に津波から逃げようとしている姿が脳裏に浮かぶと思います。きつく胸に刺さりました。

                       

                       

                       そして大川小学校に行きました。去年来た時より近くで小学校の様子を見られました。佐藤先生がここで「みんながここに来たあとに『震災直後のまま残ってる』って言うんだけどそうじゃない。ちゃんと片付けて見せれる形にしたのがこれなの」と言っていました。確かにそうだ、と思いました。建物はそうかもしれないけど瓦礫とかは片付けてあって当時のままではない、勘違いしてはいけない、と改めて実感することとなりました。1回目に見た時は衝撃が大きかった大川小学校ですが、2回目の今年は少し考えることがありました。山に登って怪我をしてでも命が助かる道を選ぶのか、少しでも高いところを目指して逃げるのか…。まさか逆流して波が来るなんて、先生達も思わなかっただろうし、助かる道を選んだはずなのに、それは助かる道ではなかったことを思うと判断は難しかったのだと思いました。

                       

                       

                       2日目と3日目はいしのまきっこ広場で子供たちと遊びました。初めて会った子も多く、やはり距離感を掴むのが難しいなと最初思ったけど、遊んだり、宿題を一緒にやったりしているうちに楽しくお話することが出来たので良かったです。去年と比べて私自身、みんなと接する時間が多く感じられました。去年は何をすればいいのかとかどう接すればいいのかとか色々考えてたら終わっちゃったけど、こんな私を覚えていてくれた子もいて嬉しかったです。いしのまきっこ広場はみんなにとっては、夏休みの楽しみの1つであってほしいし、「楽しかった!」って思って終わってくれたら私も嬉しいし、その日は逆に子どもたちから寄ってきてくれて元気も貰えたし、楽しませてもらったなって思いました。でもこうやって子どもたちから寄ってきてくれるのも、今まで先輩達や先生方が作り上げてきた信頼というものがあってのことだということを知れたのは、このボランティアで大切なことのひとつなのだと思いました。

                       

                       

                       そして、初めて訪れた福島県。街が新しく変わりつつある宮城県とは違い、今も帰還困難区域がある福島県の沿岸部は時が止まったままのようでした。この街は一体いつどう復旧していくのだろうと考え込んでしまいました。日本はオリンピックが2020年に迫っているためそっちの方ばっかりに気が向いている、と親と話したことがあります。過去の事として収めてしまっていいのでしょうか? 東北はまだ復興していない、復旧状態なのだと去年学びました。現地に行ってみて知ることは沢山あります。私は去年現地に行くまで復興は進んでいると思っていました。でも復興ではないのだと、そして、まだ未だに復旧状態なのだということを今年参加してまた実感できました。

                       

                       

                       ボランティアは一度行っただけでは理解は深まらないと思います。一度見てそれで満足するのではなく、何度も足を運んで、いろんな人に正しく伝えていくことが今の私たちに大事なことだと思います。でも見た目は復興しても被災した方の心の中は時が止まったままなのだと、私は感じました。だからこそ今の私たちにできることは東日本大震災を過去の出来事として捉えるのではなく、今も多くの人が苦しみ、悲しんでいることを知ること、また、今私たちは当たり前のように毎日を過ごしているけれど、その当たり前をいつ奪われてしまうのかわからないということ、そしてこの当たり前は幸せなことなんだということを感謝して毎日を生きていくことが大事なことだと思います。

                       

                      posted by: とび | 第31陣(2018年7月) | 08:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |